第5回 ライナの家族

 意味がわからない。

 なにこの人、手柄を横取りしたってこと?

 トキュウスさんが弱々しく声を上げた。


「クロロスル、なにをデタラメなことを」


「おやトキュウス殿、ずいぶん遅いご到着で。まあ、あとから私の勝利を知ったのだから、無理もないですが。……これからは同じ執政官同士、よろしく頼みますよ」


「う、うぅ……」


 ちょおおおおい!!

 もっとガツンと言ってくださいよ!!

 気弱なお父さんに代わって、シーナさんが口を開きました。


「こちらの伝令係はどうなされた。誰よりも先に到着しているはずだが」


「伝令係? さあ? いまごろ、ペヌル川で水遊びでもしているのでは?」


 これは比喩だ。 

 さすがの私でもわかる。

 たぶんこの人、その伝令係さんを、沈めている。


 そうか、シーナさんはこうなる予感がしたから急いで帰還しようとしたんだ。

 シーナさんが続ける。


「いつ、こちらに?」


「三日前に」


「これはこれは」


 えー、最初から私たちより街に近い位置にいたってことじゃん。

 そりゃ追いつけないよ。


 唇を尖らせると、ライナが耳打ちをしてきた。


「彼の軍は、私たちとたいして変わらない距離にいたの」


「え!?」


「おそらく、スキルを使用したのかも」


 そういうスキルもあるのか……。

 私が時間操作のスキルをもっと極めていたら、シーナさんたちの力になれたのに。

 悔しい。このままで良いはずがない。

 あの戦いは、私だって肝を冷やしながら頑張ったんだから。


「証拠はあるんですか!! あなたが魔獣軍団を倒したって証拠!!」


 私が声を上げると、全員の視線が向けられた。

 元老院の一人が眉をひそめた。


「誰だ、そこのおかしな格好をした小娘は」


「私は!!」


 名乗ろうとした私を、シーナさんが静止した。


「こやつは異国の旅人です。変わった服を着ているのがその証。付き人見習いとして同行させています」


 続けざまに、ライナがまた耳打ちしてきた。


「異界の勇者であることは、内緒にしたほうがいいよ」


 絶対に利用されるか命を狙われるからって、こと?

 どんだけ物騒なのこの世界は……。


 私を無視して、元老院たちが祝杯をあげた。


「仕切り直して、クロロスルに乾杯」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「証拠!! 証拠を提出させればよかったじゃん!!」


 議事堂を去ったあと、私はついライナに怒鳴ってしまった。

 だって悔しいじゃん!! あんなのって不条理じゃん!!


「意味がないよ、きっと」


「なんで?」


「証拠になるものがないから。魔獣軍団は、ゴブリンが率いていたけど、名のある首領がいないから……。みんな顔が一緒だし……」


「な、ならたくさん……その……遺体を運んで……」


「道中で腐敗しちゃうし、毛皮を剥ごうにも時間がかかっちゃうよ」


「ぬ、ぬ〜」


「それに元老院からしたら、どっちが武勲を挙げたかなんてどうでもいいの。魔獣さえ倒してくれたのなら」


 こ、こうなったら時間操作でスローにして、こっそりビンタしておけばよかった!!

 くっそ〜〜〜。


 私を宥めるように、シーナさんが頭を撫でた。


「こうなっては仕方ない。私たちの負けだ」


「……はい」


「疲れただろう。我が家に帰ろう。私も久々に、妻に会いたい」


「え!? 妻!? 奥さんがいるんですか??」


「私はモテモテだからな。あっはっは」


「だ、だってシーナさんは女……え? え?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 街の少し外れにある大きなお家。

 しっかりと壁に囲まれた豪邸が、トキュウスさん一家の自宅だ。

 敷地に入るなり、


「お父様、お姉さま〜〜!!」


 オレンジ色髪の小さな女の子が走ってきて、トキュウスさんに抱きついた。

 トキュウスさんに目一杯可愛がられると、今度はライナへ。


「ライナ姉さま、おかえり!!」


「ただいま、ユーナ」


「頭撫でて〜」


「はいはい、ふふふ」


 ライナの妹ちゃん。つまり三女?


「おーいユーナ。シーナお姉ちゃんもいるぞ〜」


「シーナお姉ちゃんは気持ち悪いからやだ」


「そんな〜〜!! 昔はたくさんちゅっちゅしてくれたのに〜〜」


 そういうとこじゃないかな。

 遅れて、ユーナと同い年ぐらいの女が、ひょっこり顔を出した。

 ちょっと内気っぽい子なのかな。


「あ!! リューナもこっちにおいでよー」


 その子はユーナちゃんに手招きされ、ようやくこちらに近づくと、


「あねうえ様」


 シーナさんと目を合わせるなり、ぎゅっと抱きついた。


「リューナ♡ ただいま♡」


「無事で、よかった。あねうえ様……好き」


 ライナ曰く、リューナちゃんはユーナの双子の妹らしい。

 シーナ、ライナ、ユーナ、リューナ。この四人が、トキュウスさんの愛娘たちなのだった。


 そして最後に。


「シーナ様」


 お腹が膨らんでいる女性が現れた。

 シーナさんと抱きつくなり、軽くキスをする。


「ルルルン。愛しのルルルン。長い間家を空けてごめんね」


「いいのよ。あなたが生きて帰ってくれたなら」


 も、もしかしてこの人が、シーナさんの奥さん?


「ねえライナ、ルルルンさんのお腹……」


「姉上さまの子供を身籠っているんだよ」


「どういうこと? 二人とも女同士だよね?」


「逆にどういうこと? 女性は女性と、男性は男性と結婚して子供を産むものだよ?」


 わ、わけがわからない……。

 一体全体どういう理屈? 帰還の道中、川で水浴びをしているシーナさんやライナを目撃したけど、変わったところはなかった。


 もおおお、意味分かんないよこの世界いいいい!!!!

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