私、スライム娘になります!

日高 うみどり

序章

序1 ジョブ無しの少女

 冒険者ギルドの掲示板に張り出されている、クエスト依頼の張り紙。

 そのいくつもの紙を、私はいつものように長い間ぼーっと眺めていた。

 

 モンスター退治、用心棒、アイテムの納品など、様々な依頼が所狭しと貼られている。

 しかし、私が受けられる依頼はひとつも無い。

 

 端から端まで張り紙を眺めてはため息をつき、それでも諦めきれずにまた最初の張り紙から目を通し直す。

 その繰り返しで時間だけが流れていく。

 



 私の名前はメルティ。一応、15歳の成人の儀を半年前に終えてはいるが、小柄な私はよく幼い少女に間違えられる。

 そんな私が一念発起して新人冒険者を夢見て冒険者ギルドのドアを叩いてから、もうすぐひと月になる。

 

 だが、私はいつもその繰り返しだった。

 

 

 

 ---『冒険者ジョブ制度』---

 冒険者ギルドの新人講習会の時、ギルドの受付嬢のマリナさんが話していた。

 「この制度の導入により、かつては著しく低かった冒険者たちの生存率は大きく上昇したんですよ」

 

 冒険者たちがギルドで依頼を受ける際、『戦士』『魔法使い』『シーフ』など、何らかの『ジョブ』に就職する。

 

 例えば『戦士』

 魔法はほぼ使えないが、腕力や体力が高く攻撃役や壁役をこなせる。

 例えば『魔法使い』

 腕力や体力は期待できないが、多種多様な魔法を習得できる。

 

 ……などなど、いずれも一長一短はあるものの、各個人の能力を大きく引き上げることができる。

 ジョブのあるなしでは天と地ほどの差が出る。

 そのため、冒険者ギルドに新規登録する際は、何らかのジョブに就くことが義務付けられるようになったそうだ。

 

 でも、すべての冒険者が希望通りのジョブに就けるとは限らない。どのジョブに就職できるかは、各個人の資質に関係する。そのため、戦士系のジョブになりたいと思ってもなれない場合もあるし、その逆もある。

 

 そして中には、私のように……。

 

 

 

 1か月前、ギルドの会議室で行われた新人講習会。私も新人の一人として参加していた。

 

 「それでは、皆さんのジョブの資質を今から調査いたしますね」

 簡単なギルドの規約や利用方法の講習会が終わったのち、マリナさんがそう告げた。


 私は、同じ講習会に参加したほかの7人の新人冒険者見習いとともに、会議室奥の祭壇のようなものがある場所に案内されていた。

 祭壇の真ん中に大きな水晶玉がくっついていた。

 

 「この水晶玉に手をかざすと、皆さんがどのジョブに適性があるのか判別できます。

 先程もお話しした通り、基本職、上級職、レア職など、ジョブは100種類以上あると言われています。

 ですがまだ皆さんは上級職には就職できませんし、いきなりレア職に就職するのはお勧めできません。

 時間の都合もありますので、今回は『基本職』と呼ばれるうち、当ギルドで選別した8つのジョブだけを調査させていただきます。

 よほどの希望が無い限り、まずはそれらの職に就いていただく事をお勧めしております。

 ではまず、そちらの男性の方のかた、どうぞ」

 

 右端に立っていた男性がマリナさんに促され、祭壇に手をかざす。

 すると水晶が光り、文字が浮かび上がる。マリナさんがそれを読み上げる。

 

「まずロランさん、あなたの適正は『弓使い』と『シーフ』ですね」

「マジか、前衛系のジョブを希望していたんですけど……」

「ウチのギルドで用意している前衛職は『戦士』と『武道家』なんですが、どちらにも適性が無いようですね……。

 あ、でも、ウチのギルドにない別のジョブならなれるかもしれません。例えば『剣士』とか……適性次第ではありますが。

 適性と『ジョブマニュアル』の両方が揃えばジョブチェンジ出来ますので、それまではこの弓使いかシーフを頑張ってみるのはいかがでしょう?」

「そうですね……ちょっと考えてみます」

 

「頑張ってくださいね!

