第15回 トキュウス

 トキュウスさんが静かに語る。


「私だって、元老院は嫌いだ。自分の利権ばかり……」


「ガツンと言えないんですか?」


「こんな性格だからね。私の伴侶、つまりシーナたちのもうひとりの父親だな。彼は本当に心身ともに強くて、シーナの憧れだった。私は、シーナにとってのライナのような立ち位置だった」


 ただ影で支える存在。

 会話の流れでライナのことを思い出し、少し目頭が熱くなった。


「しかし彼が亡くなって、私は、彼の代わりに娘を、国を、引っ張って行こうと覚悟したのだ。したのに……」


 結局は、元老院の言いなり。


「元老院の、ポルシウスに何か弱みでも握られたんですか? だから任期の法を変えて……」


「いや……し、しかし、あれにはちゃんと意味がある。シーナと元老院の間を取り持つためだ」


「間を?」


「わかっているだろう。シーナは元老院に嫌われている。市民に有利で、元老院に不利な政策をいくつも打ち出しているから。しかし、それではいつかシーナは身を滅ぼす。有能でも、独裁者は恨みを買いいつか殺されるものだ」


 だから、シーナさんに泣いてもらったわけか。

 けど、それじゃあ醜悪な元老院がまた活気づく。

 対抗してシーナさんだって次の手を打つ。永遠にその繰り返しだ。


 この人、優しいんだけど不器用だ。

 平和を望んでいる、争いを避けようとしている、でもその手段が稚拙。

 それに、なまじ優しいからこそ人の頼みを断ることに抵抗がある節がある。

 意思が弱いのも原因だろう。


 政治に詳しくない私でもわかる。この人は、向いていない。

 少なくとも、いまのカローの政には。


「法務官になったのも、元老院のとある貴族に誘われてなんだ。きっと利用するためだろうとわかっていて、だから逆に、今度こそ力をもってシーナを支えるつもりだったのに……。支えようとしたのに……」


「わかってくれていますよ、シーナさんは」


「もう久しく、二人で酒を飲んでいない。きっと嫌われているんだろうな。でも、でもまた、いつかは……」


 どうか愚かな父を許してくれ。

 そうシーナさんに請うように、涙を流した。


 私だって、二人が楽しそうに話しているところをみたい。

 法務官であるトキュウスさんとシーナさんがしっかりと手を組んだら最強のはずだ。

 そのためにすべきは、トキュウスさんが話しやすい環境を作ること。

 彼を利用しようとする、古参の元老院や、ポルシウスを黙らせること。


 今度のベキリア遠征、シーナさんを国から追い出しているけど、逆に大きな成果を上げれば、影響力はもっと強くなるはず。

 そうなれば、目障りなあいつらを……。


「いっそ、自害できたらマシなのだが、それすらできない。……この際、私を殺してくれないか? アオコ」


「冗談でもそんなこと言わないでください」


「冗談じゃないさ。死ぬべきはライナではなく、私だった」


「それは言い過ぎです。ライナが悲しみます」


「悲しむ? だってそうだろう。アオコが召喚された魔獣軍団との戦い、司令官である私が不甲斐ないから、ライナは命と引き換えに君を呼び出したんだ。なのに!! 可愛い愛娘の死と引き換えに手に入れた勝利をクロロスルに横取りされても、私は!! なにも言い返せなかったのだ……。これ以上の屈辱があるか」


「……」


「限界だ」


 光を失い、虚空を見つめるトキュウスさんの瞳に既視感を覚えた。

 異世界に来る前の私も同じ目をしていた。


 最低な母親の奴隷だった頃。なにをしても、なにも成せず、得られず。

 生きていることが苦痛でありながら、自ら命を断つことさえできなかった生地獄にいたころの私そっくりだ。


 親戚に引き取られることになり、植物を植える機会を手に入れたから、多少は救われたが。


「生きていれば、きっと何かが変わります。どん底なら、あとは這い上がるだけです」


「そうかな。私は今年で五〇になる。いまさら変化なんて起きないさ」


「……私は、トキュウスさんのこと、正直頼りない人だと思ってました」


「まあ、そうなる」


「けど、トキュウスさんが人一倍頑張っているのも知ってます。前に出るのが苦手でも、少しでも状況が改善するように頑張っていることを」


「アオコ……」


「だからこれからも頑張りましょう。私も応援します。だから、死にたいなんて絶対に言わないでください」


「……」


「私だってあなたのことを父親のように思っているんです!!」


 トキュウスさんが涙をこぼす。

 国のため、娘たちのために頑張っている男の涙だ。

 私自身、この人にイラついてしまうこともあるけれど、心から応援しているのは本当だ。


 だって少なくとも二年間は一緒に暮らして、面倒を見てくれた優しいお父さんなんだから。


「ありがとう。君と話していたら気が楽になったよ。本当に、救世主だな」


 救世主。

 その言葉が、私に重くのしかかった。


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 数日後、私は部屋で荷物をまとめていた。

 遠征にはもちろん私も参加する。

 ポルシウスたちの言いなりになるのは癪だが、カローの平和を脅かす連中がいるのは看過できない。


 シーナさんも、「確かに私が戦わなくては負けるだろう」と渋々納得していた。


 着替えはたくさん持っていきたいけど荷物が多くなるし、ベキリアは乾燥地帯らしいから、薄くて乾きやすい服を数枚持っていけば大丈夫だろうか。


 それから庭に植えた野菜の様子を見にいった。

 苗はすくすくと伸びていて、紫色の小さな実は、もうじき収穫できそうだ。

 うん、いい調子だ。

 私がいない間は、リューナちゃんが面倒を見てくれることになっている。


 あの子も土いじりは好きみたいだから、手を抜かないでやってくれるはずだ。


 それから自分の部屋(ライナの部屋)に戻って、あの子が着ていた服を抱きしめた。


「しばらく家を離れるよ。ちゃんとシーナさんを助けるからね」


 ライナが残した最後の願いがそれだから。

 姉上さまをお願いしますって。

 私はライナに尽くすと決めていたから、この約束だけは絶対に守っていくつもりだ。


 いくらシーナさんが浮気性のクズでもね。


 明日の出発の前に、シーナさんの家で最後の打ち合わせをする。

 どんな経路で向かうか、どう攻めるか、等々、私以外の信頼された部下を集めて話し合う。


 そして、そのあと、


「アオコ、国を出る前に一つ頼まれてくれないか」


「なんでしょう?」


 数分、シーナさんは黙った後、口を開いた。


「父上を、殺してくれ」

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