第51回 クロロスル

 空へと戻っていく雨が、また降り始めた。

 いったい、なにが起こっているんだ。


「馬鹿の一つ覚えですか」


 さっきも聞いたぞ、その台詞。

 ケイミスが私の後ろへ瞬間移動する。

 首を掴もうと、手を伸ばしてくる。


 私は反射的に手を弾くと、


「なっ」


 そのまま顔面を殴りつけた。

 なんだ、これはいったい。


「死ね!!」


 まずい、ぼーっとしていてケイミスへの警戒を忘れていた。

 彼の瞳が私を睨む。

 心臓に痛みが走る。


 ユーストゥスを発動された!!


「くっ!!」


 しかしまたも痛みが消え、ケイミスの肉体が不自然にこちらへ引き寄せられた。

 私の腕も勝手に上がり、拳を握って、


「まさか……」


 もう一度殴ってやった。

 そうかわかった。戻っているんだ、時間が。

 新たなる力の覚醒。

 カエルムの第三の能力、時間の逆行。


 クロロスルと同じ、不死身の力!!

 なにより、時間が戻ったことを相手は気づいていない。


「じゃあもう、怖がることないじゃん」


 真正面から突っ込んでいく。


「おや、諦めたのですか」


 ケイミスがユーストゥスを発動するが、関係ない。

 時間を戻せるんだから。私はもう、死ぬことはない。


 ユーストゥスを使われては時間を逆行させ、オムニス・ネゴで攻撃していく。

 当然、回復される。

 同じことを繰り返す。


 それでもいい。

 何度も何度も繰り返しているうちに、見えてきた。

 インモルターリスの弱点。

 ダメージを受けてからスキルが発動されるまで、一秒の間が空くこと。

 スキルの弱点というよりは、ケイミスの認識力の遅さか?

 どうでもいい。これを利用する。


「ちっ、しつこいですね」


「うおおおお!!!!」


 刃が胸に触れると同時、


「オムニス・ネゴ!!」


 時間を飛ばした。

 ケイミスが、胸から血を流しながら倒れている。


 絶命、している。


 成功した。

 スキルを発動し、回復する時間を消し去れた。

 突き刺すという起点と、死ぬという結果だけを残し、回復させる時間を与えなかったのだ。


 言わば、問答無用の即死。

 おそらく死んだことすら、気づいていない。

 ケイミスも、彼の肉体も。


 念の為、頭部を切り離す。


「終わった」


 クロロスルの残滓が。

 彼の野心が。

 これで、今度こそ、本当に。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よくやった、アオコ」


 病院のベッドで休んでいた私に、シーナがそう告げた。

 あいにく、報告にいく体力が残っていなかったので、こうしてわざわざ来てもらったのだ。


「約束、守ってくださいね」


「死刑の廃止か。元老院に掛け合ってみるよ」


 そんなもの通さなくても、法を即適用できるくせに。


「少し休め、疲れただろう」


「えぇ、まあ、かなり」


「詳しいことは、後で聞く」


 何回もスキルを連発したから、本当に疲れた。

 時間を逆行できるようになったことは、まだシーナに教えていない。


 もしかしたら勘づいてるかもしれないけどね。

 十中八九、シーナは影響を受けていないから。


 彼女が去ったあと、近くにあったコップを地面に落として割ってみる。

 念じてみれば、コップの欠片は一つに戻り、上昇して、私の手に乗っかった。


 新しい力。

 過去に戻れる力。

 いまは、体感的に数秒しか戻せないけど、何回か発動するうちに能力が向上するのだろうか。

 例えば数分戻せたり。

 数時間、数ヶ月、数年。

 もしそうなら、私はまた、ライナに会えるのだろうか。


「ライナ……」


 とにかく、これで倒すことができた、クロロスルの怨念を。


「クロロスルさんなら、なんて名付けるだろう」


 色褪せない想いプリームス・アモル

 私は第三の力を、そう呼ぶことにした。

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