6話 修行1日目・午前 基礎は体当たりから
私の修行が始まった。
今日を1日目として、7日目に『卒業試験』をする。その試験に向けて、私は今日から頑張ることになった。
「……というわけで、メルティの修行を始めるわけだが……まず何からやろう?」
庭での私の修行は、クルスさんの疑問形から始まった。
確かに、スライム娘のコーチと言っても、クルスさんもオパールさんもスライムではないし、スライムをコーチした経歴もない。
全てが手探りの状態からのスタートだ。
「とりあえずさっき話に出た通り、まずは『体当たり』じゃないか?」
オパールさんが答える。
修行のメインコーチはクルスさんが請け負うようだが、初日の今日はオパールさんも同席するようだ。
「体当たりかあ……でも正直、野良のスライムの体当たりって、そんなに痛くは無かったんだよなあ……」
クルスさんの疑問。
「確かに……柔らかい物体がぶつかっても、そんなに痛くは無いかもですね」
それに私は答える。
「でもさ、それってボールくらいの大きさの野良スライムだろ?
メルっちょくらいの大きさのスライムがぶつかってきたら、それなりになるんじゃないのか?
固くはないから直接ダメージはそんなに入らないかもしれないけど、獣人サイズの魔物くらいなら、軽く吹っ飛ばすくらいはできると思うよ」
「まあ確かにな……」
「それにさ、言ってみれば体当たりはスライムの攻撃の『いろはのい』じゃない?
野良スライムにできることをメルっちょが出来なくてどうするのさ」
「そうですね……まずは何事も挑戦から、でしょうか」
私の修行なのだから、もっと積極的に発言していこう。
「だな。まあやってみようか」
「それじゃあクルるん、まずは教えてくれ。野良のスライムは具体的にはどんな動きで体当たりするんだ?」
「ええと……野良スライムは基本的には液状に近い。地面にへばりついている感じで。
だがこちらが敵意を持っているのに気が付くと臨戦態勢に入る。
体を丸くして、なんか固そうな姿に変えて身構えて、そしてこっちに跳び跳ねてくる」
「体を固く、か。フムフム。やっぱりアレか。
メルっちょがフォークを持つときにやってた、手をゼリー状にするやつ。
ああいう感じでを全身を『硬化』するって事だよな?」
『硬化』か。ゼリー状なのでそんなに堅いイメージは無いが、確かに1段階固くなる感じなので硬化って呼んで良さそうだ。
「ですね……やってみます」
とりあえず、手をゼリー状に硬化させてみた。でもこれは物を持つときのやり方で、今は違う。体全体を固くするのだ。
「こんな感じを……全身で……」
まん丸の下半身……同じ感じで、こっちを全部固くしてみるんだよね。
「んんと……」
下半身がゼリー状になったところをイメージしてみる。するとイメージ通り、ゆっくりとではあるが固くなる。
どうやら硬化できているようだ。
地面に粘着していた部分が剥がれ、水風船のような形状になった。
まん丸おまんじゅうのような半球型から、ややつぶれた楕円球という感じになった。
「できた……かな?うわっ……と」
さっきまでとバランス感覚が違うので、一瞬よろめきそうになる。
数回ふらふら左右に揺れ動いたが、すぐにバランスを取り直せた。
「うん、出来たみたいです」
動かしてみる。這いずって移動するという感じでは無いので、その場で軽くジャンプしてみた。
ぽよんぽよん音を出しながら、飛び跳ねて移動する、という感じになるのかな。
「よっ……と」
小さくぐるっと円を描くように移動してみる。
這いずりまわっているときの安定感と比べると若干劣るが、弾みながらの移動でもうまくバランスは保てている。
「お~。上手い上手い」
クルスさんが感心している。ちょっと照れくさいけど結構楽しい。
「んじゃさ、これに体当たりしてみて」
オパールさんがどこからか、木の人形みたいなものを持ってきた。
剣術の稽古の時に使う、冒険者ギルドの修行場でもよく見るアレだ。下に滑車が付いていて、押して動かせるようになっている。
「じゃあ、いきます……」
弾みながら近づいていく。どうやって体当たりしよう。思いっきり弾んで、下半身をぶつける感じかな?
