第68回 変貌

 一年前と同じ光景が広がっていた。

 カローの拘置所の地下。

 その奥の牢に収監されている、私の家族。


「ユーナちゃん……」


「久しぶり、アオコ」


 ボサボサで伸び切った金色の髪。

 汚れた肌。

 異臭。


 まるで変わり果てた姿に、意識が飛びそうになる。


「やっぱり、見つかるよね。いいとこに隠れてたんだけど」


 彼女とその仲間たちが潜伏していたのは、カローの外れにある移民街。

 主に湖の国出身の人間たちが暮らしている地域だった。


「冗談だって言ってよ……」


「冗談? なにが?」


 小馬鹿にするような笑み。

 なのに瞳に宿るのは、すべてを燃やし尽くしても消えぬ憎悪の焔であった。


「なんで……なんでなの!!」


 信じられない。信じたくない。

 安っぽいが、夢であると願いたい。


「私が、カローの国民に薬を売っていた理由?」


「シーナはいない。もう死んだんだよ!!」


「知ってるよ。ふふふ、死んでくれたね、あいつ」


「コロロちゃんを殺した復讐なら、もう叶わない。まさか、ただの金儲けじゃないでしょ?」


「復讐か……。きっとアオコのことだから、もう知ってるんでしょ? 私がずっと、嘘の知らせをしていたことを。アオコやリューナがベキリアに来たときだけ、普通を演じていたの」


 聞いている。

 この一年、私とリューナは数度ベキリアへ赴いた。

 そのときは、確かに異変はなかった。

 総督の庇護の下、穏やかに暮らしていた。


 それが全部、演技だったとでも?


「シーナが死んでも、私の頭から離れなかった。あいつへの憎しみ、コロロの笑顔と、首が落ちた瞬間。目を閉じると瞼の裏に浮かび上がる。あの地獄が、何度も何度も何度も何度も!!!!」


「……」


「もっと大きな苦痛を味わえば忘れられると思って、ベキリアで体を売ったよ。これも知ってるでしょ? 誰だろうと何者だろうと、どんなことでもやったよ」


 ユーナが服を脱ぎ捨てた。

 かつてアレほど滑らかで清らかだった肉体が、もはや見る影もない。

 いくつもの火傷の跡、切り傷、痣。


「あはははは!!!! そのときだけは全部忘れられた。ベキリアには変態の女ばっかで参ったよ。だって、私はベキリアを征服したシーナの妹だもん。遠慮なんかしないよね? くくく、それにね? すごいよ、ベキリアには、女に欲情する男もーー」


「もういい!!」


「ハハハハハハハハハハ!!!! ぜんぶシーナのせいだ。シーナのせいで私の体も人生も、こんな風になっちゃった!!!!!! ハハハハハハハハ!!!!」


「こんなの、コロロちゃんは望んでない」


「そう、コロロが望んでいるのは復讐。だから、やることにしたんだよ。……私はシーナに人生を奪われた。だから、今度は私が奪ってやる!! シーナが大切にしているものをすべて!!」


 それは、カローの平和。

 薬で国民を腑抜けにして、都市機能を麻痺させるつもりか。


「リューナちゃんに、なんて言えば……」


「どうせ何とも思わないよ」


「そんなことない。私だって!!」


「泣いてすらないくせに」


「……」


「ははは、アオコも終わってるね」


 耐えきれない。

 これ以上ユーナと話していると、本当に私のすべてが終わってしまいそうになる。


「また、会いにくる」


 どうしてこんなことに。

 もっと私が、早く気づけていたら。

 移民街にいるって、推測できていれば……。


「移民街」


 湖の国からの移民者が集う地域。

 たしか、クレイピアがそこで暮らしている。

 彼女に会いに、ナーサはよく訪れていた。


 それを、ユーナが知らないわけがない。


 すべてを奪う。

 薬物中毒になったナーサ。

 クレイピア。


 脳内で目まぐるしく巡る。

 嫌な予感がする。


 そもそも、どうしてユーナはそこに身を潜めていたんだ。

 ユーナだけじゃない。今回逮捕されたのは五名。


 五人も隠れるなんて……予め協力者がいたのか?


「まさか」

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