気ままなスローライフを目指してどんな手段を使っても成り上がり……たくはなかった。

第２０回 殺し合い

　さらに川を上って、ついに戦地に到着した。

　遅くなってしまったが、どうやらまだ始まったばかりらしい。

　互いの兵士が命を散らし合う。

　こちらの鎧に比べて、向こうはほとんど裸同然にも関わらず、決して臆してはいない。

　例えどうなろうと、必ず自分たちの国を守るという気迫と覚悟が、遠くからでも伝わってくる。

　魔獣はいないようだが……。

「最前線にシーナさんがいない。全軍突撃のパターンか」

　我らも加わるぞ。

　クロロスルの号令が響き、私たちも走りだした。

　このまま一直線に進むと、敵軍を側面から攻めることになる。

　横からの一撃が加われば、勝負はすぐに決するはずだ。

　だが、

「え！？」

　私たちを遮るように、突然、本当に突然、大勢の兵士や魔獣が現れた。

　ど、どうなっている。瞬間移動？　透明化？　わからない。怖い！！

「ア、アンリ」

「怯むな！！　とにかく殺して殺して殺しまくれ！！」

「くっ！！　えっと、名前……いいや、スロー！！」

　クロロスルごめん、あとで名前思い出すよ。

　私は時間を遅くして、目の前にいる敵に剣を向けた。

　殺る。殺ってやる。殺らなきゃ殺られるんだ、この世界は。

　この戦いは、はっきり言って独立戦争だ。カローの杜撰な政治の犠牲になったベキリア人たちが、状況を好転させようとしているだけ。

　こうなった原因はこちらにある。

　それはわかってる。

　でも、たくさん倒して、勝利して、シーナを執政官に返り咲かせなくちゃいけないんだ。

　そうじゃなきゃ、トキュウスさんが浮かばれない！！

「うわああああああ！！！！」

　無我夢中で、目の前にいた兵士に剣を突き刺した。

　心臓を貫いている。

　せめて苦しまないように時間を飛ばしてやろうと思ったけど、味方にも影響が出そうなので、そのまま剣を抜いた。

「はぁ……はぁ……ごめん」

　殺した。私は、人を。

　ライナ……。

　瞬間、巨大な怪鳥が日光を遮った。

「また、魔獣使い」

　アンリ曰く、あの鳥の背にスキル持ちがいるらしいが、どう倒せばいい。

　他の魔獣たちがクロロスル軍を苦しめる。

　いくらクロロスルの『決して朽ちぬ野望（インモルターリス）』があるとはいえ、あれは代償としてクロロスル自身が苦しんでしまう。

　乱用はできない。つまり、放っておくわけにはいかない。

　くそ、まだ人を殺した感触が残っているのに。

　死んだ敵兵から弓と矢を奪い、天に向ける。

　弓の訓練もしてきたので、矢はまっすぐ怪鳥に刺さった。

　けれど、まったく怯んでいない。

　異世界召喚の影響で、常人よりは多少筋力があるはずなのに、貫通すらしていない。

「なら！！　えっと、そうだ、『理想の世界へ（カエルム）！！』」

　時間を遅くして、がむしゃらに矢を放ちまくる。

　私から離れた矢の群れはカエルムの効果で、超低速で宙を滑空していく。

　まるで空中に固定しているように。

　そしてスキルが解除された瞬間、矢は一斉に怪鳥に突き刺さった。

　一度に大量の矢を食らってさすがの怪鳥も驚いたのか、失速し地面に落ちていく。

　鳥はどうにか体勢を立て直したものの、その背に乗っていた人間はバランスを崩して落下し、即死した。

　直後、魔獣たちはまるで我に帰ったように動きを止め、散り始める。

　死んだのは本当に魔獣使いだったようだ。

「二人目……」

　それからどれくらい戦っただろう。

　気づけば、敵は少しずつ撤退しはじめていた。

　辺りに死体が転がっている。

　追いかけたいが、みんな、疲弊していた。

「とりあえず、なんとかなった……」

　ふと振り返れば、クロロスルの兵士たちも死んでいた。

　私も、腕についた切り傷が癒えていない。

　まさかと思って振り返ると、クロロスルが消えていた。

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「連れ去られたな」

　夜、野営地のテントで、シーナは冷たく言い放った。

「連れ去られた？　クロロスルが？」

「敵には姿をくらますスキルの持ち主がいるのだろう。もしくは移動系のスキルか。なんであれ、敵の大将の一人を誰にもバレずに誘拐するのは容易いはずだ」

「そんな……」

　あのクロロスルが、敵の手に。

　きっと無事では済まないはず。嫌いなやつだけど、共に戦った仲なのに。

「クロロスル軍の副将は無事みたいだが、私が奴らの面倒を見るしかないな」

「ク、クロロスルはどうなるんですか？」

「まずは拷問して情報を吐かせるのだろう。私たちの軍のこと、カローのこと。様々な。そのあとはまぁ、人質か」

「も、もちろん助けますよね？　あのクロロスルですけど、仲間ですし、なによりコロロちゃんが悲しみます」

「機会があれば」

　クロロスルが死ねば、ユーナちゃんは取り返せる。

　そんなこと、考えていなければいいけど。

　クロロスル、私のスキルの名付け親。

　嫌いだけど、どうか死なないでほしい。

「しかしこうなっては、作戦を練り直さないとな」

「といいますと？」

「今回は勝てたが、想像以上に敵が強すぎる。……そうだな、これから長期にわたって、小さな小競り合いを繰り返すぞ」

「なんのためですか？」

「あちらの体力を奪う。補給路を断ち、兵糧攻めに移行していく」

「……向こうは、こちらの動きを把握しているみたいですけど」

「慎重に、戦うしかない」

　すでにヘトヘトなのに、いったいいつまで続くのだろう。

　これが、戦争か。

「そういえばシーナさん、質問があります」

「なんだ？」

「アンリのやつ、スキル使ってなかったんですけど、持ってないんですか？」

　その問いに、シーナは「ふふ」と笑うだけだった。

　まさかアンリはスキル無し？　本人に聞いてみるか。

「まあ、今日はゆっくり休め」

「はい」

「アオコ」

「はい？」

「よくやった」

　人を殺した光景が脳内を駆け巡る。

　剣についた血は洗い流せたけど、あの感触は、記憶は、綺麗さっぱり消えはしない。

　きっと私は、これからも誰かを殺すのだろう。

　自分が殺されないように。

　シーナを勝利に導かなくてはならないから。

　すべては、ライナの遺言を守るため。

「……はい」

　人を殺して褒められるなんてな。