14話 修行4日目・午前 スライム・その正体

 朝ご飯の後、修行の前に私とオパールさんは、2階の一番奥の扉を開け、今日来るというビビアンさんの部屋を掃除する。

 

 ホコリの溜まった部屋をきれいに掃除した。と言っても、簡単に終わっちゃったけど。

 

「まあ多分ビビやんなら必要ないかもだけど、一応ね」

 

 ビビアンさんの部屋は何も無かった。ベッドすらない。

 

「何もないですけど、ここでお休みになるんですか?」

 

「まあ、ここと言えばここだけど、そうでないと言えばそうでも無いね。まあ、来れば分かるよ」

 

 う~ん、どういう事だろう……。

 

 窓から庭を見ると、クルスさんが朝練の続きをしていた。

 いつもの素振りとちょっと違う。私との卒業試験を想定して練習しているようだ。私も頑張ろう。


 

 

 午前の修行は昨日のオパールさんの講義の続き。私とクルスさんはいつものように椅子に座る。

 

「じゃあ今日はまずこれを見てくれ」

 オパールさんは2つの四角いプレートを机に載せた。片方は真っ黒いもの、もう片方は白い粉が入っている。

 

「これは燃焼実験の結果だ。簡単に言うと、ものすごい高温で焼いてみる実験だね。

 こっちの黒いほうはとりあえずの説明用のサンプルだ。

 余っていた肉を特殊な機械で焼いてみた。

 すると御覧のように真っ黒い炭になる。

 理屈は省略するけど、まあいわゆるケシズミってやつだ。

 で、もう片方はメルっちょから貰った粘着ボールを同じように焼いてみたものさ。

 こっちは御覧の通り、白い粉状になった」

 

 

「ちょ、お前、メルティの体を焼いたのか!?」

 

「ま、まあまあクルスさん、あれは私じゃないですし……」

 オパールさんに貸した時点で、このくらいの扱いはするだろうなと思っていた。

 なので別に構わない。私本体は痛くも熱くもないし。

 

「ああうん、ゴメンね。こうなっちゃった。

 さて、じゃあまずはこっちの黒いほうから説明していくよ。

 どうして肉を焼いたら真っ黒になるのか。

 それは、肉は主に『炭素』と言う物質で構成されているからなんだ。

 木炭ってあるだろ、あれは木を焼いて黒くしたものだ。同じように、こういう肉も焼くと真っ黒になる。

 一部モンスターを除くこの世界の生き物は皆、超大雑把に言うと、炭素によって構成されているんだ。

 木も肉も、そして人間も、炭素で出来ているんだ。だから焼くと黒くなる」

 

 そうなんだ。この話だけでも全然知らなかった、考えたことも無かったことだ。

 

「対して、メルティ君の粘着ボールのほうだ。

 御覧の通り、炭素とは全く別の物体だ。

 つまりメルティ君は、いわゆる炭素生物とは全く別の生命体だ、という事になる。

 この世界のスライムの正体は『これ』という事は分かった」

 

「な、なるほど……」

 正体と言われると、ちょっとドキッとする。


 

「ではここからが本題だ。この白い粉は、果たしていったい何なのか……。

 この粉の成分を調べてみたよ。

 この粉で最も多い成分は、僕のいた世界では『ケイ素』と呼ばれている物だった」

 

「ケイ素……」

 

 オパールさんは続きを話しながら、横から白い石を取り出してきた。

 

「ボクの世界では一般的には、石英とも呼ばれている。こっちの世界でも同じだね。

 主に鉱山とかで取れる鉱石さ。見たことあるかどうかは分からないけど、こういう石さ。

 ケイ素からできている宝石もあるよ。水晶とかね。

 あ、そうそう僕がつけているこのブローチ、これもケイ素の宝石さ。オパールって言って、僕の通称名はこの宝石から付けているんだよ。

 あとこっちの世界独自の宝石に、魔水晶、別名マナストーンというものがある。

 普通の水晶が魔力を帯びた鉱石でね、主に魔導士の杖とか装備品のマジックアクセサリーなんかによく使われている」

 

 マジックアクセサリーは、装備すると悪い魔法を防いでくれたり、身体能力を強化できたりする装備品だ。

 街の防具屋さんなんかによく飾られている。高級品だけど。


 

「話を戻すよ。スライムを焼くと、つまり水分をすべて蒸発させると、スライムはケイ素になった。

 昨日のコロイドの話は覚えてる?水に何か粒子状のものが混じった状態の事。

 これまでの話をまとめると、こう結論付けることが出来る。

 『スライムの正体は、コロイド化したケイ素生命体』だ、と」

 

