第23回 大詰め

 クロロスルが死んだ。


 最初の衝突から半年、私達はその間何度もベキリア人たちと交戦した。

 ときに食料を奪い、奪われ、殺し、殺されながらも、少しずつ追い詰めていた。


 こうなってはクロロスルを生かしておいても意味がないだろう。

 そう判断したのかはわからない。


 捕縛した敵の一人が、彼の最期を語った。




 クロロスルは拷問にかけられても何も口を割らなかった。

 あんな性格でもカローの元執政官のプライドがあったのだろう。シーナが不利になるような情報は、一切漏らさなかったらしい。


「ふざけるな、俺は、こんな目に遭うために執政官まで上り詰めたわけではない。これまで重ねた苦労、下げてきた頭、排除してきた者達、すべては、この先の栄光のために……」


 ならばどう処分するか。

 彼は不死身だ。大人数の回復は代償として自身が苦しむが、自分一人を回復させるだけなら、半永久的に可能なのだ。

 そこでベキリア人の大将は考えた。


 ドロドロに溶けた鉄にクロロスルを放り込む。


「やめろおおおお!!!! 俺は、俺は!! この世界の頂点に君臨する男だあああああ!!!!」


 溶岩のように熱された鉄の風呂が肌を焼く。


「……コロロ」


 口から体内に入り、肺や内臓を溶かしていく。

 こうなってはもはや、苦痛で意識を保つことすら不可能だろう。

 気を失ってはスキルを発動することもできない。


 野望に燃える狡猾な男は、ベキリア人が抱く憎悪に溺れ、死んだのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その話を、シーナは無表情で聞いていた。


 悼んでいるのか、ほくそ笑んでいるのか、読み取れない。

 シーナはわかっていたはずだ。戦争を続けていれば、クロロスルは殺されるかもしれないと。

 止めなかった私に、人のことは言えないが。

 いや、戦っていれば必ず救い出せると信じていた私がバカだったのか。


 こんなの、コロロちゃんになんて報告すればいい。

 だって確実に、クロロスルの家は没落する。地位も財も失うだろう。

 跡取りに成りうるコロロちゃんは、まだ若すぎるから。


「勝機が見えてきたな」


「え?」


 淡々と、シーナが告げる。


「ベキリア人どもは拠点としてる街で籠城している。おそらく、同盟を結んでいる遠方のガラム人の援軍を待っているのだろう。とはいえ、ガラム人たちも加勢するか否か討論中だろうが」


「……」


「突撃するのは危険だ。返り討ちに遭う。故に、街の周囲に壁を作る。完全に道を防ぎ、補給を断つ。兵糧攻めだ」


「……」


「援軍が到着するのが先か、向こうが音を上げるのが先か。根気の勝負だな」


「シーナさん」


「なんだ?」


「クロロスルさん、死んだんですよ」


「涙を見せない私を責めたいんだろ? わかりやすいな、アオコは」


 見透かされている。

 私がシーナの冷酷非情さを非難したがっていると看破されている。


 まるでイキっている子供と、その面倒を見ている大人のようだ。


「動揺している時間はない。感情なら、相手にぶつける怒りだけで充分だ」


 たしかに、シーナの言う通りだ。

 どうかしていた。

 クロロスル、助けてあげられなくてごめん。


 さあ作戦の準備だ。そうシーナが告げたとき、


「ワン!!」


 大きな黒い犬が走ってきた。

 シーナの足元に近づくなり、うにゅうにゅと変形して、男性の姿に戻る。

 彼は犬に変身するスキルを持っていて、人よりも速く走れるため伝令係を努めているのだ。


「元老院からの伝令です」


 封筒を手渡す。

 元老院からの手紙、絶対ロクなことが書いていないはずだ。

 こちらの状況は、伝令係を通じてきちんと伝えている。そのうえで、なにを言い出すのか。


 眉を潜めながら、シーナが中身を確認する。


「こいつら……」


「ど、どうしたんですか? シーナさん」


 シーナは手紙をぐしゃっと握り潰すと、伝令係を下げさせた。


「な、なんですか? なにが書かれていたんですか?」


「なにもするな」


「は?」


「だから、なにもするなと書かれていた。勝利を目前にしてな」


 意味がわからない。

 勝たなきゃこれまでの努力は何になる。失った兵士、死んだクロロスルの無念はどうなる。


「正確には、八年後にカローから送られる援軍を待てと」


 ますます理解し難い。

 カローからここまで一月もかからない。それまでなにもするななんて、こんなの、シーナが納得するわけが……。


 瞬間、私は元老院の恐ろしい策略に気づき、身の毛がよだった。


「シーナさんは、詰んでいる」


「そうだアオコ。仮に援軍を待てば、手柄は横取りされるだろう。二度と政治には参加できまい。……逆らって勝ったとしても、命令に背いた悪人扱いだ」


「そんな……」


 どこまでクズなんだ、元老院は。

 いや、それを支配する湖の国からきたポルシウスとかいう男は!!


「最初から、こうするつもりだったのだろう」


「どうするんですか?」


 しばらくの長考の末、シーナは答えた。


「勝つぞ、ベキリア人に」

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