17話 修行4日目・夜 賑やかな一夜

 修行が終わって階段を下りる途中、玄関の呼び鈴が鳴った。

 クルスさんがそのまま応対に向かう。知らない人だったら私の姿を見られては困るので、私は一応物陰に隠れる。

 が、知っている顔だったので出てきて声をかけた。


「マリナさん!」

「やっほーメルティちゃん!」

「おや、マリナ殿ではないか!」

「ビビアンちゃん!こっち来てたの!?」

 


 4人でリビングに移動。

「ビビアンさんとマリナさんも知り合いだったんですね」

「ウム、マリナ殿の姉上が魔術師ギルドの職員でな。マリナ殿が小さい頃から知っておる。ワシにとっても妹みたいなモンじゃ」

 

 そういうビビアンさんだったが、猫耳と尻尾をぴょこぴょこさせてマリナさんにゴロゴロスリスリしている。

 マリナさんはマリナさんで、ビビアンさんのノドの下をこちょこちょして可愛がっている。

 この光景だけ見るとビビアンさんのほうが年下に見える。というか、ペット……いやいやいや。

 

「そうそうメルティちゃん、例のアレ、持ってきたわよ。開けてみて」

 マリナさんは紙製の小箱に入った物を差し出してきた。私はそれを開ける。

 

 箱の中身は服だった。白い色のローブ。所々に赤い模様があしらわれている。後ろにはフードもついている。

「わぁ……かわいい……」

 私は思わず声を上げる。

 

「水を扱う魔術師が愛用しているローブよ。水鳥の羽根を使っているから、水をはじいてくれるわ。これならメルティちゃんも服に吸い取られずに済むんじゃないかなって。メルティちゃんへのプレゼントよ」

 

「え、こんなにかわいいの、いいんですか……?

 それにこれ、高かったんじゃ……ギルドマスターさんやソレーヌさんに怒られませんか?」

「冒険者の初期装備の支給はギルドの義務よ。大丈夫大丈夫」

 ソレーヌさんは、冒険者ギルドのもう一人の受付嬢で、マリナさんの先輩。

 怒られませんかと聞いてはみたが、怒った顔は見たことは無い。笑顔の柔らかな優しい人だ。

 でもさすがにこれはソレーヌさんでも怒るくらいに高価なんじゃないかなと思う。

 

「ね、それよりも、着てみて」

「じゃあ……ちょっとだけ……」

 マリナさんに促され、私はそのローブを着てみた。

 


 そのローブは私にはちょっと大きめっぽかった。

 前合わせのロングコートくらい長いデザインで、人間の頃の私なら足首のあたりまですっぽり隠れるくらいのサイズだ。

 僧侶の流派違いに『白魔導士』というジョブがあるが、その衣装に近い。

 違いがあるとすれば、白魔導士のローブは袖口が広いが、こちらはしゅっと細くなっているくらいだ。

 今の私はまん丸下半身なので、その形に合わせてふわっと膨らんでいる。腰の部分を茶色い紐で結ぶと、さかさまにしたチューリップみたな形状になった。

 自分で鏡を見てみる。やっぱりすごくかわいい服だ。

 

「ど、どうですか……」

 私はみんなの前に出て見せてみた。

「わぁ!メルティちゃんすっごく似合ってる!」

 マリナさんが褒めてくれた。

 

「へえ、いいじゃん!」

「ウム、可憐じゃぞ」

「うん、メルティ……かわいい……よ」

 皆もものすごく褒めてくれる。すごく照れてしまう。いいのかな、私なんかがこんなかわいい服を着て……。

 

「ん、じゃあメルっちょ、せっかくだから、今晩はそれ着て過ごそうよ」

「で、でも、汚したら悪いし……」

「……メルティちゃん、人間はね、服を着て過ごすのよ。ちゃんと着ましょ?」

「あ、は、はい……」

 そうだった。そのため買ってくれたんだった。もうすっかり裸に慣れてしまってた……。

「汚れてたら洗濯してあげるよ。まあさ、これも練習だと思って。

 ……さ、ご飯食べようよ。急いで準備するから。マリにゃんも食べてってね」

 

 

 私たちはダイニングのテーブルで談笑する。テーブルには既にお酒と多少のおつまみが並んでいる。

「ビビアン、結局飲むのか?日帰りじゃなかったっけ?」

「多少なら大丈夫じゃ。飛行魔法でバーンじゃからな」

「飲酒飛行って、大丈夫かよそれ……まあいいならいいけど……」

 マリナさんも軽くお酒を引っかけている。私はジュースだ。

 

「メルティちゃん、その服はどう?」

「はい!とってもいいです!

