幕間1 第7支部にて
グレンディル共和国の南東部、アム・マインツの街、冒険者ギルド第7支部。
私、ソレーヌ・ショルムは、このギルドで受付嬢として働いている。
最もここの生まれではなく、ここには所謂幹部候補研修という名目にて派遣されている立場だ。数年の勤務が無事明けた後は王都に戻り、要職に就くことになるだろう。
このギルドに常勤している従業員は、私を含め4名。ギルドマスター1名、庶務1名、受付嬢兼雑務全般の女性が2名だ。
第7支部は冒険者ギルドにしては規模は小さく、転勤前はここは楽な職場だと言われていた。だが実際に来てみると実情は違っていた。
ギルドマスターはすでに高齢。定年退職するべき年齢をとっくに超えていたが、後任者不足のため現在も椅子に座らされているだけの耄碌爺だ。
庶務の男性は働き者でギルドを支えてくれているが、結局は裏方。表に出てくることは無い。
私は着任してすぐさま、受付嬢としての仕事と並行で大量の業務に追われることになり、早々に副ギルドマスターと呼んでも差し支えないほどの権限を実質的に任される事となった。
冒険者間の人気もそこそこ出てきてしまった。
『魅惑の女性』『麗しのお姉さま』などと呼ばれ囃し立てられている高嶺の花。多数の冒険者を虜にする優しい笑顔。
そう噂されるようになった自分に対し、一人自嘲していた。
常に鉄面皮、冷たい笑顔だった過去の私。
当時流行りの小説風に『悪役令嬢』などと酷いあだ名で社交界でも噂されていた。
婚約破棄により市勢に下る前と後とではまるで真逆の評価だった。
私の過去の顔を知る物など誰もいない。
そんな風に切り盛りするギルドだったが、ギルドの受付嬢には私のほかにもう一人、マリナ・ココという女性がいる。
勤務歴2年半、ようやく一端の戦力として数えられる程度になってきた。
マリナは、あらゆる意味で私とは正反対の性格の女性だ。
マリナは
それは確かにマリナの大きな長所ではあるが、同時に短所でもある。
致命傷にすらなりかねない程の。
マリナは、まだ精神的に強くは無い。
冒険者という職業は危険職だ。今朝まで元気よく話していた相手が、そのまま帰らぬ人となることも珍しくない。
マリナは、そのたびに大きく落ち込む。無理もない。
私はよくアドバイスをする。冒険者ともう少し距離を取れと。
冷たいだろうが、そのほうがマリナのためなのだ。
それでもマリナは冒険者たちとの距離を開こうとしない。
出来ないのかやりたく無いのかは分からない。そういう、私に言わせれば甘ったれた性格なのだ。
そんなマリナの廻りで、最近、私が大いに懸念している事項がある。
ギルドの掲示板を長時間眺めながら暗い顔をしている、あの少女の事だ。
名はメルティ・ニルツ。9月の新人研修で冒険者ギルドに所属する事となった冒険者……希望、の少女だ。
既に1か月経過しているのに『希望』としているのには理由がある。
この少女はジョブが無い『職無し』なのだ。
普通であれば誰でも2~3種類、最低でも1種類は自分の適性に合った基本職ジョブがある。
しかし、この少女には適性ジョブがひとつもなかった。もちろん前代未聞の事である。
今にして思えば、ギルドの正しい対応としては、冒険者を辞めてもらう事、だったのだろう。
だが、マリナは余計にも、少女のすべてのジョブの適性を検査する事を提案した。
しかし結果は全滅。少女を更なる絶望に叩き落した結果に終わった。
こうなってはもう、何としてでもこの少女に冒険者を諦めてもらうしかなかった。
見た目的に体格で他に勝る部分などひとつも無い少女。魔法を扱う魔力すらない。
さらにジョブ無しとなれば、もはや絶望的だ。
力量不足の冒険者がどういう結末を迎えるかは、マリナも痛いほど経験しているはずだ。
表向きは優しいお姉さんの仮面を被りながら、私は彼女を冷たくあしらった。
ギルドの規約上、辞めろとは言えない。自ら諦めて貰うより無かった。
上辺だけは優しい言葉で上手く誘導し、ここを去るように働きかけた。
なのにマリナは違った。その少女に、希望を持てと優しく励ました。
彼女にもできるごく低難度の仕事を探し斡旋し、彼女の心が折れないように接し続けた。
馬鹿な事を。ばっさり諦めさせるのが本当の優しさでは無いのか。結局マリナは、そういうところが未熟なのだ。
マリナに気づかれないよう少々手を回し、簡単な依頼すら少女に届かなくする。
おかげで少女はやっと諦めが付いたように見えた。
しかしそんな矢先、余計な事をしでかしやがった奴がいた。
そう、あの女勇者様だ。
そいつは、何かも分からぬ謎のジョブマニュアルを持ち込んできた。
