15話 修行4日目・昼 魔素指南

 突然の大声にびっくりして振り返る。そしてあっけにとられる。

 

 そこに立っていた、女の人。

 声も大きかったが、体も大きい。クルスさんもオパールさんも身長は平均よりも高いほうだが、彼女はそれよりさらに高い。

 そして身長もそうだが、胸も……大きい。クルスさんの胸もけっこうなサイズだが、それよりひとまわり……いや、ふたまわり、いや、もっと……。

 服装はなんというか、いかにも魔女らしい格好。冒険者ギルドの魔法使いの女性がよく着ている黒づくめっぽい服装だ。

 だが黒ずくめなのに、レースや模様があしらわれていて派手だ。

 頭にはこれまた魔法使いが良くかぶっている、つばの広い三角帽子をかぶっている。

 

 

「久しいのうクルス殿にオパール殿!初めましてじゃなスライムのお嬢!

 ワシが魔導士、ビビアン・フィービーじゃ!!」

 その魔女、ビビアンさんは改めてそう自己紹介したが……。

 

「……あ、あの…………」

 私がぽかんとして何も言えないでいると、みるみる様子が変わっていき……

 

「も、もう……なんで誰も何も言ってくれないの?

 何か言ってよ~~~~~っ……」

 と、急に後ろを向いてしゃがみ込み、帽子をつまんで小さく丸まって泣きだしてしまった……」


 

「と、というわけで、ビビアン……です……よろしく……」

「あ……メルティ・ニルツです……」

 

 黒板前、オパールさんの隣に促され、再度自己紹介のやり直しになったが、さっきまでの大声とはまるで逆のか細い声で挨拶された。

 

「ご、ごめんなさい、その……あっけにとられてしまって……」

「いえ、私のほうこそホントに……」

 私も気弱なほうだという自覚はあるが、この人もすごく気弱だ……。

 

「だって、ほら、メルティちゃんに魔術を教えることになったでしょ?だから師匠らしくしなきゃって思って……」

「はぁ……ビビはほんと、変わんないな」

 クルスさんがビビアンさんに向かって話す。その後ビビアンさんの性格についてフォローする。

 

 

 何でもビビアンさん、生来の弱気な性格。でも子供のころから大きな身長。

 なので昔から同年代の悪ガキから目を付けられることが多かった。

 気弱な性格を変えたくて冒険者となり、クルスさん達のパーティーに加わったんだけど、性格は相変わらず昔のまま。

 そのせいで敵と遭遇しても怯えて戦えなかったり、他の冒険者にナメられるのが怖くてギルドの建物内に入れなかったりしていた。

 それじゃあ良くない、ならせめて虚勢を張ろうという事になり、まずは話し方から変えることにした。

 『性格を変える本』を読むなどして努力を重ねた結果、なんとか自信が付き、

 厄介者の冒険者にもナメられることも無くなり、戦闘でも実力を出せるようになり、無事活躍できるようになった。

 そのため、人前ではあんな感じらしい。

 

「ビビやんは身長おっきいから、背筋さえちゃんと伸ばしてりゃあけっこう圧があるから大丈夫なのにな」

 オパールさんがそう答えるが、当のビビアンさんは、

「おっきくなりたくてなったんじゃないもん……なんで冒険者になってからさらに伸びるの……」

との事。

「うん、ゴメンて。まあビビやん、続きはよろしく頼むよ」

「わかった……でもちょっと待って、気持ち作らせて……」


 

「というわけで、ワシがビビアン・フィービーじゃ!

 魔導士で、今のクラスは上級職のウォーロック。他の魔法職にもいろいろ手を出しておるので、一通りの魔法は使いこなせるぞえ。

 魔術師ギルドで若手の指南もやっておるので、まあメルティ殿も大船に乗ったつもりで良いぞ!」

 

 既に3度目となった自己紹介で、ビビアンさんは来歴を教えてくれた。

 そして帽子を外し、

「ちなみに、見ての通り猫耳族じゃ」

 と、頭の上にピンと立つ2つの耳を見せてくれた。

 

 うん、キャラが濃い。なんというか……てんこ盛りだ。さすがはクルスさんとオパールさんの仲間って感じだ……。

「……あ、ちなみにキャラが濃いのはビビとオパールくらいだから。ジョルジュとエリーゼは普通だから……」

 クルスさんが何かを言い訳していた。

「さらっと自分をノーカンにすんな。クルるんだって負けないくらい特殊じゃないか」

 そしてオパールさんに指摘されていた……。


 

「さて、だいたいの話はオパール殿から聞いてはいるが、具体的には何から始めれば良いのじゃ?