 体がスライム状のままでも全然吸われないですし、ちゃんと弾いてくれているみたいで全然濡れません。着心地も軽いです!」

「そう、良かった!」

 

 調理中のオパールさんも会話に参加する。

「体をけっこう隠せるのがいいかもね。その服なら全身を変化させなくても、肌が見える部分だけ変化させれば大丈夫かもしれないね」

「なるほどのう。服で隠れる部分は変化させなくて済むのならば、その分魔素を節約できる、と言う事か」

 

 確かに、そこはどうしようと思っていたところだ。

 どうやら今の私には、全身をシリコン化させるほどのMPは無い。だけど、手と顔程度ならなんとか足りるかもしれない。

 

「足はどうしよう?このローブは足元まで長いけど、それでも足を見せないように歩くのは大変じゃないかな?」

 オパールさんが、キッチンから伸びあがって私の足元を見る。

 

「実は、ズボンと靴も考えようと思ったんだけど、メルティちゃんの足がどういう風になるのか分からなくて用意できなかったのよね……」

「一応、足は形を変えることは出来るんですけど……ゼリーの足だと重さを支えきれないんですよね……」

 私は足を作って見せてみた。

「へぇ……奇麗な足ね。人間の頃と同じ形なの?」

「え、ええ……そうです……」

 マリナさんに褒められ、ちょっと照れてしまう。

 

「なかなか美しいが、ちと華奢じゃな。細すぎなくらいじゃ。

 もう少し太く……そうじゃな、太もも辺りががっしりすれば、安定感が多少出るやもしれぬが……」

 マリナさんに代わり、ビビアンさんが私の足を見て言う。

「なるほど、そういう方法も無くは無いかもですね……まあ、ちょっと太くなるくらいなら我慢できるかも……」

 

「め、メルティ、いいの?さすがにそれは……」

 クルスさんは遠目から私の足を照れながらちらちら見ていたが……。

「お、照れとるのかクルス殿。クルス殿は太めと細めどっちが好きなんじゃ?」

 そんな様子をビビアンさんにからかわれてしまった。

「ななな、なんで俺に聞くんだよ……ん?そもそも変えられるのか?」

 

「う~ん、多分出来ると思います。試しにやってみましょうか……」

 足をがっしりと。つまり、足を太く、か……。

「あ、出来そう。えっと、こうかな……?」

 私の太もものあたりが次第に膨らんできた。

 

「フム。このくらいの太さはどうじゃクルス殿」

「どうじゃって、どういう意味で聞いてるの……?」

「あらあら……フフフッ♡」

 ビビアンさんもマリナさんも程よくお酒が回っているようだ……。

 クルスさんは今日は何故かお酒は控えているようだが、飲んでいる時みたいに耳元まで真っ赤になってしまっている。

 

 申し訳なくなってきたので足は元に戻しておこう。こういう部分的な変化も出来るんだな私って……。

 

「まあとにもかくにも、それが僕のほうの修行の最後の関門だね。歩行訓練。

 7日目が試験だとして、実質残り2日だね。はい次のおつまみ」

 いつもは一緒になってからかいそうなオパールさんが、ついにはクルスさんに助け舟を出した。

 話題は切り替わり、私の修行の話になった。

 

 

「歩行か……あと2日でそこまで行けるのか?」

「まあ、なるだけやってみるよ。そういうクルるんは明日は何する予定なんだ?」

「明日はまあ、今までの3種の技を複合的に組み込んでみる感じかな。

 この間はローテーションで分けてやってたけど、明日は実戦をイメージした形でいろいろ組み合わせてやっていこう……と思う。できれば……」

 何故かちょっと歯切れが悪い。

 

「フム。ワシももう少し付き合えたら、メルティ殿に基礎火炎魔法くらいは教えたかったのじゃがな……。

 まあ、メルティ殿には申し訳ないが、修行後落ち着いたあたりにでも再挑戦してみてくれ。もしかしたら自力習得できるやもしれぬ。

 まあそれよりもじゃ、クルス殿、お主は飲まんで良いのか?」

「うん、今日はまあなんとなく、飲まないほうがいいような気がする日だなって……」

「そうか?ならワシが貰っとくぞ。あ、オパール殿、唐揚げ頼めるか?」

「あ、私はこのピザって食べ物をおかわりで!」

「はいはい、オッケー任せといて」

 その後も酒盛りのような夕飯は続いた……。


 