結果そのジョブに適性があるのが件の少女だという事が分かり、あれよあれよという間に少女がそのジョブに就く事となった。
全く、馬鹿な事をしてくれたものだ。
『ジョブ無し』が『レア職』に変わったところで何が違うというのか。
レア職など、その多くは所詮、奇妙奇天烈なネタ職でしかない。
いくら彼女の事情が事情とはいえ、新米が就職するような物ではない。
マリナもあの女勇者もそれは分かっているはずなのに。
しかも聞けば、前代未聞の新種のジョブ、モンスター職などと言う聞いたこともない代物だという。
正気の沙汰ではない。
私はマリナを強く叱らねばと思った。
しかしマリナは、「良かった。メルティちゃんがジョブに就けて」と、目を潤ませながら心底嬉しそうな顔をしていた。
私は、何も言えなくなってしまった。
数日後。
マリナがいそいそと何やら準備している。どうやら服のようだ。あの少女へのプレゼントらしい。
プレゼントなどさすがに業務の範疇を超えているんじゃないかと注意しようとしたが、
「初期装備の支給はギルドの義務ですよね」と先に言われてしまった。
この子もだいぶ言えるようになってきた。初期装備にしてはやや高級すぎる気もしないではないが……。
その日マリナは早退を希望したので受理した。おそらくそのプレゼントを渡しに行くのだろう。
結局思う。
マリナは間違いなくいいギルド職員になれる、と。
誰かのためにどこまでも自分で動いてあげられる。向いていないわけがない。
こうなったらあの少女には、何としてでも冒険者として成功してもらわないと困る。
あの女勇者が彼女の修行を引き受けているそうだ。
全く、マリナを泣かせるような事があったら一生恨むぞあの馬鹿女勇者。
その日の夜。
他の職員全員が帰った後も私は残り、一人残業をしていた。
残業内容は主に例の新ジョブの件の質疑返答。ここ数日その繰り返しだ。
どっかの錬金技師とか言うやつがこういう『なんとか機』とかいう端末を市中に広めたせいで、ギルドの業務効率は大きく改善された。だが、こういう時は逆に業務が増える結果となる。全く忌々しい。
メールの文章に『貴様等に教えることなど何もない黙ってろ大馬鹿者共』と入力し、それを消し、オブラートに包んだ優しく上品な文章に書き替えて送信。
ひたすらその繰り返し。
ギルドの扉をたたく音。
時間は未明から明け方になろうとしている。
この時間の来客、絶対碌なもんじゃない。
私はうんざり顔を鉄面皮で隠し、その上に優しいギルドのお姉さんの顔を貼り付けて、扉を開ける。
「あら、どうしまし……た……?」
私は応対するが、貼り付けた笑顔はすぐに剥がれ、私の顔は凍り付く。
「おね……がい……です……助けてく……ださい……
緊急依頼を……お願い……です……どうか……」
血まみれの男。
よく見かけるわけではないが見覚えのある顔。隣のギルド第6支部の冒険者だった。
隣には街の門番らしき男。彼に肩を貸し、ここまで連れてきたようだ。
冒険者は息も絶え絶えに血だらけの手紙を私に渡し、その男はそのまま目を閉じた。
気を失った男はそのまま門番により治療術師のもとへ運ばれたが、助かるかどうかは分からない。
緊急依頼。
私は男から託されたメモを読む。
旅の商人を護衛していた第6支部の冒険者数人が、街道沿いにて魔物に襲われて壊滅寸前。救援求む。
要約するとそんな内容だった。
「これは……」
メモには襲われた魔物の詳細も記載されていた。
なぜ……なぜ、この魔物がこんなところに。
私は頭をフル回転させる。
この辺りにはいない、ましてや街道沿いには絶対に現れるはずの無い魔物。
さっきの男、Bクラスだったはず。第6支部のBクラスの冒険者数人が壊滅。
だとすると、同じBクラスのパーティーでは対処できない。Aクラスが必要だ。
緊急依頼書を書式にまとめ、掲示板に記載して……いや、まだ早朝前。ギルドのオープン時間まで時間がありすぎる。
では緊急指名依頼にする?
いま街に在籍しているAクラスは何人いる?
その中で早急に連絡が取れて、かつ現場への到達が速く、確実に対処できそうな人物は……。
「はぁ……やっぱりアイツしかいないか……」
つい、そう言葉に出してしまった。
私はアイツをギルドに呼び出すための、短い依頼用の文章を書き殴る。
『 Aクラス冒険者 クルス・オーディール殿
緊急指名依頼あり 大至急ギルドへ応召されたし
冒険者ギルド第7支部より 』
この間は顔を合わせずに済んだかと思ったのに、結局会うことになるのね、あの馬鹿女勇者……。
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