第14回 新たなる敵

「重ねて告げる、シーナには執政官を降りてもらう」


 元老院の発言に、シーナさんは目を見開いた。

 どういうことだ? そんな権限、元老院たちにはない。

 執政官の任期は五年。少なくともあと三年は続けられるはずだし、シーナさんは市民人気が高いから続けて執政官に任命されるはずだ。


 はははと、爽やかな笑い声が聞こえてきた。


「すみませんねえ、突然」


 元老院の中に混じった、若い青年だった。

 褐色の肌に水色の髪をした、整った顔つきの男。

 こいつのことは知っている。


 ポルシウス。湖の国の第三王子だ。

 つい半年前に元老院入りをした男で、異国の人間を政治に参加させるのは前代未聞だと、シーナさんが激怒したことがある。


 元老院たちとどんな密約を交わしたのか、シーナさんすら知らない。


「なにも、国外追放にするつもりじゃないんですよ、シーナ執政官殿」


「なら、詳しく聞こうか。ポルシウス殿」


「私が思うに、執政官の任期は長過ぎる気がするのですよ。これじゃあ独裁に近い。そこで我々と、法務官で相談し、二年に減らしました。つまり、クロロスル殿も任期満了となります」


 側にいたクロロスルも驚いた。

 彼も知らなかったらしい。


 シーナさんが言及する。


「法務官と、ですか。ずいぶん強引に推し進めたのでは?」


「前向きに賛同してくれましたよ。理解のあるお父さんでした。トキュウス殿は。……ね?」


 議会の隅にいたトキュウスさんが、申し訳無さそうに俯いた。

 そんな……どうして……。


「すまない、わかってくれシーナ。これも政界の混乱を避けるためなのだ」


「……」


「……くっ、や、やはり皆さん、もう一度考え直しましょう。これであまりにも突然すぎてーー」


 言葉を遮るように、元老院の一人が立ち上がる。


「黙れトキュウス!! 我々に意見をするのか? 七年前、誰が執政官に推薦してやったのか忘れてはいまいな」


 違うだろ。お前たちの言う通りに動く傀儡が欲しかっただけだろ。


 トキュウスさんはすっかり萎縮して、シーナさんに頭を下げた。


「う……シーナ、本当にすまない」


 なんでもっと強く言い返せないんですか……。


 ポルシウスが話を続ける。


「そのうえで、シーナ殿及びクロロスル殿は軍事司令官、つまり『将軍』として、未だ反乱の意志があるベキリアの地に攻め入ってもらいたい。あそこは年々領土を増している。ベキリア人を降伏させてほしいのです」


 私も勉強したからわかる。

 ベキリアは、カロー首都より遙か遠方の地。

 移動までに一週間以上は掛かるだろう。


 しかもベキリアは、幼い頃より軍事訓練によって鍛えられた精鋭がいる戦闘民族。

 当然、スキル持ちも少なくない。

 兵の数で勝っていても、長く厳しい戦いになるのは容易に想像できる。


 終戦まで数年は掛かるかもしれない。

 これじゃあ、追放と同じだ。


 クロロスルが反発した。


「では、それまで誰がこの国を収める!! 誰が執政官となる!!」


「不肖私、ポルシウスが。もちろん、お二人が帰還したらすぐに立ち退きますよ。あくまで私は、よそ者ですので」


 なにを言っているんだこいつ。

 他国の人間が、臨時とは言え国のトップ?

 ありえない。意味がわからない。元老院たちは納得しているのか?

 若い貴族の元老院は難色を示したが、古株たちがそれを宥める。


 クロロスルが激昂し、剣を抜く。


「ふざけるなあああ!!!!」


 途端、


「ここでは暴力禁止ですよ、クロロスル殿」


 ポルシウスが指を鳴らすと、クロロスルは自らの腹を刺した。


「なっ!? え?」


 クロロスルは驚きを隠せず、ただ自身の腹から流れる血を見つめ続けた。

 これは、スキルか? 相手の肉体を操る力、とでも?

 クロロスルが剣を抜くと、傷はすぐに修復された。こちらはおそらくクロロスルのスキルの力だ。


「そうカッカしないでくださいよ。あぁ、一応忠告しときますが、また暴力でねじ伏せようとしても無駄ですよ」


 それはクロロスルにではなく、シーナさんへ向けるように言っていた。

 『また』というのはきっと、二年前にシーナさんが執政官になる際、元老院を暴力で脅したことを差しているのだろう。


 スキル持ちの警備兵がいる。ポルシウスも未知のスキルを持っている。

 単にそれだけじゃない。ポルシウスは湖の国の王族なのだ。下手な真似をすれば、彼の祖国は黙っていない。


 そしてシーナさんは、


「承知しました」


 冷たい口調で言い放った。

 仮に力を用いず、根回しだけで反抗しても、国家反逆罪で指名手配となるから、だろう。

 向こうには、法務官のトキュウスさんがいるから。


 いくらシーナさんでも、法には逆らえないのだ。


「では、来週までに遠征に出るように頼みますよ。元執政官殿」


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 その日の晩。


「アオコ、少しいいかな?」


 トキュウスさんに、部屋へと招かれた。


「なんでしょう?」


「シーナは、なにか言ってたか? あれから」


「……いえ、なにも」


 本当だ。

 シーナさんは怒りが極限に達すると黙る癖がある。

 きっと腹の中では熱い憎悪が渦巻いていることだろう。


 いくら父親とはいえ、これでは娘への裏切りだ。

 せめて事前に教えてくれたなら。


 トキュウスさんの目が潤む。


「少し、女々しい話を聞いてくれないか?」

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