 聞く限り、魔力の使い方らしいが……」

「あ、そうそう、そうなんだ」

 オパールさんがこれまでの話をかいつまんで説明する。

 

「なるほど、メルティ殿は魔力を使って体の固さを変化させられる。

 魔力を使えばさらにこのシリコンという物質のように変化できるはずじゃが、その魔力の使い方が分からない、と。

 そういうわけじゃな」

「うん、そういう事。ビビやん、教えられる?」

「まあそうは言っても魔力の捉え方は人それぞれじゃからな……どれ、まずはメルティ殿の事をちょっと調べてみるとするか。

 ちょっと手を触らせてもらうぞ」

 と、私に手を伸ばした。私も手を差し出す。

 

「わぁ……冷たくて気持ちいい……コホン、ではまず、そもそもメルティ殿がどのくらい魔素を持ってるかじゃな。体内の魔素の流れを調べさせてもらう」

 

 

 ビビアンさんの体の廻りがうすぼんやりと光った。

 その光が私のほうも包み、私はふわっとしたような温かいような、不思議な感覚になる。

 少しの後ビビアンさんが目を開ける。

 

「ほう……これは、なかなかのものじゃな。メルティ殿はかなりの魔素を持っている」

 

 魔素と言うのは、魔法を使うためのエネルギーのようなものらしい。魔法を使う時は体内の魔素を使って魔法を出す。

 最近だと『MP』なんて言い方をしたりもする。その魔素が、私には多いらしい。

 

「ほんとですか……?」

「ああ、かなりのものじゃぞ。レベル1と聞いていたので驚きじゃ。一般的なレベル1の魔法使いの倍程度の魔素を持っておるな」

「メルティ、そんなにすごいのか……」

「そうじゃな。これならすぐ魔素制御の訓練に映っても問題は無いじゃろうな」

「良かった、時間は短縮できそうだね……ところでビビやん、その訓練って今すぐする?」

「おお、そうじゃな。続きは午後にしようかのう。オパール殿、食事の支度を頼むぞえ。ワシは腹ペコじゃ」

 という感じで、いつもよりちょっと早く午前の修行は終了となった。

 

 

「はぁ~お腹すいた。早く食べた~い」

 ダイニングの椅子に座り、ビビアンさんが話す。

 本当にころころ雰囲気が変わる。オパールさんもよく変わるけど、どちらかと言うと要所要所でわざとスイッチを入れて変えている感じだった。

 だけどこの人は本当に急に変わる。さっきまでのビビアンさんは古風な凛々しい魔導士だったけど、今はふにゃふにゃした猫みたいだ。

 

「うん、もうすぐ出来るから、ちょっと待ってて……」

 オパールさんは台所でものすごい量の食材と格闘中だ。

 修行を早めに切り上げたのは、ビビアンさんがものすごくたくさん食べる人だからだったのかもしれない。

 

「でもメルティ、魔素が多いなんて、魔法の才能があったんだな」

 同じく椅子に座って待つクルスさんが、私の事を突然褒めてくれた。

「あ、でも私、昔故郷の村の教会で調べてもらった時、魔素は無い、魔法の才能は無いって言われた事があるんですけど……」

 

「そうなのかえ?そんな感じではないぞ?

 これは最早、小さいころから魔法を使い続けて鍛えられたほどの魔素の量じゃぞ?

 魔法使いか錬金術師で大活躍できるくらいの魔素量じゃ。ジョブマニュアル無しで魔法を取得していてもおかしくない程にのう。

 メルティ殿はほんとに魔法は使えないのか?」

 ビビアンさんがふにゃふにゃのまま威厳のある言葉使いで話す。私は首を振る。

 

「メルティが人間の頃は魔素が無かった、でも今は魔素があるって事か……。

 あ、ひょっとして、スライム娘のジョブに就いたからか?」

「確かにジョブに就くことで魔素量が割合上がることはあるが、ゼロからここまで劇的に跳ね上がるとは思えんのじゃが……」

 

「……僕の仮説だけど、スライムはケイ素……魔水晶あたりから生まれた生命体、と考えいる。

 ジョブによる増加ではなく、スライムが生まれ持った特性……種族特性なんじゃないかな?」

 格闘中のオパールさんだったが、なんとか会話に食らいついてきている。

 

「まあ確かに野生のスライムも魔素は持ちよるが、ワシの知ってる限りほんの微量じゃぞ?