「ケイ素、生命体……」

 私は反復してつぶやいた。

 

「まあもちろん普通の石英とかを水に混ぜても、スライムみたいにとろとろの状態にはならないよ。

 その原理までは今はまだ分からない。仮説未満の思い付きだけど、魔力か何かを含んでいるせいでそうさせているんだと思う。

 となるとただのケイ素ではなく、魔水晶かそれとも未発見の鉱石か、この世界特有の何かを含んだケイ素化合物の生命体、って感じかな」

 

「なるほど……」

 つまり私はその『ケイ素生命体』というものになった、という事なんだな。

 

「……不思議、ですね」

 

「確かにそうだね……メルティ君は、今はスライム娘とはいえ、元は普通の人間だ。

 どうして人間のメルティ君がジョブに就いただけで別の生命体になるのか。炭素生命体からケイ素生命体へと変化してしまったのか。正直説明はつかない。この世界の魔法とか神術とかは、僕の知ってる錬金学や化学とは違う超理論で成り立っているから、ぶっちゃけわかんない。

 しかしながら、現にメルティ君はスライム娘で、ケイ素生命体である。この事は事実だ」

 

 改めてそう言われると、不思議なことになったんだな、と思う。

 

 

 「まあスライムがケイ素生命体って分かったうえで考えてみると、いろいろ説明が付きそうなことがある。

 ほら、スライムってどこにでも出現するよね。仮設と言うか思いつきなんだけど、これで説明できそうな気がする。

 ケイ素は、大地の表層部付近に存在する元素の中では2番目に多い元素なんだ。僕の世界でもそうだけど、この世界でもほぼそう。つまりどこにでもありふれた物質だ。ケイ素がどこにでもある物質だからこそ、ケイ素生命体のスライムもどこにでも生まれる。

 例えば鉱山かな。鉱山のケイ素成分が地下水か何かと交じり合って、そして何らかの力により生命を得てスライムが生まれる。街中でも、石畳の暗い路地なんかに生まれるのも同じ理屈かもしれない。うんまあ、仮説と言うかまだ僕の妄想って段階の話だけど。

 ケイ素生命体って、僕の世界には存在しない生き物だけど、SFモノのフィクションでたまに出てきたりする。だいたいは宇宙ってところから来た生き物として登場するね。炭素と同じく原子価が4つだから、炭素と同じように生命体が生まれると考えやすかったんだろうね。有名どころで言うとアシモフの……」

 

「……オパール、ちょっといいか?」

 オパールさんの語りがだんだん早口になっていくのを制しながら、クルスさんが質問する。

 

「その話もさっきの話も凄く興味深いんだけどさ。その……大丈夫か?

 けーそ生命体ってやつの話がどうメルティの変装の話に繋がるんだ?」

 

「ああごめんごめん、ちょっと暴走してしまった。うん大丈夫、ちゃんと繋がるよ」

 

 

 オパールさんがまた新たに何かを取り出して机に並べる。

「とりあえずこれ、触ってみて」

 

 なんだか柔らかそうな何かだ。言われた通り触ってみる。

 

「なんか……ぷよぷよしてます」

 

「そう、ぷよぷよしてるね。これは僕の世界で使われている物質で、『シリコン』って言うんだ。

 御覧の通り柔らかい物質で、モノによっては人間の肌とよく似ている。

 これ着色してあるんだけど、どう?人の肌に見えない?

 僕の世界では例えば、義足にこれを使って本物の足っぽく見せたり、映画とかの撮影で特殊メイクに使ったり、豊胸手術で胸に入れたりなんかするんだ」

 

「確かに、俺のおっぱい揉んだ時の感触に似てるな」

 ……なんだかクルスさんからとんでもないセリフが飛び出たような気がするが、ここは聞こえなかった事にしておこう。

 

「要するにそんな感じで、『人間の肌の代用品』としてよく利用されたりする物質なんだ。

 で、このシリコンなんだけど、さっきも話に出した『ケイ素』が主な原材料なんだ」

 

「これも、ケイ素、ですか……」

 

「で、どう?このシリコン、メルティの変装に使えそうじゃない?」

 

「これを、変装に……」

 

「つまりこれを使って、メルティの皮膚っぽいものを作ろうっていう事か……」

 

「そう、そういう事」

 


「確かに……これならほとんど、本物の皮膚と変わらないかもですね」

 

「うん、ただの絵の具よりずっといい。というか……ほとんど皮膚と同じだな、これ」

 

