第48回 コロロとシーナ

 シーナはまだ議事堂にいるはず。

 普段はあの人に言い負かされてばかりだけど、今日こそは。

 そんな意気込みで廊下を走っていると、シーナを発見した。


 すでに誰かと一緒にいる。

 コロロだ。


 シーナは私に気づいたが、コロロは私の存在など知る由もなく、目を真っ赤に腫らしていた。


「シーナ、なんでだ。なぜ殺すのだ」


「いずれまた脅威となる。災いの芽は、早いうちに摘んでおくに限る」


「ならどうして私は許した!!」


「お前が家族だからだ」


「そんな、そんなの……」


 身内贔屓で許されるなんて、コロロは納得できないだろう。

 けど死にたくもないから、受け入れるしかない。


 シーナの、慈愛を感じさせようとしているところが苛つく。

 だいたい、家族だから殺さないなら、なんであのとき、トキュウスさんを、実の父を、こいつは……。


「シーナが、イジワルしたから、みんな立ち上がったのだ」


「私のやり方を理解しない者は冷遇する。当たり前だろ。ここは私の国だ。私が、平和を守っている」


「これのどこが平和なのだ……。みんな、心の中ではシーナに怯えている。パパ上様なら、きっとお前と真正面から戦った」


 シーナがため息をつく。


「少々クロロスル殿を買い被りすぎているな。やつはもっと狡猾で残忍だ。まあ、だとしてもあいつぐらいなら、大した敵にはならん」


「パパ上様を、バカにするな!!」


 コロロがシーナを睨む。

 まさか発動したのか? ユーストゥスを。

 仮にそうだとしても、何も起きやしない。

 シーナは、私たちスキル持ちの唯一の天敵なのだから。



 コロロは腰を抜かし、震えた。

 まるで化け物と対峙したかのように。

 スキルを発動してしまった己を責めるように。


「な、なんで……」


「無意識に私を殺そうとしたか。悪いが私にスキルは通用しない」


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ……」


「構わない。許そう」


「……シーナ、正直に答えてほしい」


「なんだ?」


 視線を合わせない。

 何度も口を開いては躊躇うを繰り返す。

 恐れているのだ。家族である以上に、人間を超越した怪物である女に。


「本当に、パパ上様を売ってないのか?」


「……」


「シ、シーナは」


「当たり前だ。あの状況で殺したって、こちらの不利にしかならない。消すつもりならもっと抜群の機会にやる」


 事実だ。


「そ、そうか……。ごめん。ごめんなさい。シーナ」


「もういい。謝るな」


 コロロの呼吸が乱れる。

 見ていられないな。


「シーナさん」


 私はコロロに近寄ると、そっと肩を抱き寄せた。


「アオコ、いつの間に」


「シーナさん、わかってますか? コロロはあなたに失望している。誰よりも真っ直ぐで優しいコロロが、あなたに殺意を向けたんですよ?」


 シーナがこめかみを押さえる。

 頭を痛めているのか。


「これが私のやり方だ。恐怖政治だと言われるのなら、それで結構」


「きっとポルシウスが執政官であり続けたら、同じことをしていたでしょうね」


「言葉が過ぎるぞ」


「私はライナからあなたを頼まれた。だからこうして説得しているんです。いまのあなたは間違っている!!」


「素人が政治に口を挟むな!!」


 シーナの怒号を聞きつけ、警備兵たちが集まってくる。

 スキルを持たない雑魚ばかり。

 私の相手にもならない。


「私だって、好きで殺しているんじゃない。そこまで私を責めるなら、お前たちの綺麗事が通用するか、試してみるといい」


「は?」


「アオコ、ベキリア総督になれ。コロロも、ユーナと共にベキリアに行き、学んでこい」


「追放ですか」


「どのみち、ここにいても悪影響だろ。お互いにな」


 私はともかく、コロロに関してはそうだろう。

 シーナの近くにいるのは精神衛生上よろしくない。

 ならいっそベキリアで、穏に暮らしながら政治を学ばせた方がいい。


「コロロ、約束しよう。もしお前が立派な女に成長したら、ヨルの街はくれてやる」


「シーナ……」


「お前は真面目で優しい。私だって、心からお前を応援しているのだ。今回はやり方を間違えたが、いつかユーナとの間に子を作り、再興を果たせ」


「……うん」


「騙すような真似をして、悪かったな」


 弱々しく面を下げた。

 あのシーナが謝るなんて。

 彼女自身、苦渋の決断だったのか。


 だけどまだだ、もっと譲歩させてやる。


 コロロには聞こえないように小さな声で、シーナの耳元で呟いた。


「ベキリアには行きます。でもそれは、ケイミスを殺してからだ」


「あぁ、頼む。やつが一番の脅威だ」


「そしたら報酬として、死刑を廃止してください」


 死の連鎖はもうたくさんだ。

 アンリだって、血で汚れなくて済む。


「……考えてやる。しかしアオコ、矛盾しているぞ」


「なにが?」


「死刑をやめさせたいくせに、ケイミスは殺すのか」


「……」


「まだまだ甘いな、お前も」


 ムカつく。

 なんでも見通すシーナも。

 反論できない自分も。

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