第28回 一方そのころ、リューナたちとポルシウス

 シーナ姉上様がベキリアを治めたという知らせが届きました。


 約三年に及ぶ戦いが、ようやく終わったのです。

 勝ったことが嬉しいのはありますが、それ以上に、アオコさん共々無事だったのがとても嬉しいです。


「ナーサ、姉上様がもうすぐ帰ってくるわ」


 机の上でお絵描きをしている、五歳のナーサに語ります。

 彼女は上手く理解できていないようで、首を傾げていました。

 そうですよね。物心ついてから、ナーサは一度もシーナ姉上様に会えていないのですから。


 教育係として、また親戚として、姉上様はどんなに素晴らしい母親なのか毎晩語り聞かせているのですが、これだけではただの空想上の偉人でしかないのです。


「リューナ〜、お洗濯終わったよー」


 一汗かいたユーナがやってきました。


「ありがとう、ユーナ」


 三年前、当主であるクロロスルさんが戦死して、彼の土地の大半が没収されました。

 残った僅かな財産も親類に奪われて、クロロスル本家は没落し、ユーナが家に帰ってきたのです。


 ならコロロは? その答えは。


「たっだいまーーーー!!!! なはは、たくさん買ってきたぞーーっ!!」


 彼女も一緒に暮らすことになったのでした。


「おかえり、コロロ」


 シーナ姉上様の妻、ルルルンさんの計らいで、コロロは奴隷にまで堕ちずに済みました。

 そして、これまではユーナがコロロに嫁いでいたのを、逆にコロロがユーナに嫁ぐ形にして、共住を許可したのです。


「ちょっとコロロ!! お魚ばっかりじゃない!!」


「ふっふっふ、案ずるなユーナ。私はお魚が大好きだから、腐る前に食べ切れるのだ!!」


「お野菜は? 買ってなくない?」


「……あぁ〜」


「まったくもう!!」


 一六歳になっても、コロロは相変わらずです。

 反対にユーナは年相応に落ち着いてきたと思います。

 本も読むようになり、しっかりしてきたように感じます。


「あ、ナーサお絵描きしてたんだ。お勉強は?」


「終わった!! だからユーナお姉ちゃんを描いてる!!」


「わー!! 嬉しいー!! じゃあ私はナーサを描いちゃおっと」


「えへへ、ユーナお姉ちゃんとお絵描き、好き」


「ふふふ、可愛い姪っ子ねー」


 あとは、シーナ姉上様とアオコさんが帰ってくるだけ。

 ライナお姉様も、お父様もいないけれど、少しは、かつての日常に戻れるはず。


 そう期待した矢先、


「リューナさま、お客様が……」


 使用人さんに案内され、玄関へ行くと、


「どうも、お嬢様方」


 褐色の肌をした、いやらしい笑みの男が立っていました。

 たしか彼の名は、ポルシウス。

 姉上様を戦場に追いやった元凶。


 緩んでいた体が一気に硬直しました。

 なにをしに、ここへ?


「いやいや、そう緊張しないで」


「なんの用でしょう」


「とある提案をね」


「提案?」


「シーナ殿はカローには帰ってきません」


「は?」


「そこで、よかったら皆さんがベキリアに移住するお手伝いをしようかと、思いましてね。その方が、シーナ殿も寂しくないでしょう」


 柔らかな物腰ですが、その胸中にある悍ましい野心が私の背筋を冷やします。

 ですが臆してはなりません。姉上様に、みんなを託されているのですから。


「帰ってこないんじゃなくて、帰ってほしくない、の間違いですよね」


「……どういう意味でしょう?」


「姉上様が勝利して、国民はみな姉上様の凱旋を心待ちにしています。このままでは執政官の座から引き摺り下ろされる。ですよね」


 ポルシウスから笑みが消えました。


「姉上様をベキリアに閉じ込めておきたい。だから私たちをベキリアに送って、姉上様が帰る理由を消したい。と言ったところですか?」


「……さすが、シーナ殿の妹ですね。一応、あなた達にも利がある話なんですよ。もしカローから立ち去ってくれたら、相応の報酬を支払いましょう。いや、ベキリアを含めた周辺の領土すべてを差し出しても良い」