「せーのっ!」
弾みをつけて飛び跳ねて、木人形に下半身をぶつける。
どん、ばたん、という音とともに、木人形は倒れた。
「おお~っ、ドロップキックだ」
オパールさんが技名みたいな事を言う。
「えっと、どうでしょうか……」
クルスさんのほうを振り向いて聞いてみる。
「うん、まあ確かに、野良スライムよりは断然威力はありそうだな。でもまあ、う~ん……」
考え込んでいる。
「でも正直、そこまで強力というわけでもない気がする。メルティが人間に戻って同じように体当たりしたほうが強そうな威力だ。
『スライム娘』として有効な攻撃手段かと言われるとちょっと……」
なるほど確かに。忌憚のない意見を出してくれた。
「メルティ、上半身は人間のままやってみてるけどさ、今度は全身でやってみたらどうだろう」
「あ、なるほど……」
そういえばなんとなく、上半身はそのままでやっていた。
言われた通りやってみる。一度全身をスライム状の半球に変え、その次に全身を固い楕円球にする。
そしてぽよぽよ跳ねながら近づく。この姿なら真正面からぶつかっても大丈夫かな。
飛び跳ねて……アタック!!
ばんっ!!
明らかにさっきよりも威力がある。木人形は横に2メートルくらい吹っ飛んだ。
「あ、さっきよりも遠くに飛びました!」
「フム、さっきと比べてゼリー状の部分の質量が増えた分吹っ飛んだね」
「うん、これならまあまあかな?インパクトと地面の接触でまあまあダメージは与えられそう」
「どうですか?使えそうですか?」
私はクルスさんに聞いてみたが、まだ納得いかない様子。
「う~んでも、もっと威力を上げられないかな。強くて困る事は無いはずだし。
それに、ボール状になるまでの時間も気になる」
「時間、ですか?」
「たぶん、指ぐらいの小さな範囲ならすぐに固くできるんだろう。
でも全身となると、それなり時間がかかるみたいだ。1回目のさっきより全身の2回目のほうが遅くなってる。
今は練習だからいいけど、実戦でここまで時間がかかるのは命取りになると思う。敵は固まるのを待ってはくれないよ、きっと」
「確かに、そうですね……」
実用に耐えうるレベルではない、という事だ。
「メルっちょ、硬化の時間って早められる?」
「やってみないと分からないですけど、やってみます」
引き続き、一度軟体に戻ってから、体を固くする。そして木人形に体当たり。
倒れた木人形はクルスさんが起こしてくれて、私はまた一から再挑戦。この流れを何度かやってみる。
「う~ん、段々とコツを掴みかけているというか……早くなっているような気はします。
多分何度か練習すれば、なんとか……」
「そっか、それじゃあしばらく、それやってみる?体当たりまでの一連の流れも含めて」
「はい、やってみます」
いちいち木人形を起こしてもらうのは気が引けたので、自分で起こしてみる……が、柔らかい腕の私は重量物は持ち上げられない。
木人形から庭の太めの木にターゲットを変えて練習することにした。
全体液状の形から、ゼリー状に硬化。そして体当たり。これを反復で練習する。
真面目に頑張る。が、私としては真面目なつもりなのだが……。
多分スライムがぽよぽよ弾んで遊んでいるように見えるのかもしれない。オパールさんの表情はそんな感じだ。
クルスさんは真剣な目で見てくれてはいるが、頬の緩みは隠しきれてない。
修行中なのになんだかほっこりムードが漂っている気がする。
多分30分ほど経ったあたりで、クルスさんが声をかけてきた。
「メルティ、そろそろ疲れてないか?一旦休憩にしてみたら?もう1時間だよ」
「えっと、疲れてはいないですが……もうそんなに経ちました?」
正直全く疲れていない。人間だった頃にはそんなに体力があるほうでは無かったはずなんだけど。
「メルっちょは人間と違って、疲れる筋肉も上がる息もないから、多分疲れは感じないんだと思う。
でもうん、休憩はしたほうがいいかな。何となくだけど……メルっちょ、気持ち小さくなってない?」
「えっ!?」
「あ、ホントだ。言われてみれば確かに」
「ちょっと触ってみてもいい?……うん、なんだかお湯みたいになってる。水分が蒸発しているのかもしれない」
人間みたいに疲れないけど、疲れると水分が減る……?