 魔法を扱うスライムもいるが、魔導士系の魔物のように乱発して使えるほどではない。

 ……いや、まあ確かにメルティ殿ほど特殊なスライムであれば、その可能性もありうるのか……」

 

「うん、確かにメルティは、俺の知ってるスライムとは全然違うよね。今までと全然違う種族のスライムなのかも?」


「しかし、もしそうなら、メルティ殿は魔法の使い方に注意が必要かもしれぬな……」

「……え、ビビ、それどういう事?」

「ワシら人間は、もし体内の魔素を使い切っても、すごく疲れるとか頭が痛くなるとかその程度じゃ。

 しかし魔法生命体の中には、魔素切れを起こすとそのまま死んでしまうものがおる。

 ウィル・オ・ウィスプなんかがそうじゃろ?

 もしメルティ殿も同種の魔法生命体なら、あり得る」

 

「なるほど……もしそうだとしたら、私、魔法を使うのを止めたほうがいいんでしょうか……」

「い、いやいやいやそれは大丈夫だと思うわよメルティちゃん!

 メルティちゃんの魔素ってすっごく多いもの!多少の事ではすっからかんにならないよ!

 それに魔法生命体の中じゃ、魔素を自動回復できる種族もいるの!

 もしかしたらメルティちゃんもそうかもしれないし……コホン。ええと、とにかくじゃ、まあそういうわけじゃ」

「は、はあ……」

「まあ、自分の魔素残量に注意しながら使え、という事じゃな」

「あ、はい……」

 

「……ま、その含めて午後はメルっちょの魔術修行だね。さ、ご飯できたよ~」

 オパールさんが大皿山盛りのものすごい量のパスタを持ってきた。

 ビビアンさんは、それをあっという間に胃袋の中に消し去ってしまった……。


 

 午後は本来のローテーションなら庭でクルスさんの戦闘修行を行う番だったが、今回はビビアンさんの臨時授業。

 場所はビビアンさんの部屋で行うことになった。

 

 ビビアンさんの部屋の扉を開けて、驚いた。

 今朝は何もないがらんどうの部屋だったのに、今は全く違う景色になっていた。

 不思議な香りのするお香の香りが立ち込める。

 暗めでシックな壁紙。魔女っぽい怪しげな内装と、怪しげな装飾。

 ベッドもメイキングされていて、枕元にはこの部屋に不似合いな気がする大きな可愛いぬいぐるみがあった。

 中央には丸いテーブルがあり、上には奇麗な水晶玉。

 椅子が2つ向かい合わせに配置されてあり、ビビアンさんは部屋の奥側の椅子に座っていた。

 

「すごい……これ、ビビアンさんが魔法で出したんですか?それとも空間転移ってやつですか?」

「まあ両方とも半分ずつ正解ってところじゃな。

 いつもはワシの部屋そのものを半空間化させて収納魔法で仕舞っておるんじゃが、この部屋の形に合わせてそれを自動生成させたって感じじゃな。

 魔法で1個1個出すのは面倒じゃし、ポータルはいつも同じ部屋になってしまうんで味気ないんじゃ。

 この魔法なら、ああこの家この部屋に帰ってきたんだなーって感じがするでしょ?

 私が作った魔法なんだけど、お気に入りの魔法よ。さ、座って」

 

 ビビアンさんに促されて、丸いテーブル前の椅子に座る。

 クルスさんとオパールさんは、私の後ろ側に立ってこちらを見ている。

 

「では始めようかの。まずは、さっきの魔素の件を含め、他にも色々調べてみようか。

 どの魔法をどのくらい使えば行動不能になるか、気になるじゃろうからな。

 では、この水晶玉の上に手をかざしてみてくれ……」

 私は言われた通り、水晶玉に手をかざしてみた……。

 

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