3A-1話 第23番旧坑道へ
私、メルティは、同期の7人と共に、馬車で『第23番旧坑道』へと向かっていた。
『第23番旧坑道』は、アム・マインツの街の北東部にある。
徒歩だとだいぶかかるが、馬車なら半日ちょっとの場所だ。
私達Eクラスの同期組8人は、普段は街に近い場所のクエストを受注して冒険に出ている。
しかし、最近その付近にゴブリンが出現するようになってしまった。
Eクラスにはゴブリンは危険なモンスターだ。
そのため、ゴブリンが居なくなり、安全が確認されるまで、街付近での冒険は禁止となった。
代わりに、冒険者ギルドのソレーヌさんが用意してくれた、『第23番旧坑道』のクエストに向かう事となった。
今日から数日間の間、その旧坑道を探索する事となる。
馬車は街道沿いの牧場地帯を通っている。
「わぁ、すごい!」
私は馬車から身を乗り出し、廻りの景色を眺めている。
牧場にはたくさんの羊たちがいた。広大な放牧地で、思い思いに牧草を食べている。
「ほんま、良い景色やねー」
私と一緒に景色を眺めるのは、私の同期で、レンジャーのマキノさん。
「のどかでいいトコロじゃーん」
魔法使いのターシャさんも、私達に同意して景色を見ている。
「全く、呑気なモンだよな……そんなに珍しいか?」
戦士の男性、イルハスさんが、私達の様子を見て呆れている。
イルハスさんの事は、私は苦手だった。こんな風にいつも私に一言言ってくるのだ。
「まあまあ、別にいいじゃんか」
僧侶のイサクさんがイルハスさんにそう話す。
「あれ、でもメルティちゃんって、街に来る前は叔父さんのところで牧場を手伝っていたって言ってなかったっけ?
それでも珍しい物なの?」
ロランさんが私にそう聞いてきた。
ロランさんは弓使いとシーフの職業を2つ同時進行で鍛えている。今回は暗所での冒険を想定しているため、シーフで参加する。
「あ、その、叔父の牧場はそんなに大きくなかったので……
ぼく、こんなに大きな羊牧場を見るのは初めてなんです」
「あ、そうなんだ……」
ロランさんは気にしていないみたいだけど、ついうっかり、自分の事を
私には実は、同期の冒険者8人以外に、皆には秘密の仲間がいる。
実際、羊を見て大はしゃぎしているのは、私というよりもぼくのほうなのだ。
私は、スライム娘。
ある日『スライム』というジョブになり、自分の体はスライムのようになってしまった。
その後、とある事件で命を落としかけた私は、森で出会った3匹のスライムに助けられた。
3匹のスライムは私と『同化』し、一心同体となり、私の『中』にいる。
生まれてから、森と街しか知らない3匹にとって、この光景は初めて見るものだった。
同化後の私から伝わった知識として知ってはいるものの、実際に見るこの光景に、特に珍しいものに興味津々な『ぼく』が、表に出て大はしゃぎしていた。
まあ、私は私ではしゃいでしまっているのだが。
3匹と私の境界線は今は無い。3匹と私、4つの精神でひとつの人間となっている。
なお、馬車に乗っている同期組の人間はあと2人。
コーストさんとミリィさん。
二人とも無口で、静かに馬車に乗っている。
コーストさんはこの国では珍しい侍の男性。
ミリィさんは武道家で、やっぱり珍しい戦い方をする女性なのだが、一身上の都合により、今回は踊り子として参加する。
2人とも、この間までの服装とはかなり違い、コーストさんは東国風の『ハカマ』と呼ばれる衣装、ミリィさんは踊り子風の衣装となっている。
この8人(と、こっそり3匹)に加え、乗合馬車の御者さんとその護衛の人、総勢10名という大人数を乗せた馬車は、賑やかに北東へ進んでいく。
大人10人を荷台に乗せた馬車はかなり重いはずだが、それを引く2匹の馬はものともせず、ゆっくりと馬車を運んでいる。
目的地に着いたのは、お昼をちょっと過ぎた頃だった。
「んん~~!疲れた~~~~!!」
マキノさんが率先して荷馬車から下りて、背筋を思いっきり伸ばしている。
皆も順に降りていく。
「ここがキャンプ地なんですね……」
「そ。坑道近くの廃村さ」
ロランさんが私に教えてくれた。
ロランさん、ターシャさん、ミリィさんの3人は、先週もここを訪れている。なのでこの辺の地理にちょっと詳しい。
だいたいの鉱山は皆そうなのだが、付近に、鉱夫達が寝泊まりするための小さな拠点がある。
ここもそうだった。
この周囲には『第23番旧坑道』のほか、第17番、第26番と名付けられていた旧坑道がある。
3つの坑道のちょうど中間に位置するこの場所に、小さな集落があった。
しかし、坑道というものは鉱石が掘りつくされてしまえば閉山になるもの。
3つの坑道は全て閉山になり、それに伴い、この小さな集落も人が居なくなり、廃村となった。
所有者のいなくなった村の建物は、その後も、付近を通る旅人や冒険者達の一時拠点として、間借りして利用されている。
一応、冒険者ギルドが管理者という事になっているらしいけど。
今回の『第23番旧坑道』のクエストを達成するまでの数日間、ここが私達のベースキャンプとなる。
