第74回 危機
議事堂がいくつものため息によって充満する。
元老院たちは頭を抱え、顔面を真っ青にしていた。
正直、私も頭が痛い。
先日、湖の国へ留学していた若者が、王族の幼子を殺したのだ。
理由は不明。
当の本人も行方不明であった。
「アオコ殿、湖の国は非常に憤慨しております。恩を仇で返すなら、戦争も辞さないと」
「恩、か……」
ポルシウスと戦争でも、その後のカロー復興でも、湖の国の協力があったから成し遂げられた。
多大なる恩があるのは事実だ。
「向こうの要求は犯人の首でしょ。いち早く見つけ出して処刑……いや向こうに引き渡すしかない。それと、賠償もしないと」
アンリが口を挟んだ。
「一ヶ月。この期日までに犯人を差し出さなければ、軍を差し向けると脅している。カローが見つけられないなら、湖の国みずから力づくで捜すとな」
「厄介だな……。とにかく、犯人捜索と湖の国との交渉、それと戦の準備も」
私が発言した直後、玉座に腰をかける少女が鼻で笑った。
「いいんじゃない? 戦争しちゃえば」
「ナーサ、戦争を知らないあなたにはわからないでしょうね、戦がどれほど過酷なものか」
「知らないし」
なんだあの悪態。
最近ずっとこうだ。
薬の一件以降、反省して少しはマシになったかと思えばこれだ。
腹が立つ。
不貞腐れてるガキが。
さっさと子供を産ませて遠方にでも追放してやりたい。
「戦争しちゃおうよ!! 湖の国なんかぶっ飛ばせ!!」
当然、みんな無視だ。
もはやナーサに皇帝としての威厳などない。
薬物中毒であったことも、とっくに元老院たちは知っている。
それでも、あのシーナの娘だから、皇帝の座に留めてやっているだけで。
忠義に厚く、またナーサの剣の師であるアンリでさえ、物悲しげに聞き流していた。
「ははは、戦争だ戦争だ!! アハハハハ!!」
それにしても、犯人はなぜ子供を殺したんだ?
調べたところ、向こうの王族とはなんの接点もない普通の青年だったはず。
クソっ。幼子には悪いが、こんなことで戦争なんぞしてたまるか。
相手は大国。甚大な被害が出るに決まってる。
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犯人探しも交渉も難航していた。
あちらは完全に戦争する気満々である。
例の幼子。どうやら王のキリアイリラに相当可愛がられていたらしい。
実の子供ではないが、かなりの寵愛を受けており、次期王に選ばれていたようである。
仕方ない。ベキリア付近に陣を引き、長期戦に持ち込ませる。
その間にアンリ率いるカロー本軍を向かわせつつ、交渉と犯人探しも継続するしかない。
アンリと相談するため、彼女の家を訪ねると、
「アンリなら今朝方発ちましたわよ?」
妻のノレミュがそう告げた。
「発った? カローにいないの?」
「えぇ、なにか報告を耳にした途端、血相を変えて、軍を連れて」
「私に相談もなしに?」
「あ、言伝がありますわ。『防衛戦が存在しない』と」
「は?」
どういう意味だ?
存在しないとは何だ。
ベキリアの総督が裏切るわけがない。
「ちっ」
「誰がアンリに報告したの?」
「あの、犬に変身するスキルの……」
伝令係か。たしか名前はウィンニス。
議事堂に戻って彼を捜す。
思いのほか早く見つかり、彼は仮眠室のベッドの上で膝を抱えていた。
「ウィンニスさん」
「アオコ殿!!」
「いったいなにがあったんですか」
躊躇いがちに、語り出す。
「ナーサ様から、極秘の文を受け取りまして、ベキリアを収める総督宛に」
なにを勝手な。
「内容は?」
「正確にはわかりません。ですが、直後に総督は、防衛戦を張る兵士を撤退させたのです。まるで、湖の国の兵士を領土内へ招くかの如く」
「な、なにを……」
「これは一大事と思い、軍の最高責任者であるアンリ殿にご報告したのです」
だからアンリは急いで兵を集めて出兵したのか。
ナーサのやつ、なにを考えている。
これじゃまるで……。
「まさか、あいつ……」
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