終幕編
第71回 失望と決心
あの悪夢のような夜から数日後。
「じゃあ、行ってくるね、リューナ」
ベッドに横たわり、窓の外をじっと眺めているリューナに告げる。
白髪が増え、魂が抜けた幽鬼のような形相。
まるで死んでいるかのよう。
当然だ。薬を売っていたのがユーナだったうえに、私が殺してしまったのだから。
ナーサが薬物中毒に陥っていたことも、負担になってしまったのだろう。
リューナの心は、完全に壊れてしまった。
もう、一言も喋らない。
「よろしくお願いします」
新しく雇ったお手伝いさんにリューナを預け、議事堂へ向かった。
「しょうがない。やはり増税は免れないようだな」
元老院たちに囲まれたアンリがため息をつく。
薬は街から消えたが、薬物中毒者がいなくなったわけではない。
マトモな労働者が減ってしまい、経済に打撃を食らってしまったのだ。
増税に賛成か否か、多数決で可否を問う。
「では、このアンリが責任を持って法務官と協議を重ねよう」
アンリと目が合う。
うん、と頷く。
皇帝が座る席には、誰もいない。
具合が悪くて休んでいるのだ。
だから代わりに、アンリが皇帝の代理を務めている。
誰も文句はない。
ナーサよりマシ、だからだろう。
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執務室に足を踏み入れる。
散らばった書類に食器、漂う酒の匂い。
裸の女たちと、床に寝そべっている、ナーサ。
私が入室すると、女どもは気まずそうに去っていった。
「ナーサ」
名を呼ばれ、ナーサが目を覚ます。
「アオコ……」
「ずいぶん荒んでるね」
「ほっといて……」
愛するクレイピアが殺されて、気が滅入っているのだろう。
ちなみに、私が殺したことは知らないでいる。
薬中の暴漢に殺害されたと思い込んでいるのだ。
「書類仕事だけはしてって伝えたよね? サインだけでいいから」
「勝手に書けばいいじゃん」
さらに酒を煽る。
「もう飲むな」
「飲まないと、やってられない」
「……」
やはり出来損ない。
能力もメンタルも弱すぎる。
使えない。皇帝の座にいるべき人間じゃない。
シーナが生んだ失敗作。
しかし、まだ皇帝でいてもらう必要がある。
こいつには、子供を産んでもらわないと。
シーナの血を受け継ぐ、次世代の皇帝を。
その子は、私が一からすべてを教える。
妥協はしない。
優しさもいらない。
シーナの再来を育て上げる。
それが、私の罪滅ぼし。
「ほら、立って」
「……」
「立て」
「……はい」
渋々立ち上がって、椅子に座る。
「ねえ、アオコ」
「ん?」
「私が気を失う前、アオコがクレイピアと言い争っていた気がするんだ」
「……」
「本当は……」
「なに?」
「なんでもない。アオコはそんなことしないもんね」
人の良さだけは認めてやる。
疑わない純粋な性格。
まあそれだけじゃあ、皇帝の資格はないんだけど。
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「こちらの捜査不足でした」
議事堂の応接室で、褐色肌の男性が頭を下げた。
湖の国の王に仕える男だ。
「ポルシウスの一族の抹殺は、シーナにもあなた方の王にとっても最重要課題だった。とっくに族滅が済んでいると思っていたのですが……」
生き残りであるクレイピアのせいで、カローは荒らされた。
度し難い。
「此度の件を耳にして、キリアイリラ王も大変憤っております。今後は抜かりなく、カローに移住した我が国の人間を含めて、すべて調査いたします」
「お願いします。お互いの国の平和のために」
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さらに一ヶ月。
私は自宅で荷物をまとめていた。
ベキリアに赴き、『新総督』の様子を伺いにいくのだ。
前の総督は処刑した。
大事な要件をちゃんと報告できない人間はいらない。
かといって、中途半端な権力者を、強引に退かせたままでは反逆が恐ろしい。
だから殺した。
そのために死刑制度も復活させた。
「本当に行くのか」
背後で腕を組んでいるアンリが問う。
「まあね。直にこの目で見ないと。ちなみに抜き打ち」
「リューナ様はどうする」
「私が側にいても、意味がないよ」
「……お前、変わったな」
「なにが?」
「カローに移住していた湖の国の人間、何人か処刑したらしいじゃないか」
「ポルシウスの一族じゃなかったけど、元臣下だったらしいから」
驚異になりそうな存在は生かしてはならない。
シーナが、私にそう教えてくれた。
「ナーサ様の面倒は?」
「アンリが見てよ」
「いや私はーー」
「そっか、いまじゃアンリが実質的な皇帝だもんね。忙しいか」
シーナの左腕で、ポルシウスとの戦争中は彼女がカローを収めていたこともあった。
実績も人望も充分だ。
「そうじゃない。ナーサ様を託されたのは、お前だろう?」
「きちんと育てられなかったのは私の責任だけど、本人の落ち度もある。あそこまで愚かで心の弱い子だとは思わなかった」
「アオコ、お前……」
「なに?」
「ただの八つ当たりだろう。ユーナ様を殺す羽目になった経緯を、ナーサ様に押し付けているだけだ」
半分はそうかもね。
「いまからでも、きちんと教育すればきっと!!」
「本人にその気がない以上、厳しいんじゃないかな。まあ、覚醒してくれたなら、次の皇帝の相談役にでもなってくれたらいい」
「冷たいな。まるで……」
「シーナみたい?」
そうなろうとしているわけだから、私にとっては褒め言葉だ。
「いや、まるでシーナ様以上の、悪魔に見えるよ」
「一応、喜んでおくよ」
悪魔でいい。
何人殺そうが、今度こそ間違えない。
ライナ、シーナ、私を応援しててね。
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