第52回 品行方正

「ん……」


 若干の筋肉痛を覚えながら目を覚ます。

 どうやら夕方まで病室のベッドで眠っていたらしい。

 肩が痛い。私も今年で二七歳。もう若くないんだな。


 早く家に帰って、ベキリアへ引っ越す準備をしないと。

 総督の引き継ぎもあるし、やることが多い。


「しんどいな、大人って」


 家に帰ると、ノレミュが机に肘をついて泣いていた。


「え」


「アオコさん、ようやく帰ってきたのですね」


「なに? どうしたの? ユーナたちは?」


「コロロちゃんが、警備兵に連行されたのです」


「……は?」


「ユーナちゃんはそれを追いかけて、リューナちゃんも……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 議事堂の近くにある拘置所へ急ぐ。

 コロロが捕まった? なんで? ケイミスは殺したはずだ。

 

 拘置所に到着し、刑務官にコロロの居場所を尋ねる。

 それから地下へと走ると、


「コロロ!!」


 牢に入ったコロロと、その前で泣き縋るユーナがいた。

 ユーナが牢に触れないよう、警備兵が冷たく突っぱねている。


「ユーナ、コロロ!!」


 コロロはおどおどと汗をかいていて、視線が泳いでいた。

 なぜこんな状況になっているのか、まったく理解できていないのだ。


「わ、私、なにかシーナを怒らせたのだろうか」


「そんなわけ……」


 ユーナが私の服を引っ張る。


「なんで!? なんでコロロが捕まるの!? ベキリアに行くんじゃないの!?」


 そんなの、私が知りたい。

 答えを求めるように、警備兵を睨む。

 気まずそうに目線を逸した当たり、彼らも知らないのかもしれない。


「シーナはどこ」


「おそらく、まだ拘置所のどこかに。……手続きがありますので」


「手続き?」


「だから、その……」


 まさかあいつ!!


 地下を出て、シーナを探す。

 あいつ、まさかあいつ、コロロを処刑するつもりじゃないだろうな。

 やつがいるとすれば、三階の執務室。


 息を切らして向かってみれば、


「姉上様!! コロロを解放してください!!」


 リューナが先に執務室にいた。

 可愛い妹が懇願しているというのに、シーナは無視して正装へ着替えていた。

 赤いマントが彼女の背を隠す。

 かつてベキリア人とガラム人の恐怖の象徴となった、赤い赤い、禍々しいマントだ。


「シーナ!!」


「やはり、アオコも来たか」


「どういうつもりですか。ケイミスは殺した、私が殺したんです!! 反乱者たちも処刑され、危険人物も死んだばかり、コロロが捕まる通りはない。なにも恐れるものはないはずだ!!」


「コロロは処刑する。これは決定事項だ」


 処刑。その凄愴な単語に、リューナは気を失った。

 こいつ、本気か? 無意識に剣を抜いてしまう。


「納得できる理由を答えてください」


「ケイミスが起こした今回の虐殺で、もはや擁護は不可能となった。コロロの存在は、カローに災いをもたらす」


「意味がわからない」


「クロロスルは、嫌われてこそいたが影響力は絶大で、名も知れていた。その娘ともなれば、反乱の象徴として担ぎ上げられてしまうだろう。この前のようにな。そしてあの子のもつ凶悪なスキル、今後、また利用されるかもしれない。ケイミスのようなスキルに」


「どれもこれも、コロロのせいじゃない!! 反乱だって、ケイミスの口車に載せられただけだ!! あなただって認めてたでしょう?」


「不運だな。残念だがコロロは……生きていてはならないのだ」


「っ!?」


 咄嗟にオムニス・ネゴを発動し、背後へ瞬間移動する。

 一瞬の間に脳内で巡っていく。

 ライナの願い、シーナの決意、私の覚悟。


 姉上様をお願いします。


 私の生きる理由であり、私を縛り付けている言葉。

 けど、けど、もういい、殺す!!


 怒りのままに振るった剣は、シーナの剣に防がれた。


「なっ」


「時間飛ばしは私でも認識できない。だがな、お前の行動など手にとるようにわかる」


「くっ、コロロが生きてはいけないだと!? それが家族に対する言葉か!! そうだもんな、お前は!! 父親だって平気で殺せる悪魔だ!!」


 シーナの目が血走った。


「二回も許したんだぞ!? 二回だ!! 私は二回もカローの脅威を許したのだ。これ以上譲歩できるか!! お前も見ただろう、コロロのスキルをコピーしたケイミスが、罪もない市民を殺した様を!! またあの悲劇を繰り返す気か!!」


 なんだよその言い方。

 まるで最初から殺したかったかのような。


「じゃあどこかに幽閉するなり、常に警備兵で囲むなり、方法があるはずだ!!」


「生きている以上、安心はできない。コロロは生かしてはおけない」


「クズがっ!! 死刑を廃止するって約束したのに!!」


「まだ正式に廃止になったわけじゃないからな」


 もう一度時間を飛ばし、瞬間移動を試したが、


「無駄だ」


 シーナに首を掴まれた。

 最悪だ。こいつに触れられている間は、スキルが発動できない。

 でも殺す。絶対に殺してやる。ライナごめん。こいつだけは殺さなきゃダメだ!!


「あんたはビビっているだけだ!! 自分の立場が脅かされるのを恐れているだけだ!!」


「所詮はただの小娘だな、お前は、いつまで経っても!!」


「こんなの……ライナは……」


「ライナが望んだ平和のためだ」


「ライナの名前を利用するな!! ライナはこんなの、絶対に認めない!!」


「あの子の名前を利用しているのはどっちだ。たかが少し一緒にいただけの女が」


 お前がそれを言うのか。

 私はライナのために嫌々お前に従っていたのに。


「……おい」


 警備兵たちが集まってくる。

 私はスキルを封じられたまま、両手まで縛られた。


「いくら時間が操れようと、動きを封じられては意味がない」


 シーナは知らない。私が時間を戻せることを。

 だが、無理だ。シーナに触れられている。仮に離れても、十中八九シーナは影響を受けず、私をひれ伏せさせるだろう。


 ふざけるな、好きにさせるか、こんなやつに!!


「時間だ。せめて皇帝として、家族として、見届けてやらねばならない」


「時間?」


「今日中にコロロを処刑する」

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