第53回 コロロ

 縛られたコロロが処刑場へと連行される。

 彼女の後ろには威風堂々と馬に乗ったシーナがいて、私はこいつに刃を向けた罪でその馬に引きずられる形で縛られていた。


 大勢の警備兵たちが私たちを囲む。

 人の壁の外で、ユーナはずっと叫んでいた。


 道行く人々が哀れみの眼差しを見せる。

 みんな知っているのだ。コロロがどんな女の子か。

 実直で、明るく、いつも誰かのために頑張っている太陽のような子。


 何度も空回りするけれど、みんなを笑顔にしてきた。


 なのに、なんで。


 やがて、コロロだけが処刑場へ入った。

 処刑人のアンリの目が見開く。


「え」


 知らなかったのだろう。これから殺すのが、コロロであることを。

 シーナが冷酷にコロロの行く末を見つめる。

 私は、自分の無力さに腹が立って、血が出るほどに唇を噛み締めていた。


 動きを制限されている以上、時間を遅くしても、飛ばしても、なにもできない。

 いまさら数秒程度時間を戻したって、意味がない。

 どうして、どうしてコロロが殺されなくちゃいけないんだ。


 クロロスルの娘として生まれた。最強のスキルを持ってしまった。

 たったそれだけで、その程度で死ななくてはいけないのか。

 生きていることが罪なのか。


 ユーナが処刑場を覆う柵から手をのばす。


「コロロ!! コロロ!!!!」


 当のコロロは、不思議と落ち着いていた。

 スッと空を見上げ、ユーナへ笑顔を送る。


「ようやくわかったぞ、きっとパパ上様が寂しがっているのだ。だから私に来てほしくて、シーナに頼んだのだな!! 先に会ってくるぞ!!」


 あぁ違う。

 本心じゃない。

 不条理な現実を前に、納得できる理由を見つけて自分を誤魔化しているだけだ。


「パパ上様とたくさん話すのだ。ユーナと巡り合わせてくれてありがとうと。私の大好きな婚約者だって」


「コロロ……」


「ユーナ、愛しているぞ。ちょっと寂しくなると思うが、大丈夫だ!!」


「こんなの、なにが大丈夫なのよ!!」


「うーん、わからん!! なはは!!」


 断頭台に押し付けられる。

 剣を握るアンリの手が震える。

 彼女にしたって、コロロの処刑に動揺しているのだ。


 決して知らぬ仲じゃない。

 お喋りもした、私の家に招かれ食卓を囲んだこともある。


「あ……う……」


 アンリの手から剣が落ちる。

 これまで処罰してきた人間とは違う。

 もし殺したら、殺せてしまったら、アンリは本当にシーナと同じになってしまう。


 見かねたシーナが処刑の補佐役に指示を出し、アンリと交代させる。


 補佐役が剣を振り上げた。


 先程まで平然としていたコロロが、ガタガタと震えだす。


「はっ、はっ」


 目を背けたって、死が迫っていることを本能が理解しているのだ。

 真っ青な顔で、涙を浮かべて、汗をかいて。


「パパ上様……」


 補佐役の表情も曇る。

 彼だってやりたくはないのだろう。

 こんなの正義じゃない。悪に対する粛清でもない。


 カロー中を探したって、コロロの死を望んでいるのは一人だけだ。


「い、いやだ……パパ上様……やっぱりまだ、やだ……」


 ぽたぽたと涙をこぼす。


「死にたくない……」


 もっとユーナと一緒にいたい。

 もっと家族とご飯を食べたい。

 もっと勉強して、もっと立派になって、もっと、もっと、生きていたい。


「いやだああああああ!!!!」


 普段は人の死に際に興奮するようなギャラリーたちも、ただ静かに、悲壮に満ちた空気に飲まれながら見守っていた。


 どうにかしないと。

 助けないと。

 どうすればいい。どうすればコロロを救える。


 いやだ、これ以上誰かを失うのは嫌だ!!


 そうだ、時間を飛ばそう。

 コロロが殺される時間を飛ばして、守るんだ。何度も、何度でも!!


 それならば。そう活路を見出した瞬間、


「アオコをこちらへ」


 警備兵に指示を出し、私を無理やり近寄らせる。

 まさか、こいつ。


「やめろ!! そいつに近づけるな!!」


 死を告げる死神の如く、シーナの氷のように冷たい手が私の頭に触れた。

 ダメだ、これじゃあスキルが発動できない。


「キサマアアアア!!!!」


「じっとしていろ」


「離せ!! 離せえええ!!!!」


 強引に動こうとしても、警備兵に強く押さえつけられて動けない。

 やめろ、やめろやめろやめろ!!



 か細い声で、コロロが言葉を発する。


「ユ、ユーナ」


「コロロ?」


「私、悪いことしたのかな? いけないことをしたから、死ぬのかな」


 そんなわけない。

 みんなわかってる。

 シーナだってそうだ。


 私たちの心を代弁するように、ユーナが精一杯の優しい笑みで答えた。


「コロロは何も悪くないよ。だってコロロは、品行方正、最強のカロー人なんだから」


 誰よりも正しく、誰よりも優しく、誰よりも、誰よりも……。

 生涯を誓いあった最愛の人の言葉に、コロロの不安が払拭される。

 自分は、ちゃんと品行方正だったのだと、確信する。


 そして、何度も目にしてきた輝かしい笑顔で、告げた。


「ユーナがそう言うなら、間違いないな!! なはは!!」


 振り下ろされた剣が、コロロの首を切り落とした。


 ユーナの絶叫が天にこだまする。


 落ちた頭部が転がる。

 砂にまみれ、汚れていく。


「そんな……」


 どうにもできなかった。

 トキュウスさんの時と同じだ。

 最強のスキルを持っているのに、それ以上の最凶を前に、私はまた、なにもできなかった。


 また一人、大好きな人が。


 処刑を見届けたシーナが、議事堂へ向きを変えた。

 そのとき、


「姉さまああ!!」


 涙でぐちゃぐちゃになった、悪霊が如き相好のユーナが、シーナへと突っ込んでいく。

 当然、シーナに触れることは叶わず取り押さえられてしまう。


「なんで、なんで、コロロを!!」


「……」


「許さない、お前なんかもう姉じゃない!! 絶対に殺してやる!!」


「……」


 シーナの指示でコロロと婚約し、シーナの指示で、コロロが殺される。

 ユーナはずっと、シーナの手のひらの上で転がされていたのだ。

 そんなのあまりにも理不尽で、度し難い。


「これがあなたのしたことの結果ですよ、シーナ」


「黙れ」


「本当に生きちゃいけないのは、あなたの方だ」


「黙れ!!」


「忘れるな、私は必ず、お前を殺す」


「……ふん」


 二人共々、牢へ。

 シーナは頭痛で額を抑えながら、そう下知した。

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