「さて、今日のお風呂だけど、どうする?せっかくビビがいるんだし、アレをお願したら?」

 お酒も会話もひと段落したあたりで、オパールさんが皆に聞いてきた。

「あ、ひょっとしてアレ?いいなー。私も入りたいなー」

「ウム、良いぞ。任せろ」

 

 アレってなんだろう?どうやら私だけ分からないようだ。

「アレって、なんですか?マリナさんは知ってるんですか?」

「フフ。見てのお楽しみよ」

 

 

 私たちは家の裏手に移動した。散歩のときに見かけた、なんだか分からなかった場所だ。

 大きめの石が円形に並べられた場所。円の内側は少し低くなっている。

 

 ビビアンさんはまず、そこに洗浄魔法と言うものをかけた。苔や木の葉があっという間に無くなる。

 

「では、お湯を入れるぞ」

 ビビアンさんは呪文を唱えると、空中にとても大きな水の塊が出てきた。さらに呪文を唱えると、その水がどうやらお湯に変わった。

 そのお湯を、その場所に入れた。その場所はたくさんのお湯で満たされた。

 

「どうじゃメルティ殿。これが『温泉』と言うやつじゃ」

「おんせん……?」

「大きなお風呂の事じゃ。ここで皆で一緒に入るんじゃぞ」


 

 ビビアンさんとマリナさんは、隣の小さな小部屋で服を脱ぎ、頭と体にバスタオルを巻いて、再びお風呂の前にやってきた。

 私も真似て、ローブををそこに脱いだ。バスタオルは怖いので止めておこう。まあ、いつもこの格好だし……。

 

「ふわぁ、気持ちいい……」

「やっぱり温泉は良いのう……」

 マリナさんとビビアンさんが、気持ちよさそうな声を上げている。

 

 私も真似てお風呂に入ってみる。

「あ、ほんとだ気持ちいいです……」

 

「私の家はシャワーしかないから、お風呂だけでも気持ちいいんだけど、やっぱり足を伸ばせるのがいいわよね~」

「ほんとですね~。私は足無いですけど気持ちいいです~」

 

 なるほど、これがお風呂か。これが温泉か。みんなで入ってやっと正解を理解できたような気がした。

 

「あれ……クルスさんはどこですか?」

 見渡してみると、お風呂の前まで一緒だったクルスさんがいない。

「クルス殿ならほれ、あそこじゃ」

 そちらを見てみると、服を脱ぐ小部屋の壁に隠れてもじもじしている。

 

「クルスさん、来ないんですか?気持ちいですよ?」

「あ、あの、メルティは知らないだろうけどさ……男と女は一緒には入らないんだよ、普通……」

「え、そうなんですか?」

「あれ、でも男の人はここにはいないよね……?」

 マリナさんが不思議そうな顔をしている。

 

「何恥ずかしがっておるんじゃクルス殿。そんな良いモン2つぶら下げとるんじゃ、さっさと入らんかっ!」

 まだ酔いが抜けていないビビアンさんにぐいぐい引っ張られて、クルスさんはお風呂に無理やり入れられた。

 

「はっはっは、どうじゃ、気持ちよいじゃろ?」

「お、おう……」

 そうは言うものの、クルスさんは目も開かずじっと固まっている。

 

「それにしても……ビビちゃんって、やっぱり大きいわよね……どうしてこんなにおっきいの……?」

 マリナさんもまた酔いが抜けていない。

「あ、マリナ殿、ちょ……さ、触らないでくださいよぅ……恥ずかしいんですから……そういうマリナちゃんだって結構いいカタチしてるじゃないですかぁ……」

「私なんて普通なだけよ。なのにビビちゃんはものすごいじゃない。だって沈まないのってすごい事よ?

 メルティちゃんは……」

「ひゃっ!?」

「うん、まだまだね。柔らかさは凄いけど。

 あ、でもメルティちゃんって、体の形変えられるんだっけ?

