13話 修行3日目・夜 試験内容と本の魔物

「お前な!いくら何でもやりすぎだ!!」

 オパールさんがものすごい剣幕でクルスさんに怒鳴る。

 

「す、すまん……」

 クルスさんはひたすら謝る。

 

「全く、どうしてこう上位冒険者ってやつは常識知らずなんだ……」

「だって、メルティなら絶対大丈夫だと……」

 

 怒り続けるオパールさん、謝り続けるクルスさん。

 その日の修行はそこでお開きとなった。




 その日の夕食は重たい空気だった。

 

 オパールさんがご機嫌斜めで口数が少なかったからでも、クルスさんが罰としてお酒抜きになったからでもない。

 私がひどく落ち込んでしまったからだ。

 

 冒険者にとってあれくらいの傷は日常茶飯事。それは私にもわかっていた。

 でも、私は傷に動揺し、泣き出してしまった。

 

 クルスさんの突然の行動だったとはいえ、あれくらいの事で、私はひどく取り乱してしまった。

 血なんて、冒険者になれば嫌と見ることになるはずだ。冒険者ギルドのドアを叩いた時、一応その覚悟はしていたつもりだった。

 でも私は、顔をよく知っている人の血に動揺して、泣き出してしまった。

 

 

 私は、精神的に弱い。

 

 

 事実に気づき……いや、弱いという事を自覚しながら、今まで目を伏せていた事に気づいてしまった。

 

 確かに私は、戦闘修行で少し手ごたえを感じてきていた。出来る事も増えた。

 でも、心は弱いままだ。肝心な部分が、弱いままなのだ。

 もし私に仲間が出来た時……もし、その仲間の誰かが傷ついた時、私は取り乱さずにきちんと対処できるのか……。



 

 そんな私の様子を見て考え込んでいたクルスさん。最初は申し訳なさそうな顔をしていたが、次第に考え事をし出し……

 

「……よし。決めた」

 と、突然話し始めた。

 

「……何をだよ」

 オパールさんはぶすっとしたまま聞き返す。

 

「メルティの卒業試験の内容だ」

 

「えっ、いまそれ?」

 

「あ、ああ。まあメルティ、聞いてほしい。

 7日目の最終日にさ、俺と実戦形式でバトルしよう」

 

 私は顔を上げた。

「……実戦形式、ですか?」

 

 クルスさんは続けて答える。

 

「ああ、そうさ。俺とメルティとで、1対1のバトル。

 もちろんレベル差はあるからある程度ハンデはつけるけど。

 俺と戦って、1撃でもダメージを与えられたら、合格」

 

「………………」

 私は何も答えられずに、その言葉を聞き続けた。

 

「実戦形式と言っても俺はレプリカの木剣で戦うから、別にメルティを殺そうとするわけじゃないし、メルティも俺を殺したりはしなくていい。

 ただ1撃だけ。さっきの傷くらい……あ、いやメルティに斬撃は無理か。うんまあ、俺に1のダメージでも与えられたら合格。これでどう?」

 

「………………」

 

 今まで一緒に修行してくれたクルスさんを、傷つける。傷つければ勝ち。

 

「……わかり、ました」

 私はそう答えた。

 

「……ん。よし、決まり。メルティがんばろうね」

 

 戦闘修行の成果だけではなく、自分の心の弱さとの戦いにもなる。最終試験は、そういう試験なのだ。私はそう捉える事にした。クルスさんもそういう意図でこの試験にしたのだろう。

 

「はい、頑張ります」

 私は力を込めて返事した。ただそれでも、私から出てきた声はまだどこか弱々しかった。

 

 

「……まあいいけどさ、食事の時にする話題じゃないんじゃないそれ?」

 オパールさんはまだむくれていたが、私が話が出来る程度に元気になったので、やや態度を軟化させたようにクルスさんと話し始めた。

 

「そうか……すまん。

 いやそれよりも、オパールのほうの試験はどうするんだ?」

 

「あーうん、一応考えてはあるよ。『はじめてのおつかい』でどうだろう」

 

「はじめての、おつかい……ですか?」

 

「メルっちょの人間変装が完成したらさ、その状態で街に出て、何か買い物してもらう。もちろん一人でね。

 無事買い物して帰ってこれたら合格。モンスターだってバレて騒動になったら失格。大体そんな感じ」

 

「なるほど……」

 

「……うん、いいんじゃないかな」

 

「はい、私もいいと思います」

 

「よし、じゃあそういう方向で行こう。まあ正直、変装術の出来次第でもあるし、マリにゃんに任せているほう待ちでもあるんで、合格ラインはまだ流動的だけどね」

 

「そうだな……現状だとまだあんまりどんな風な変装になるか、まだピンと来ないんだよな……」

 

