第55回 戻りつつある時間
もしライナが生きていたら、なんて言うんだろう。
私のこと、シーナのこと、カローのこと、家族のこと。
ライナは優しいから、ぜんぶ許しちゃうのかな。
ライナ。
ライナ。
ライナ。
「アオコさん」
「え」
ハッと我に返る。
庭に突っ立っていた私に、リューナが寄り添ってくる。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん」
視線を落とす。
かつて活き活きとしていた植物たちが植えられていた畑には、もうなにもない。
ぜんぶ捨ててしまった。
「もう、なにも植えないんですか?」
「うん。とうぶんは」
私はシーナと縁を切った。
私の指針だったライナの遺言に逆らったのだ。
一回、なにもかもリセットしたい。
生き方を。人生を。
「ユーナから、手紙が届いたんです」
「そうなの? なんて?」
「私は元気だよ。って」
「そっか」
コロロが亡くなってから一ヶ月が経った。
最初は塞ぎ込んでいたリューナも徐々に回復して、多少なら会話も可能になっていた。
自意識過剰かもしれないが、私がずっと側にいたからかもしれない。
いま、この家には門番以外に私とリューナしかいない。
お手伝いさんすらいない。
ノレミュは、アンリのところにいる。
十中八九、本人がそれを望んでいたから。
「今日から、ナーサの家庭教師と勉強会を再開しようと思っています」
「大丈夫? 勉強会くらいは休んでも……」
リューナはいま、天文学の研究に勤しんでいる。
週に何度か、同じ天文学者たちと集まって知識を共有し合うそうだ。
「いえ、私がいないと進みませんから」
それが事実なのだから、リューナは本当に優秀なのだった。
「今日、姉上様は家にいますかね」
「いないよ」
「……」
言葉にしないが伝わる。
リューナは安堵している。
シーナと顔を合わせなくていいことを。
コロロの処刑のせいである。
リューナですら、シーナに対し思うところがあるのだ。
「アオコさん」
リューナが私の腕を抱く。
求めように、上目使いになる。
「ごめんね、まだ……」
ライナを裏切っても、私の胸にはまだ、あの子がいた。
「私こそ、しつこくてごめんなさい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リューナと共にシーナの家に行く。
この時間あいつはいない。だから行くのだ。
「やってる」
案の定、庭先でナーサちゃんがアンリに剣術を教わっていた。
コロロの死刑を最後に、死刑制を廃止したからだ。
それを機に、精神的に摩耗していたアンリはシーナから休息をもらい、ナーサの剣の師として過ごしているのだ。
「やあ!!」
「脇が甘い」
アンリの木剣がナーサの木剣を弾く。
その様子を、二人の女性が見守っていた。
ノレミュと、ナーサの彼女だ。
褐色の肌をした口数の少ない女の子で、
「ナーサ、がんばって」
「うん♡ よーし!! まだまだお願いします!!」
ナーサはメロメロになっているようだ。
褐色の肌、か。湖の国のキリアイリラさんを思い出す。
趣味が親に似たのか。
「まだまだ甘い」
「くっ……」
反抗期だったナーサだけど、どうやら『学ぶ』ことには積極的らしい。
アンリやリューナには素直だしね。
「あ、リューナ姉さん」
「今日から勉強再開する予定だったんだけど……」
「え!?」
ナーサがチラチラと彼女を見やる。
あ〜、こりゃこのあとデートの予定だったな。
「あ、明日にしよっか。ナーサ」
「ごめんなさい、リューナ姉さん」
それを横目に、ノレミュが私に会釈をしてきた。
「こんにちわ、アオコさん」
「うん。……アンリも、こんにちわ」
照れくさそうなアンリと目が合う。
やはり、ノレミュをアンリの使用人にしたのは正解だったかな。
心なしか、表情が豊かになったと思う。
「どうノレミュ? 生活の方は」
「ふふ、アンリさんって、普段はあんなに強気で嫌味ったらしいのにーー」
「おいノレミュ!! なにを言おうとしている!!」
「別に、ですわ」
「くっ、聞くなアオコ。帰れ!!」
まさかこの二人が、ねえ。
幸せそうでなによりだよ。
「それよりアオコ、私はもうじき職務に復帰する」
「……」
「カローの警備隊隊長の座が空いているからな。そこに就くことになっている。お前はどうするんだ。護衛隊長には戻らないのか」
「話したでしょアンリ。私はもう、シーナの部下じゃない」
そのうち新しい仕事をはじめるさ。
シーナを監視できる、この街で。
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