 どう、大きくしてみたら?」

「えっ?」

「何事も練習じゃぞ、メルティ殿」

「そ、そういう事なら……こう、かな……あっ、おっきくなってきました……」

「おおお。膨らんできよった!」

「わぁ、すごいすごい!もうちょっとでクルスさんくらいになるわよ!」

 

「あうあうぁぅ……ぶくぶくぶく……」

 クルスさんは変な声を出しながら、お風呂に沈んでいってしまった……。

 

 

 温泉から上がり、マリナさんは帰宅。クルスさんはこの間と同じく送りに同行していった。

 玄関でお見送りしたら、後ろの庭のほうの扉からバタンと音がした。そこからオパールさんが入ってきていた。

 

「あれ、オパールさん、そっちにいたんですか?」

「ああ、後片付けとかゴミ出しとかしてたら、野良猫を見つけてね。もう来るなよって追っ払ってた」

 野良猫……まさか、あの男の子?……いや、まさかね。

 

「温泉入ってきたんでしょ。楽しかった?」

「はい、とっても!みんなで入りました!」

「そっか、良かったね。……そういえばクルるんも入ったの?あいつ恥ずかしがってなかった?」

「はい、なんだか照れてましたね。なんでなんでしょう?」

「うん、メルっちょ、クルるんが中身は男だって忘れてたでしょ」

「………………あ」

 

 そうか、そうだった。忘れてた……。いや、頭では分かってはいるのだが、あのスタイルのいい体を見ているとどうも……。

「そっか、それで一緒に入りたがろうとしなかったのか……」

 

 お風呂で皆でした会話を思い出すと、ものすごく恥ずかしいことを聞かせちゃったなあと気が付いた。

 でもうん、後の祭りだ、うん……。

 

「あれ、そういえば、オパールさんはいなかったですよね」

 途中でいなくなろうとしてたクルスさんと違って、オパールさんは最初からいなかった。

「うん、まあ、温泉は性別違う人と入る習慣はあんまり無いからね。混浴って文化は無くは無いけど、やっぱり照れちゃうよね」

 

 ………………ん?

 性別違う人と入る??

 

「あれ、メルっちょどした?」

「いや、その、今更こんなこと聞くのはおかしいんですけど……」

 

 そう、オパールさんについて、ずっと分からないことがあった。

 疑問に思ったことは何度もあったが、なんだかんだで自分もずっと激動的な毎日で、うやむやのままだった。

 

「その、オパールさんって、男の人だったんですか……?」

「いや、違うよ」

 …………あれ?

「え、でもさっき、性別が違うって……」

「うん、女でもない」

 ………………??

 えっと、どういう事……?

 

「うん、僕はね、性別は無いんだ。男でも女でもない。無性別」

「…………えっ?」

「こっちの世界には僕みたいな人いないから分からないよね。僕の世界には20人に1人くらいはいるんだけどね」

「……………………」

「あ、でも無性別って言い方だと子孫残せないみたいに聞こえるから、できれば汎性って呼んでほしいな。ちなみに僕の両親もキョーダイもみんな汎性なんだよ」

「…………………………」

 異世界って、異世界って、わけがわかんないよう……。


 

 リビングでしばらくぽかんとしていると、クルスさんが帰ってきた。

 

「ただいまー。あれ、メルティどした?」

「ちょっと……この世は知らない事ばかりだなーって思って……」

「ふーん、そっか?」

 

 クルスさんが戻った音を聞きつけて、ビビアンさんが2階から降りてきた。

「クルス殿も無事戻ってきたようじゃし、名残惜しいが、ここでお暇するかの」

 

「あ、そっか。ビビアンさん帰っちゃうんですね……」

「ウム。メルティ殿、これからも魔術の修行に励めよ。魔素の鍛錬を怠らぬようにな」

「はい、ありがとうございます!」

「あ、それと……」


 ビビアンさんは腰を落とし、私に目線を合わせ、ささやくように言った。

 

「メルティちゃん。無理に強くなろうとしなくてもいいのよ」

「……えっ……?」

「精神的に弱くたっていいじゃない。私なんか、こんな性格なのにウォーロックにまでなれたのよ。

 あなたが自分で思っているその性格は、弱さじゃない。優しさっていう強い武器よ。

 その優しさは短所にもなりえるけど、長所にもなりえる。

 大事なのは、本当に必要な時に足をすくめず1歩前に進む勇気。それを忘れないでね」

 

 ビビアンさんには、昨日のお昼の事は話していない。だから知らないはずだと思っていた。

 クルスさんかオパールさんに聞いたのか、それとも聞かずとも察していたのか……。

 

「……はい」

 ビビアンさんの助言に、私は力強く頷いた。


 

「では皆の衆、達者でな~!」

 庭に出て箒に乗り、見送りに出た私たち3人に手を振りながらビビアンさんは去っていった。

「やっぱりアイツ、フラフラ飛んでんじゃねーか……ホント大丈夫か……?」

 クルスさんは心配そうに、小さくなっていくビビアンさんを眺めてつぶやいていた……。

 

 

 

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次回は別キャラの視点のお話です。

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