「それについては明日の講義で説明するよ。こっちの予想通り行けば、かなりいいセンまで行けると思うよ。

 その分今日よりだいぶ難しくなるから、ちゃんとついてきてね。クルるんももう眠くなっても腕ブッ刺すなよ?」

 

「わーってるよ……」

 

「さ、じゃあそう言うわけだから、メルっちょ、ちゃんとご飯食べよう。手が進んでないよ」

 

「あ……」

 

 そうだった。ほとんど食が進んでない。

 私は覚悟の証と言わんばかりに、気合を入れ直し、夕食を力いっぱい頬張った。

 不安は無くなったわけでは無いが、今は前だけ向いて頑張ろう。

 

 

 

 夕食は、最後にはなんとか普段通りのムードで終わった。

 デザートも食べ終わろうかという時……

 

「あ、思い出した。そいうえば明日、あいつ来るって言ってたな」

 オパールさんが思い出したように言った。

 

「え、ああ、ビビの奴か」

 クルスさんも思い出したように言った。

 

「ビビさん、ですか?」

 

「うん。メルティにはまだ他の仲間の事、言ってなかったよね」


 

 二人は私に、明日来るという仲間の事を教えてくれた。

 

 名前はビビアン。2階の3部屋のうちの1人で、魔導士の女性だそうだ。

 

 クルスさんが新人の頃からの付き合いで、クルスさん、『魔法使い』のビビアンさん、『僧侶』のエリーゼさん、『戦士』のジョルジュさんの4人でパーティを組んで冒険していたらしい。

 オパールさんは冒険者じゃないけど、錬金術の素材探しの護衛をよく4人に頼むようになり、その縁で友人として付き合うようになったらしい。

 この家は冒険で稼いだお金で、拠点のひとつとして5人共同で購入した家だそうだ。

 

 今ではみんな強くなり、全員ランクはAクラスにまで昇格。そうしたら個人個人の仕事が増えて忙しくなっちゃって、今はなかなか全員集合することは少なくなってしまったらしい。

 それでも、この街に来た時はここに顔を出すことにしているそうだ。

 

 

「ビビやんは魔術師ギルドの会合で明日の朝この街に来るらしいよ。

 会合が終わったらここに寄るって。たぶん昼頃」

 

 遠い人と話ができる『遠隔通話』と言う魔法があるらしい。それで離れていても話ができるという。

 魔法を使えないオパールさんとジョルジュさん、その魔法が苦手なクルスさんでも、オパールさんが作った同じ機能の機械があるので話ができる、との事だ。

 

「ビビはずっとこっちに居られるのか?」

 

「いや、明日の夜で発つって。だから日帰り」

 

「んー、そっか。じゃあ酒は飲まないかもな」

 クルスさんはちょっと残念そう。

 

「そうそう、メルっちょの事も話しといた。けっこう興味持ってたみたいだよ」

 

「そっか、じゃあついでにメルティの事見て貰おうかな。あいつ魔法の事詳しいから」

 

 明日の午後の修行は臨時講師を迎えての修行、という事になりそうだ。

 クルスさん、オパールさん以外のこの家の人に会うのは初めてだ。

 ビビアンさんか、どういう人なんだろう……。

 

 

 

 ビビアンさんの事は来てからという事で、今日はもう夜の時間。

 

 夕食のあとはいつもはお風呂。クルスさんにどうするのか聞いたら……

 

「んー、お昼に入ったからいいや」

 

 との事だった。オパールさんはいつも通り後で入るそうだ。

 

 

 私は昼間汚してしまった床を先に掃除して、その後入浴した。

 

「あれ……?お風呂に水が張ってある……」

 

 お風呂の様子を見て疑問に思ったが、そこで気が付いた。

 どうやら私の入浴方法は普通の人とは違っていたんだという事に。

 

「そうだよね……人間はお湯飲まないよね……」

 

 今日はたっぶり雨を飲んだのでまあいいや、と思い、ちゃぽんとお風呂に浸かって過ごすだけにした。

 

 風呂のお水を飲まなくてもなんだか安らいだのは、私がスライムだから水が気持ちいいのか、それとも人間もこんな風に気持ちいいものなのか……。うん、まあ、どっちでもいっか……なんだか気持ちよくて……いろいろ考えたくない……。

 

 

 

「あ、メルティ上がった?」

 

 お風呂上り、リビングで晩酌するクルスさんが声をかけてきた。

 食事の時はお酒禁止されていたけど、なんやかんやで禁止令が解除されたので改めて飲んでいるらしい。

 

「あ、はい。今日は雨をたっぷり飲んだのでお風呂の水は飲みませんでしたけど、ゆっくり浸かりました」

 

「そっか、そりゃ良かった!」

 クルスさんはやっと正解が出たなと言いたげな感じで笑っていた。

 

「お水もばっちり冷えてて気持ち良かったです」

 

「……そっか……そりゃ良かった……」

 クルスさんは笑顔のまま固まった表情で答えた。あれ、私また何か間違えてた?