「うん、一旦休憩にしよう。水分補給だね」
上半身を人間に戻し、休憩する。
オパールさんが水を持ってきてくれた。ピッチャーからコップに入れて手渡してくれた。私はお礼を言ってそれを飲む。
ピッチャーは大きめで、しかも3個もある。それくらい水分が必要だと判断してくれたようだ。
「それでメルティ、自分から見てどんな感じ?」
「えっと、硬化はちょっとずつですが時間は減ってます。それでも、まだ30秒以上かかりますが……」
「ううん……理想は5秒以下かな。それくらいならどんな相手でもなんとかなると思う」
「なるほど……」
「練習で時間が減らせるんなら、ある程度までは減らせるかとは思う。ただどこまで出来るのか……。
あ、ずっと硬化したままっていうのは駄目なのか?」
「やってみてはいないですけど、手だけなら食事中は出来たんだし、出来ると思います。
ただそれで普段から過ごすのは難しいかもしれないです。
どうしても飛び跳ねて移動しないといけないのでぽよんぽよん音がしますし、その、ちょっと振動が……」
飛び跳ねたときに振動がする、というのは、自分の体重が重いと言ってるようで、ちょっと恥ずかしい。
まあ恥ずかしさはともかく、それで敵に気づかれたら困ると思う。
「う~ん、それじゃあ……硬化の時間を減らす以外に、何か別の方法で時間を稼ぐっていう考えをしたほうがいいのかな?」
「クルるん、スライムって体当たり以外に攻撃方法はあるのか?」
「いや、雑魚のスライムはそのくらいだな。他の攻撃をしたのは見たことが無い」
「まあ普通の雑魚スライムはそうだろうけどさ、何も別にスライムはそいつ1種類だけじゃないだろ?」
「そうだな……この辺にはいないけど、毒を持ったバブルスライム、金属みたいなメタルスライム……あと何だったかな。すぐには思い出せないけど」
「そっか……スライムにも、種類があるんですね」
「うん、スライムと言ってもいろんな種類がいて、いろんな特性がある。
僕が魔物辞典で得た知識で言える限りだと、それらは後天的に変化したものらしい。
例えばバブルスライムは、毒の沼地に生息し、その毒性を体に吸収したスライムだと言われている。
メタルスライムは詳しくは分からないらしいが、金属を取り込んだとかじゃないかと言われている。
一説によると、すべてのスライムは元は同じ種で、それらが進化した姿なんだ」
「バブルスライム、メタルスライム……毒とか金属とかか……」
「それらと同じ特性をメルっちょは習得できるかもしれない。できないかもしれないけど、出来る可能性は低くないと思う」
「なるほど……」
「あっ、そういえば……魔法を使うスライムもどこかにいたな」
クルスさんが思い出したように言う。
「魔法、ですか?」
魔法か……実はちょっと憧れてた。
「メルっちょが魔法を使える可能性は高いと思うよ。根拠もある。『ジョブマニュアル』だ。
そもそも……まあ知ってると思うけど、ジョブマニュアルってやつは、レベルがアップするとだんだん読み進められるようになる。
例えばレベル2になると、『レベル2』のページの暗号が解除され内容を読むことが出来る。
『魔法使い』のジョブなら、レベル2のページには初級火炎呪文、その使い方が書かれている。
それを参考に練習して魔法を習得するという具合だ。
で、メルっちょのマニュアルを前に読んだことあるけど、多分、魔法に関して書かれたページが書いてある、と思う」
「え、読んだことあるんですか?」
「ああ、クルるんが売りに行く前にね」
「でも確か、魔物語だったはず。それに暗号化もされてるし……」
「まあ確かに、その時は分からなかったさ。でもメルっちょが、あれは魔物語だと教えてくれた。おかげで解読できたよ」
「えっ?」
「序文のページを解読してくれたからね。一部の文字が判別できたので、その法則から推理してだいたい暗号化の法則は掴めたよ。完全じゃないけどね。
それを踏まえ、暗号化されたページを思い出してみた。
すると、少なくともレベル3のページは、以前魔法使いの仲間に見せてもらったことがある『初級火炎魔法』のページと、ほぼ一致していることに気が付いた」
すごい、天才を自称していただけある。本当に頭いいんだ。発想がすごい。
「初級火炎魔法って知ってる?
あの、こう、小さい火の玉が出てくるやつ。メラ~って感じで燃えるやつ。
あ、解析したのはそのページだけだよ。あんまりネタバレ食らいたくないし」
「メルティの魔法か……。
でも……魔法にしろさっきの話にしろ、今すぐ出来る話じゃないな。
毒の沼地に遠征になんてまだ行けないし。レベルもまだ1だ。
レベル3魔法どころか、そもそもレベル2に上がるまで生き残れるかっていう段階だしな」
「やっぱりまだその段階なんですね……」
そうだよね……私はまだレベル1、いや、むしろレベル1にすら到達していない。
野生のスライム唯一の攻撃方法である体当たりですら満足に出来ていない。まだまだその程度だ。
「ま、とりあえず今日はさっきの練習の繰り返しだな。他の方法については今後一緒に考えていこう」
「はい!」
私はいつの間にか水をすべて飲み干していた。
休憩は終わり、私は同じ練習に戻った。
オパールさんは午後の準備のため途中で家の中に戻ったが、私とクルスさんの二人で修行はお昼前まで続いた。
硬化にかかる時間は25秒。それが今日のベストタイムだった。
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