「あなたからは何も受け取りません」


 嫌な空気を感じ取ったのか、ユーナやコロロ、ナーサまでも集まってきました。


「これはこれは、戦場で無様に犬死にしたクロロスルの娘さん」


 こいつ……。

 ポルシウスの挑発に、コロロは顔を赤くしました。


「パパ上様をバカにするな!! パパ上様は、勇敢に、勇敢に戦ったんだ。アオコの手紙にそう書いてあった。だから、だから……」


 ポロポロと、悔しさの雫が溢れます。

 ようやくクロロスルさんの死から立ち直ったというのに、この男は……。

 コロロを庇うよう、ユーナが前に出ました。


「帰って。あんたなんか、姉さまが帰ってきたらすぐに国外追放なんだから!!」


「ふん、シーナ殿をよほど信頼しているようだ。あなた方の父上、トキュウス殿を殺した犯人のくせに」


「はあ?」


 この期に及んで出鱈目を。

 父上様や姉上様までバカにする気ですか。


「まあ、確たる証拠はありませんがね。私が、どうしてあなた方を人質にして彼女を脅さないかわかりますか? そうした方が、本来は効率的なのに」


「なに言ってんの?」


「無意味だからですよ。……あの女は、いざとなれば平気で家族を殺す。そういう女だからです。だからこうしてワザワザ頭を下げている」


「これ以上姉さまをバカにするな!! 姉さまに怯えてビクビクしている弱虫のくせに!!」


 いいですねユーナ、もっと言ってください。

 ユーナからの罵詈雑言を、ポルシウスは冷めた眼差しで聞き流しています。

 あんな態度をとっていますが、本当は効いているはずです。


「お前の目的はなんだ!! どうしてカローに来た。政治がしたいなら、自分の国でやればいいじゃん!! このバカ!!」


「……」


 と、ふいにポルシウスが指を鳴らしました。


ひれ伏せインテルフィキオ


 その瞬間、


「ぐっ!」


 ユーナが己の手で自分の首を締め出したのです!!

 普通じゃない。きっとこれは、スキル。


「調子に乗るな、小娘が。シーナを殺したら、次はお前らだ」


「やめてくださいポルシウスさん!! 自分がなにをやっているのかわかっているのですか!!」


「全裸になって頭を下げて謝ったなら、許してあげますよ。……たぶんね。くくく」


「なっ!?」


「私の目的だったか? 教えてやるよ。楽しいからさ。決められたルートのまま支配者になるより、お前らみたいなクソ生意気な雑魚どもばかりの国で、己の実力で天に上り詰めるのが」


 ポルシウスは歯をむき出しにして、邪悪な興奮の笑みを見せました。


「悔しいだろ? 大嫌いなやつに権力闘争で負けて、従わなくちゃいけなくなるのは。それを眺めるのが大好きなんだ。支配してやる。お前ら全員。ははは、そうだなあ、シーナをとっ捕まえたら、殺す前に姉妹ともども裸踊りでもしてもらおうか? 醜い体を見せつけて、豚のように鳴けよ」


 なんて男。

 まずい、ユーナが苦しんでいる。このままじゃ。


 助けを呼ぼうそう思った矢先、ユーナを心配したナーサが、彼女に触れました。

 ユーナの手が、首から離れます。


「はあ、はあ、た、助かった」


 ポルシウスがスキルを解除したのでしょうか。

 いや、ポルシウス自身も驚いています。

 ならどうして? まさか、ナーサが触れたから?


 シーナ姉上様のような、スキルを無効化するスキルが、ナーサにも?


 ポルシウスが舌打ちをします。


「まぁいい、シーナ殿は必ず殺す。邪魔くさい卑しいメスなど、石で固めて海に沈まめてやりますよ」


「姉上様は、負けない。絶対に帰ってきます!!」


「帰ってくる、か……。そうですね。シーナをぶっ殺すと決めた以上、ずっとここに残っているといい。シーナ共の守るべき者として、ここに」


「どういう意味ですか」


「くくく」


 意味深な台詞を吐いて去っていきました。

 ナーサの力にも驚きですが、それ以上に、姉上様とアオコさんが心配です。

 どうか、無事に帰ってきてください。

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