第29話 湖の国について
先の不安を抱えたまま、私たちはベキリアを後にした。
次の街までだいぶ距離があるので、シーナ軍一行は今夜は野宿である。
私はアンリと同じテントなのだが、今日からはノレミュも加わる。
たいして広くもないテントに三人。ぎゅうぎゅう詰で正直しんどい。
「そのポルシウスというお方は湖の国出身なのでしたわよね? どんな国なんですの?」
ノレミュに問われたが、私は返答に困ってきまった。
実は私もよく知らないのだ。
私の代わりに、アンリが口を開く。
「ふん、湖の国も知らんとは、ベキリア人はよっぽど田舎者なんだな」
「なんですって!! 聞き捨てなりませんわね!!」
「それか、単にお前が勉強不足の箱入り娘だったか」
「口を開けばすぐ人を小馬鹿にして。これだからカロー人は野蛮で嫌なんですのよ。アオコさんは、異国の方なのでまだ許せますけど」
正確には異世界だけどね。
ホント、この二人は何かあるとすぐ衝突する。アンリは口が悪いし、ノレミュも熱くなりやすいタイプだから、避けようがないけど。
「アオコさんも何とか言ってくださいな!!」
「アーちゃん、人が嫌がることをワザと言うのは子供っぽいよ」
「アーちゃん?」
あ、やべ。
アンリが剣を持って私を睨んだ。
「キサマ、次アーちゃんと呼んだら殺すと言ったよな!!」
「ごめんごめん、つい」
ノレミュがニヤニヤと頬を緩ませる。
「ぷぷー、可愛いじゃないですの。アーちゃん」
「殺す!!」
「返り討ちにしてやりますわ!!」
ノレミュじゃ手も足も出ないだろうに。
狭いんだから暴れないでよと注意すると、二人は素直に聞き入れてくれた。
それから話は戻って、
「田舎者に教えておいてやる。湖の国はカローよりも遥か昔から存在する大国だ。長い大河と湖の恩恵を受け、文明を発展させてきた」
「川……。農作物には大切ですものね」
「その川を利用して農業はもちろん、船で他国に食糧を輸出もしている。とうぜん、逆に貴重な物も入ってくるわけだ」
カローは人口が増えすぎたため、最近はもっぱら湖の国からの食糧の輸入に頼っている。というのは、耳にしたことがある。
「なるほど、つまり我々はこれから、大国の後ろ盾があるポルシウスと交戦するかもしれないのですわね」
「それだけじゃない。おそらく、シーナ様と対立する元老院たちも兵を出し、味方するだろう。おまけに、彼らと繋がりのある他国もな」
「強大すぎるじゃありませんの!!」
「安心材料があるとすれば、元老院が抱えている兵士だな。長年貧しい環境で肉体も衰え、戦闘経験などまるでない。まさに烏合の衆」
「それでも、数はある」
「まあな」
逆に捉えれば、勝利すればシーナに歯向かうすべての勢力が一掃される。
ポルシウスも、うざったい元老院の反シーナ派の連中も。
まさに運命の戦。
勝った方が超大国カローを支配するのだ。
「大丈夫なんですの? アオコさん」
「うん、きっと大丈夫。だってシーナさん言っていたもん。私たちの軍がこの世で一番強いって」
ベキリア戦で失った兵もいるが、そのぶんベキリア人の兵士たちが加わっている。
それでも数は下回っているだろうが、きっと勝てるはずだ。
だってこれまで、シーナの予想が外れたことはないから。
ふと、アンリが上半身を起こして見つめてきた。
「え、なに?」
「お前、少し変わったな」
「?」
「大人に……いや、やはりシーナ様の側にいることに慣れてきたせいかもな」
そりゃ慣れもする。
自分でも、己の変化を感じる。
ライナが死んで、トキュウスさんが死んで、嫌いだったクロロスルも死んで、人を殺した。
だからだろう。さすがの私も、この世界に慣れてきた。
次もまた、誰か死ぬ。私かもしれない。
考えていたって、しょうがない。
「さ、寝よう」
あと数日で国境を越える。
一歩でも踏み込んだら、シーナは犯罪者扱いだろう。
大丈夫。守ってみせるよ、ライナ。
それがライナの願いだもんね。
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