第54回 永遠の栄光

 ユーナは別として、私はシーナの手によって直々に牢へ入れられた。

 離せば即スキルを発動すると察しているのだ。


「私を殺さないんですか」


「お前は……ライナの形見だ」


 腕を縛る縄を解かれ、牢の扉と鍵を閉められる。

 この中に閉じ込めておけばなにもできまい。そう安心したシーナが拘置所から去ったあと、私は時間を戻した。

 

 時間が逆行したことにより、閉じられていた鍵が外れて、牢が開く。


 シーナは感づいただろうか。

 どうでもいい。これで私は自由だ。


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 カエルムで時間を遅くして、適当な警備兵から剣を盗む。

 やつは議事堂にいるはずだ。


 執務室に入ると、ちょうどシーナがマントを脱いでいたところだった。


 牢にいるはずの私を目にしても、シーナは驚かない。

 ランプの火が、夜風で揺れる。

 今宵の空は美しい。月が煌めき、星が瞬いている。


 私がこの世界に来た日の夜と同じだ。


「やはり抜け出したか。薄々気づいていた。新しい力を手に入れたんだろう?」


「ずいぶん余裕ですね」


 シーナはゆっくりと椅子に座り、ため息を漏らした。

 彼女の剣は机の側に立てられている。取るには、一度立ち上がって手を伸ばさなければならないだろう。


「今日は……疲れた……」


 殺される覚悟ができているのか?

 らしくないな。

 とにかく、私は構えた。


「やめておけ」


「命乞いですか」


「意味がない……くっ」


 シーナが咳き込んだ。

 ただの咳じゃない。

 血だ。彼女の手が血で染められていた。


「シーナ……」


「ふふ、この有様だ」


 思い出す、近頃のシーナを。

 皇帝になってからの異変。

 幾度か目眩を起こし、頭痛に苦しむことも少なくなかった。


 まさかこいつ。


「病気ですか」


「医者の見立てでは、長くてもあと半年だそうだ」


「……」


 言葉を失ってしまった。

 半年以内に、シーナが死ぬ?

 なんだ、なんだこの全身を駆け巡る熱は。

 悲しみとも、喜びとも言い難い不思議な感情は。


「どのみち私は死ぬ。お前がここで殺しても、皇帝を殺した罪だけが残るだけだ」


「……関係ない」


「なら、命乞いをするしかないな。私にはまだ、やるべきことがある」


「まだ? これ以上なにをするんですか」


「私の死後、カローの次の皇帝は娘ナーサに継がせる。ナーサの次は、その子供。何世代にも何世代にも、世襲制でカローを支配する。そうすれば、何十年何百年先にも残り続ける。はじまりの皇帝である私の『威光』が」


 もう民主政には戻らないのか。


「そのために、上手く引き継げるようにしておかなくてはならないのだ。といっても、細かな仕事だが……ぐっ」


 また、シーナが血を吐いた。


「ナーサの時代に、残しはしない。あらゆる不安要素、脅威、すべてを排除する。たとえ地獄に落ちようともな」


「コロロは脅威なんかじゃなかった!!」


「何度も言わせるな。私は……永遠の栄光のためにやっているのだ」


 シーナの威光の下に、人々は平穏に暮らすだろう。

 それがシーナの最後の願いというわけか。

 こいつの言うことも一理ある。


 絶対的な指導者を失えば、また戻ってしまうかもしれない。

 あの凄惨な時代に。


 だからって、コロロを殺したことは断じて許されない。

 許してたまるか。


 こいつは悪魔だ。


「頼む、アオコ」


「…………」


「本当に、すまなかった」


「…………」


 私は、剣を鞘に納めると、シーナの頬を殴った。

 椅子から転げ落ちるシーナに跨り、何度も何度も、何度も何度も何度も殴り続けた。


 憎い。こいつが憎い。

 散々私を利用して、私の周りの人を奪って。

 一時でも、こいつを尊敬していた自分が恥ずかしい。


 大嫌いだ!!


「くっ……」


 手にジンジンとした痛みを感じ始めたころ、私は拳を引っ込めて、立ち上がる。

 顔が腫れ、鼻から血を出しても尚、シーナは抵抗の意思を見せない。


「私はもう好きに生きる。あなたの部下でもなんでもない」


「それでいい」


「今度こそ死刑は廃止してもらう」


「……わかった」


「なにかあれば、時を待たずして私が天命を終わらせる」


「……アオコ」


「……なに」


「世話になったな」


「私はお前が、ずっとずっと大嫌いだった」


 背を向けて、ドアノブを握る。

 私はライナのために生きてきた。

 いまでもライナを愛している。


 だけどもう限界だ。


「ユーナちゃんも解放する」


「そうだな。このままじゃ、あの子は自害しかねない」


「シーナ」


「なんだ」


「仕事を済ませて、早く死ね」


「……そう焦るな」


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 明朝、私は鍵を盗んでユーナを牢から出した。

 涙も枯れ果てた、しおれた顔。

 赤く腫れた瞳。


 愛らしかった頃とは別人の、幽鬼に等しい姿だった。


「ユーナちゃん」


「近寄らないで」


「……」


「助けてもらってなんだけど、アオコのこと、信用してない」


「私は……」


「あいつの犬だったでしょ」


 反論はできない。

 私がシーナの忠犬だったのは事実だ。

 コロロの死は、私が招いたようなものなのだ。


「これから、どうするの」


「ベキリアに行く。コロロと暮らすはずだった場所。……ここにいると、あいつが憎くて憎くて、気がおかしくなりそう」


 シーナをあいつ呼ばわりか。

 無理もない。


「私もついて行くよ。総督にはならないけど、せめて」


「やめて。アオコとも一緒にいたくない」


「……じゃあ、私の代わりに総督になるやつと一緒に行って。一人じゃ危なすぎる」


「わかった。リューナに伝えといて。いつかまた会えるって」


「うん」


「アオコ」


「ん?」


「ごめん、言い過ぎた」


「大丈夫」


 その日のうちに、ユーナはカローの街から去っていった。

 また一人、シーナの家族がいなくなる。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※あとがき


すみません。さすがに展開がしんどすぎるので、一週間ほど更新をおやすみします。

自分で書いていて自分で病んじゃいました。


また投稿しはじめましたら、よろしくおねがいします。


ちなみに、あと三分の一です。

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