第60回 シーナ

「まだまだ、アオコと話したい」


「……いいですよ」


 シーナが窓を開ける。

 心地よい涼しい風が、彼女の髪をなびかせる。


「時々考えるんだ。最初からカローが平和だったならと」


「きっと刑務所送りですよ」


「何故だ?」


「女に手を出しまくって」


「はは」


「街中の女に殺されるか、刑務所かです」


「参ったなあ〜」


 こいつ、普通に生きていたならなんて考えていたのか。

 後悔しているのだろうか。


 そりゃ、好きで覇道を歩んでいたのではないのは察せる。

 こんな世界じゃしょうがないから。少しでも良くしたくてやっていたに過ぎない。


 実際、こいつ以外にカローに平和と繁栄をもたらせるような人物は、いなかった。


「私だって思いますよ。もし、最初からこの世界で生まれ育っていたならって」


「ライナも失わず、いまでも一緒にいられたわけか」


「救世主なんて呼ばれることも、期待されることも、戦うこともない。ただ平穏に、ライナと生きていたかった」


「……お互い、ちょっとした奇跡が起きていたならよかったのにな」


 ないものねだりでしかない。

 奇跡なんか起きない。

 この世界に来て、痛いくらいに実感した。

 神に選ばれたこいつですら、己の人生を恨んでいるのだから。


 なんとなく、隣に立って窓から外を眺める。

 カローの街。醜い権力闘争が蠢いていた街。

 私とシーナによって生まれ変わった街。


「お前は私のことが嫌いでも、私はお前に感謝している」


「……」


「ありがとう。我が生涯の友よ」


「友達じゃない」


「そうかもな。……なあ、アオコ」


「はい」


「もし叶うなら、ナーサを頼みたい」


「それは、まあ」


 また、託されてしまった。

 ライナからシーナを。

 シーナからナーサを。


「嬉しいよ」


「けど、私もナーサちゃんも、あんたみたいにはならない。どんな理由があっても、罪のない人間は殺さない」


「それでいい」


 シーナが己の手を見つめる。


「悪魔は一人で充分だ」


 悪魔。

 そう、こいつは悪魔だ。

 こいつを信じ、従っていた私も、また。


「……忘れないでください。私は、あなたが大嫌いです」


「ふふ、わかってるよ。……私は、殺しすぎた」


 そろそろ帰ろう。

 これ以上話していると、込み上げてしまいそうになる。


「帰ります」


「そうか……。また話せてよかった」


 背を向けて、歩きだし、ドアノブに触れる。

 振り返ると、シーナは穏やかに目を細めながら、天を見上げていた。


「神よ、せめて孫は見たかったぞ」


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 それから数日後。

 自宅のベッドで家族に見守られながら、シーナは息を引き取った。


 幾人もの人生を狂わせながらも歩み終えた覇道。

 世界の頂点に立った選ばれし者は、もういない。


 シーナを失った世界が、幕を開ける。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※あとがき


この章も終わりです。

シーナが死んでも、まだまだ話は続きます。


シーナの最期については、どう決着をつけるかずっと考えていたのですが、こういう「誰のせいでもない唐突な死」に落ち着きました。


本当に、散々暴れまわって人をめちゃくちゃにしまくったやつでした。


これからのアオコちゃんたちに、乞うご期待。

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