「よーし、じゃあまずはいろいろ準備するか」
ロランさんの掛け声とともに、私達はキャンプの準備を始める。
まずはお昼の腹ごしらえ。
飲まず食わずでここまで来たので、簡単な携帯食をお腹に入れる。馬車の御者さんと護衛の人も一緒に。
その後御者さん達と別れ、本格的な寝泊まりの準備。
もう午後もそれなりの時間になるので、坑道の探索は明日からとなる予定だ。
その後、私達は二手に分かれる。
片方は、拠点周囲にモンスターや盗賊がいないかどうかの見回り。
もう片方は、寝泊まりする場所の掃除。
私は掃除のほうに立候補した。
「ふわぁ……凄い……メルティちゃん、ホンマにスライムだったんやね……」
マキノさんが、私を見て驚いている。
御者さん達が居なくなったので、私は人間の変装を止め、『スライム娘通常形態』へと戻った。
「マキノさん、どうですか……?」
8人の中で唯一、マキノさんだけが、この姿を見たことが無かった。
なので初お披露目だ。
この姿を他の人に見せるときは、いつだって緊張する。モンスターだと怖がられないか、受け入れてもらえるのかどうか……。
「メルティちゃん……ちょっと触ってもいい?」
「え……あ、はい、いいですよ……」
実際、スライムをそこまで嫌う人はそこまで多いわけでは無い。
街で生まれた『ぼく』の記憶によると、スライムが実は好きな人は少なくないらしい。
どうやらマキノさんもそういうの人のようだ。
私はほっとした。
「あの……そろそろ……」
「あ、ご、ごめんな!」
マキノさんが私から手を離す。
「おーい、さっさと掃除しろよー」
同じく掃除班のイサクさんから怒られてしまった。
私は掃除を開始する。
と言っても、人間と同じように掃除用具を持って掃除はしない。
私はまん丸い下半身をちょっと潰して広げ、その状態で床を這いずり回る。
すると、私の下半身にホコリがくっついて吸い取られる。
吸い取られたホコリは、私の浄化能力で体から消えて綺麗になる。
あっという間に、床がピカピカになった。
「おお~~~~~」
マキノさんとイサクさんが、驚いたように感嘆の声をあげていた。
ここには幾つか建物があるが、今回私達が利用するのは集会所みたいなところ。
廃村とは言っても、本当の村ほど規模は大きくないので、ここが集落の中心部だったらしい。
煮炊きが出来る広めの厨房もあるし、部屋も数部屋ある。
そのうち程よいサイズの2部屋を、私達が男女分かれて就寝する場所にした。そこを私達は掃除した。
収納魔法を使えるイサクさんが、7人分の毛布を亜空間から出して配置する。
私は、自分の寝床に良さそうな壺を見つけたので、「ホントにここに寝るの?」と聞かれながらも、部屋に運んでもらった。
そのうち、見回りに出ていた5人が戻ってくる。
時々この辺りには『キリサキバッタ』という虫のモンスターが出るらしいが、今回は特にいなかったとの事。
その後いろいろ雑談しながら時間を潰し、夕方になったら、料理が出来る人が炊事してくれて夕食。
その後、すぐに就寝。手持ちの照明では暗いので、早めに寝てしまう。
集会所の入口は一応焚き火を炊いて、寝ずの番が2人付く。
初日の今日は、くじ引きの結果、ターシャさんとコーストさんが担当する事となった。
「ホンマに、ホンマにメルティちゃんが入ってるの?」
「は、はい……」
大きい壺に入って寝ようとする私を、マキノさんが覗き込んでいる。
ミリィさんも興味深げに同じく見ている。
「やっぱり、水が入った壺にしか見えないんやけど……」
「壺の中の、水から、声が聞こえる」
「は、はあ……」
こうやって寝る所を誰かに見られるのって、なんだか恥ずかしい。
その後、私は壺で、皆は寝袋で、雑談しながら寝床に付いた。
と言っても、ミリィさんはほとんど話さなかったので、マキノさんが私について聞くのがほとんどだった。
どうやって寝るのとか、そういえばご飯はどうやって食べたのとか、いろいろあれこれ聞かれたので、私もいろいろ話した。2人は興味深そうに聞いている。
そのうち3人とも眠くなり、初日の夜はこうして終わった。
いよいよ明日から、本格的なダンジョンのクエストが始まる。
私は明日に備えて、ゆっくり休んだ。
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お世話になっております。作者の日高うみどりです。
本日より第3章を始めさせていただきたいと思います。
第3章は今までとはちょっと違って、メルティ視点のAシナリオと、街視点のBシナリオを交互に掲載していく形式になります。
だいたい(作中時間で)1日単位で切り替わります。明日はBシナリオ方面のお話の予定です。
だいぶ変則的ですがご容赦いただければ幸いです。
3章の話数は、これの1つ前のまとめと合わせて60話の予定です。
毎日1話ずつ更新予定です。
3章終了まで、どうかよろしくお願いします。
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