 

 

 夜の自由時間。

 とりあえずいつものように散歩しようと思い、庭に続く裏口のドアを開ける。

 

 外に出ようとして気が付いた。地面が濡れている。そうだった、午前中は雨が降っていたんだっけ。

 雨は止んだようだけど、また廊下を汚しちゃいそうだし、散歩は止めて部屋で過ごそうかな。

 

 部屋で何をして過ごそうかと思いながら廊下を這いずっていたら、研究室から出てきたオパールさんと鉢合わせした。

 

「あれ、メルっちょどしたの?」

 

 散歩できないので今日は何しようかと考えていたところだと答えると……

 

「あ、じゃあ本はどう?貸してあげるよ」

 と言ってくれた。

 

 

 私の部屋の机に本が数冊乗っている。

 1冊は私のジョブマニュアル。読めるページは増えてないのでまだ読めない。机の端に乗っかったままだ。

 そのほかに本が数冊。さっきオパールさんが適当に見繕ってくれた本だ。

 

 夜に本を読む習慣は無かったけど、この家の照明の明るさなら読んでも大丈夫かな。

 

 何冊か手に取ってみた。ぱらぱらめくってみたが、難しそうな本が多い。なんとなくオパールさんのチョイスだなって感じがする。

 異世界の本っぽいものもある。ちょっとだけ書き方が違うが文字は読める。ひょっとして異世界もこの国と同じ文字なんだろうか。でも内容は学術的すぎて難しそうだった。

 

 

 一番簡単に読めそうなのはこの本かな。『まちのもんすたーたち』という本。

 本を手に取り、

 「懐かしいな……」

 と、思わず独り言が出てしまった。

 私は手に取って読み始めた。

 

 

 『まちのもんすたーたち』は子供向けの絵本。昔からあるロングセラーの絵本だ。よくお母さんに読んでもらったっけ。

 子供にも分かる言葉使いと絵で、街に出現する主なモンスターを、簡単なエピソードを交えて記載されてある。

 子供も出くわす可能性のある街の魔物と出会った時どうすればいいのか、絵本形式で教えてくれる本だ。

 街のモンスターはさほど害のある種はいないのだが、それでも子供には危ない。だからこの本でモンスターの危険性などを覚える。

 いい子にしないとこの本のモンスターが来ますよ、と言うのは、子供を叱る常套句だ。

 

 ぱらぱらとページをめくる。この本を読んでいると、どうしてもお母さんの事を思い出すなあ……。

 

 

 数ページ先にはもちろん『スライム』のページがある。

 

『すらいむ

 まちの くらいところや じめじめした ばしょに かくれている

 みずのような ぜりーのような ぶよぶよ どろどろ している いきもの』

 

 このページも怖かったなあ。絵が特に怖いんだよね。

 

『すらいむは こちらから おそってこないが みのきけんを かんじると おそいかかってくる

 みつけたら にげるといいよ』

 

 昨日の男の子の事を思い出す。そうだよね。見つけたら逃げたくなっちゃうよね。

 

『まちの ろじうらや たてものを よごす』

 

 ここは今の私と逆だ。それとも他のスライムも私と一緒で、本のほうが間違ってるのかな。

 そういえばこの本って、けっこう間違ったこと書いてあるんだっけ。

 

『さわると てがとける さわってはいけない』

 

『じゅみょうは みじかい いっしゅうかんくらい』

 

『にんげんの たべものは たべない』

 

 ここも全部間違い。というか、この本が書かれたのは20年以上前なので、情報が古いんだよね。

 近年の研究では間違いだという事が証明されてるんだって。

 触ってももちろん人間の手は溶けないし、寿命も野生のスライムでも10年以上生きるスライムもいる。食べ物ももちろん食べる。

 でも、子供のしつけにはこのままでも問題ないから、あえてそのまま残している部分もあるって言ってた。

 あれっ誰が言ってたんだっけ。忘れちゃったけど。

 

 

 いろいろ懐かしいなあ。怖くてお母さんに抱き着きながら読んでもらってたっけ。

 

 でも不思議。今や私がこのスライムなんだよね。私がスライムになったなんて知ったら、お母さん絶対驚いちゃうよね……。

 

 でも、スライムとして……スライム娘としてだけど……。

 私、頑張るよ。やっと冒険者になれそうなんだもん。

 

 なれるかな……。ううん、きっとなれるよね。こんな私でも、ちゃんとした冒険者に……。

 

 だから、天国から見守っていてほしいな、お母さん……。



 

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