 続いては……ターシャさん、あなたの適正は……『魔法使い』ですね」

「あれ、アタシひとつだけ?フツーは2~3個あるんじゃないの?」

「ええ、確かに、適性がひとつだけというのは珍しいですね。だいたい皆さんが2種類以上のジョブに就ける構成で基本職を用意しているのですが……」

「まー別にいいっしょ。もともと魔法使い志望だったんだし。それに修行すれば、ちゃんとした上級職になれるんよね?」

「そうですね!『魔法使い』のジョブを特定レベルまで上げれば、魔法系の上級職へジョブチェンジできる資格が得られます。魔法系の上級職はいくつかありますし、どれもすごく強力な魔法が使えますから、頑張ればいずれは凄い魔術師になれますよ!」

 

 そんな感じでマリナさんのフォローとアドバイスを合間に挟みながら、参加者たちは順調に適性検査をこなしていく。

 

「最後はそちらのピンク色の髪のかた……メルティさんですね。

 あなたの適正職は……ええと……………………あれ?」

 

 水晶は光り輝くが、その中には何の文字も浮かび上がらない。

 マリナさんが困ったような声を上げ、次第に焦りだした。

 私には、何が何だか分からなかった。

 

 

 

 あの時の事は、今でも忘れられない。

 講習会の後マリナさんの好意で、基本職以外のジョブの適正も調べてもらった。

 講習会の時に彼女が話していたように『適性』があればそのジョブに就ける可能性があるからだ。

 しかし、いずれのジョブにも適性は無かった。

 普段はしないそうだが特別に上級・レア職含め、現在確認されている100以上のジョブの適正を調べてくれた。

 時間をかけて洗いざらい調べてくれた。

 だが、結局何もヒットしなかった。

 

 

 適正職、なし。

 どのジョブにもなれない、ただの無力な少女でしかない私。

 

 

 そこそこ長いギルドの歴史の中でも、一切のジョブに適性が無いというのは初めての事らしい。

 同期の新人冒険者が1か月のうちに、ささやかながらも立派な成果を上げていく中、私は、そのスタートラインに着くことすらできない。

 

 それでも諦めきれずに、こうして依頼リストを眺めている。

 もしかしたら1つくらい、ジョブ無しの自分でも活躍できる依頼があるのかもしれない、と……。

 


 

「はぁ……やっぱり今日も私が出来る依頼、何も無かった……」

 

 いつものように大きなため息を付く私に、カウンターから出てきたマリナさんが話しかける。

「ごめんね。今は野草採取の依頼もほとんど無くて……」

 

 いつもこの調子の私を見かねて、マリナさんから時々、ごく簡単な依頼を斡旋してくれることがあった。

 ゴブリンやスライム等の雑魚モンスターすら出ない安全な採取地で野草を採取する依頼。

 とはいえ、街の子供が小遣い稼ぎで出来る難易度の依頼を、自分に何度も何度も回してもらうのは、正直心苦しかった。

 それでも泊まっている安宿の宿賃だけはちゃんと支払わねばとこなしていたが……そんなごく簡単な依頼すら無くなってしまった。

 

 もう、諦めるしかないのかな…………。

 

 再度顔を上げ、虚ろな目で依頼ボードを眺め直す。でもやはり何もない。

 

 簡単な依頼ですらそれなりの条件が求められる。

『要回復魔法』『火炎魔法を使える人限定』『力の強い人優遇』『スキル持ち大歓迎』……どれひとつ、私には該当しない条件だ。

 魔法なんて使えない。非力すぎて普通の剣すら振り回せない。スキルなんてものはもちろん無い。

 

 ジョブ無しのままでは、ジョブ持ちの冒険者よりもはるかに能力値が劣る。ジョブ持ちとジョブ無しとの差は非常に大きいのだ。

 どれもこれもワクワクするような依頼ばかり。なのに、私には手の届かない世界……。

 

 もう本当に諦めよう、掲示板を端まで読んだら、もうこれで……。

 


 

 そんな時、ギルドの入口の扉を開け、中に入ってくる人物がいた。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ……あら、お久しぶりです!」

 マリナさんは応対のためその冒険者のほうへ行く。

 

「やあマリナさん。久しぶり」

 私は振り返らなかったが、女性の声だった。

 声の持ち主の女性はマリナさんに対し、挨拶と軽い世間話をした後、こう切り出した。

 

「そうそう、ちょっと買取査定というか、鑑定してほしいものがあるんだけど……」

「あ、はい。これは……あ、『ジョブマニュアル』ですね。あれ、でもこれ、何のジョブマニュアルなんだろう……」

 マリナさんが戸惑ったような声を上げた。

 

 

 この時はまだ、思いもしなかった。

 この女性が持ち込んできた手帳サイズの小さな本が、私の人生を一変させてしまう事になるなんて。

 いや、人生どころか、『人間』ですらなくなってしまうだなんて……。

 

 




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初作品です。お見苦しい点はあるかとは思いますが、どうか温かい目で見ていただけると幸いです。



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