第69回 クレイピア

 移民街に住んでいる者は二種類いる。

 ビジネスのためにカローに移り住んだ者。

 故郷から追い出された者。


 あいつはどっちなのだ。

 なんで気にしなかった。

 成人もしていない小娘が、一人で暮らしているなんてあまりにも不自然。


 いくら周りの同郷の人間が支えてくれるとはいえ、普通はありえない。


「ナーサはどこだ」


 執務室にはいない。

 勝手に帰りやがったか。


 家にもいない。

 ならあとは、あの女の家。


 移民街を駆け巡り、


「ナーサ!!」


 問答無用でドアを開ける。


「あら、アオコ様」


 小さな家のなかにいたのは、主であるクレイピアと、


「ほらナーサ、挨拶なさい」


「んえ?」


 薬を吸って己を失っている、全裸のナーサであった。

 ナーサは私の存在などまるで気にも止めず、クレイピアの素足を舐める。


「やん♡ くすぐったいわ」


「あー、あー」


「ふふふ、無様ね」


 よくもここまで。

 これじゃあもう、完全に正常には戻れない。


「ナーサ……」


「くくく、アオコ様。どうなされたのですか? ナーサはこんなにも、幸せそうなのに」


「黙れ!!」


 最初に薬の使用を目にしたとき、手足を切り落としてでも拘束すべきだった。

 皇帝の威光を守るため、後回しにしたせいで。


「クレイピア」


「はい?」


「ユーナと……繋がっていたな?」


「根拠は?」


「いいから答えろ!!」


 クレイピアから、不気味な笑みが消えた。


「だったらなに?」


「いつからだ」


「はじめから」


「お前は……何者だ?」


「シーナとお前が見落とした、カローの脅威」


「……」


「私は、ポルシウスの娘よ」


「ポルーー」


 脳の片隅に追いやられていた記憶が噴火する。

 ポルシウス。

 かつてシーナと戦った、湖の国の男。


 その娘? バカな、そんな存在聞いていない。


「私だけじゃない。移民街にいる者の大半が、父上の一派だった者たち。父上が亡命を成功した後、追って国を抜けるはずだった者たち。薬の密売には、彼らが存分に協力してくれたわ」


「そ、そんな……」


「私にはスキルはない。でもどう? 父上を殺したシーナの妹を利用し、シーナの娘すら……支配した!!」


 クレイピアがナーサを蹴り飛ばす。

 それでもナーサは悲鳴を上げることなく、正気を失っていた。


「なんと、なんと気持ちがいい!! 父上もさぞ喜んでいることでしょう」


「きさま……」


「カローをどうこうするつもりはないわ。私はただ、屈辱を晴らせればいい。ふふふ、あなたとリューナがナーサを追い込んでくれたおかげで、ずいぶんと容易くことが運んだわ」


 クレイピアが不気味に喉を鳴らして広角を釣り上げる。

 さながら、童話に登場する悪い魔女の如き相好。


「アオコ、あなたは本当に無能なのね。なーんにも気づかない、ぜーんぶ後回し。きっとなんとかなる、もしものときは自分が頑張ればいい。そんな甘い考えだから、すべて失うのよ。ふふふ、ふははははははははは!!!!」


「くっ」


 途端、ナーサが吐き出した。


「ナーサ!!」


「心配しなくていいわ、酒の飲み過ぎと同じ。それより、いいの?」


「?」


「拘置所の警備兵には私の同士たちがいる。ユーナには、まだまだ壊してもらわないと」


 まだ、なにかするつもりなのか。


「あいつには存分に暴れてもらうわ!! ハハハハ!! 愉快だわあ、あなた達の大事なものが滅びていく」


「もう黙ってろ!!」


 剣を抜き、クレイピアの首を跳ねる。

 躊躇いなど一切ない。こいつは死ぬべき女だ。


 かつて対峙したケイミスがクロロスルの亡霊であったように、この女もまた、ポルシウスの残滓。


 ポルシウス。

 死んでなお、私をこんなにもーー。


「うわああああああああ!!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 偶然パトロールしていた警備兵にナーサを任せた。

 あんな姿、まして薬物中毒である事実は死んでも隠し通して起きたかったが、もう構っていられない。


 今夜、私はどれだけ走り回ったのだろう。

 きっとツケが回ってきたのだ。

 シーナが亡くなり、腑抜けたように油断していたツケが。


「ユーナちゃん」


 クレイピアの言葉の通り、ユーナはすでに拘置所にはいなかった。

 ならば移民街に戻るのか? 考えにくい。

 どこだ。リューナに会いにいった?


 思い出せ、あの子の発言を。


 シーナのすべて奪う。


 ユーナとクレイピアが起こした騒動のせいで、二つのものが失われた。

 カローの安寧、ナーサの威光。

 まだなにかするとしたら、やはりリューナか?


 もしくはーー。


 一軒の豪邸の前にたどり着く。

 そこの門番に問いかける。


「誰か来た?」


「えぇ、ユーナ様がお戻りになられましたよ」


 平凡な表情で平凡な返答。

 まだ知らないのだ、ユーナがしていたことを。


 急いで家に入ると、


「遅かったね、アオコ」


 ユーナが、ルルルンさんを刺殺していた。


「また奪えたよ、シーナの大切なものが」

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