「まあ、よくよく見ると本物じゃないって気づくかもしれない。

 でもまあこの世界の人ってまずシリコンを知らないはずだし、多少の違和感はあっても見破られるまでは無いんじゃないかな」

 

「ああ、すげえなこれ……うん、これならいけるかも。

 でもこれどうやって作るんだ?錬金術か?」

 

「錬金術じゃないよ。僕の世界では、電気っていう雷魔法みたいなものをいっぱい使って、ものすごい温度にしてなんやかんやして作る」

 

「……じゃあ作れねえじゃねえか!雷魔法なんてメルティ使えねえぞ?」

 

「まあその通り。というわけで次の実験だ」

 

「お、おう……」

 

 

 

「さて、これはメルっちょの残りの粘着ボール。

 そしてこっちの瓶は魔力回復用エーテル液、通称マジックポーション。

 魔法使いや僧侶が、魔力が切れたときに回復するためによく飲んでるやつだね。

 それを錬金術で普通とちょっと違う状態にしてみた」

 

 瓶には黄緑色っぽい、ほのかに光る液体が入っている。マジックポーションは街の道具屋さんで売っているものだけど、ちょっとだけ色が違う。

 

「このエーテル液を粘着ボールに入れてかき混ぜてみよう。すると……」

 粘着ボールは少し固まった。

 

「これって、まるで……」

 

「メルティがゼリー化したときみたいだな」

 

「そうそう、そうです!」


 

「うん、そうだね。メルティ君の『硬化』の際に起こる反応だ。

 そしてこっちを混ぜる。さっきのエーテル液の逆の効能のものだ。そうすると……」

 

「あ、元に戻りました」

 

「そう、その通り。ちなみに省略するけど、もっと混ぜると純液体化する。メルティ君が『軟化』と呼んでいた現象と同じと思われる。

 つまりだ。普段メルティ君がやっている硬化や軟化などの状態変化は『魔力』を使って変化させているのではないか、と考えられる」

 

 

「魔力……えっと、私は魔力があるって事ですか?その魔力を使って、体を硬化させたりしてるって事ですか?」

 

「まあ、そういう事になるね。今はエーテル液を使って変化させたけど、君は日常的にこれを行っている。意識はしていないだろうが、魔力を使っている、という事になりそうだね」

 

「なるほど……」

 

 自分に魔力があるかどうか。私は魔法を使えないのでいまいちピンと来ない。でもそういえばジョブマニュアルには魔法のページがあるらしい。という事は、魔力はある、という事なのだが……。

 

 

「で、もう一つこの瓶。こっちはエーテル液をさらに錬金して成分を変化させたやつだ。

 つまり、さっきよりも強い魔力を粘着ボールに与えることが出来る。どうなるか、やってみよう……」

 

 さっきと同じように混ぜる。

 

「さて、どう?」

 

「いつものゼリー化より、もっと固まったような気がします。これはまるで、さっきの……」

 

「そう、さっきのシリコンみたいだ。色は違うけど、感触はほぼ同じだろ?」

 

 私のゼリー化は、人間の皮膚の固さには及ばない。でも、これはほどんどさっきのシリコン……人間の皮膚のような硬さだ。

 

「ゼリー化より、もっと硬化させれば、人間の肌の固さになる……?」

 

「うん、そうだと思う。どう、やってみたらどう?」

 

「……はい」

 試しにやってみる。いつものゼリー化よりも、固く…………。

 

 

「……う~ん、駄目です。ゼリー状にはなるんですが、それより固くはならないみたいです……」

 

「そっか、出来ないか。まあ、エーテル液では出来たんだから多分できるはずなんだけど……」

 

「う~ん……」

 

「多分魔力で『硬化』以上にできるのは間違いないはず。となると、魔力の使い方が分からない、という事になるのかな」

 

「魔力の使い方、ですか……う~ん、一体どうやったら……」



 

「なるほど!そこでワシの出番というわけじゃな!!」


 突然背後から誰かの大きな声が聞こえた。初めて聞く女の人の声。

 びっくりして後ろを振り返る。

 初めて見る顔の女の人が、そこにいた…………。

 


******************************************************************


 【作者補足】


 前々回と同様、本文中の科学的な内容のものは、作内に都合がいい部分だけピックアップして後はファンタジー設定で誤魔化している物なので、

実際の科学的なほにゃららとは大きく異なる点があるかと思います。

 細かいツッコミ等を戴いても作者の頭では処理しきれない自信はあるので、その辺どうか温かい目で見ていただけると幸いです。

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