第49回 リューナとの夜

「ユーナ、私はベキリアに行くことになったのだ」


 夕食の時間、コロロが告げた。

 いきなり過ぎる発言に全員ついていくことができず、仕方なく私がことの経緯を説明する。


「つまりはアオコの言う通りだ。ユーナ、一緒に来てくれるか?」


「もちろん。だってコロロの奥さんだもん」


「ユーナ……い、いいのか? しばらく戻って来れないぞ?」


「戻ってはこれるでしょ。住むところが変わるってだけで。コロロと離れ離れになる方がいやだもん」


「うぅ〜、ユーナ〜」


 おー、食事中にアツアツな抱擁。

 こっちまで熱くなっちゃうね。


「ノレミュはどうする? 故郷だけど」


「私は……」


「遠慮したいなら、それでもいいよ」


 以前一度、ノレミュを連れてベキリアに行ったことがある。

 そのとき真っ先にカローに寝返った恥知らずと罵倒されたのだ。

 本人はそんなつもりじゃなくても、他人の目にはそう映っているらしい。

 それに、


「アンリが心配だもんね」


「え!? な、なんでアンリさんなんか」


「顔赤いよ?」


「なっ!」


「ノレミュが望むなら、私との奴隷契約を破棄するよ。アンリの家のお手伝いさんにしてもらうといい。あいつ、身分の割に一人で暮らしてるし」


「別に、そんな……」


 小っ恥ずかしいのか、ノレミュは肩を小さくして視線を落とした。

 わかりやすい子だな。


 今度はユーナがリューナに問う。


「リューナも行こうよ!!」


「行きたいけど……。ナーサに教えたいこと、まだあるし……」


「そっか〜、教育係だもんね。うーん」


「大人になるまで、ちゃんと責任もって面倒みたい」


「そうだよね……。うん、じゃあしょうがない。悲しいけど、会いたくなったら何度でも会いに行けるもんね!!」


「うん」


「昔、私がクロロスルさんの家に預けられたときみたいだね」


「あのときとは、距離が違うけど」


 リューナちゃんがチラチラとこちらを見てくる。

 まさか、私の考えてることが読めるのか。


「も、もしかしてリューナちゃん、嫌だ?」


「へ?」


「いま育ててる植物、私の代わりに世話するの」


「え!? いえいえそんな!!」


「よ、よかった〜。まあすぐに行くわけじゃないから、安心して」


「はい」


 このメンバーでご飯を食べるのも、もうすぐ最後になるのかな。

 ユーナとリューナはそれぞれの道を歩んで、ノレミュはアンリのところで勤めて。

 私もついに、この家を……この、ライナの家を……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 深夜、私はライナの服を取り出して抱きしめた。

 まだライナの匂いがする。

 落ち着く。嫌なこと全部忘れられる。


 シーナでさえぼんやりとしてきたらしいけど、まだハッキリと思い出せる。

 ライナの顔。

 可愛い声。

 唇の感触。

 なにもかも。


「そうだ、似顔絵描こう」


 こう見えて絵は得意なのだ。

 もとの世界にいた頃、金がかかる趣味ができなかったもんで、ずっと本を読むか絵を描いていたから。


 なんでいままで思いつかなかったんだろう。


 ランプに火を灯し、ペンを握る。

 すると、


「アオコさん、少しよろしいですか?」


 リューナが部屋に入ってきた。


「どうしたの?」


 リューナが黙る。

 なにか言いかけては躊躇うを繰り返し、私を待たせている事実に焦って顔がどんどん赤くなっていく。


「ちゃんと待ってるから、ゆっくりでいいよ」


「……アオコさんは、どう思いますか?」


「なにが?」


「私が、カローに残ること」


「とっても残念だけど、無理強いをするつもりはない。リューナちゃんはナーサちゃんを育てるために、これまで頑張って勉強してきたんだもん」


 不服そうに唇を噛む。

 返答を間違ったのか?

 なんと言ってほしかったのだろう。


「アオコさんが望むなら、私、行きますよ」


「え……」


「ずっとアオコさんを見てきました。いまじゃ、誰よりも一緒に暮らしていますから」


 ライナが亡くなって、ユーナが一時的にクロロスル家に奉公に出て、シーナも家を出て、トキュウスさんが死んだ。


 確かに、最も同じ時間を過ごしているのはリューナかもしれない。


「心配です。アオコさんが」


「心配?」


「アオコさんさえよかったら、私は、アオコさんを支えたい」


「……」


 キュッと心臓が握りしめられたような感覚がした。

 スキルを発動していないのに、時間が遅くなったかのように、神経がリューナにだけ集中する。


 さすがの私だってわかる。この子は、私を……。


「大丈夫だよ」


「え」


「私には、いつでもライナがいるから」


「ライナ姉上様は、もういません!!」


「いるよ」


「私はライナ姉上様を尊敬しています。いまでも大好きです。でも、アオコさんを縛り付けているのも、ライナ姉上様じゃないですか」


 すでにいない人間に負けた悔しさと、はじめての熱い感情の喪失。

 溢れ出る。しがみつくための言葉と、月光を反射する雫が。


「シーナ姉上様に従っているのも、そのために苦しんでいるのも、ぜんぶ」


「やめよう」


「アオコさん!!」


「お願い、今夜はもう、部屋に戻って」


 これ以上客観的な視点を突きつけられたら、揺らいでしまう。

 ライナへの愛。シーナの面倒を見る覚悟が。

 だってリューナが言っていることなんて、とっくに……。


「ごめんね、ありがとうね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、朝食にリューナは参加しなかった。

 具合が悪くてまだ寝ているらしい。

 ノレミュがパンとサラダを並べていく。


 サラダで使われている野菜は、私が庭で育てたものだ。


「アオコ!! 私、良いこと思いついたぞ!!」


 コロロが大声で話しかけてきた。


「ベキリアで政治を学ぶ以外に、やはりベキリア人からの人気を得るのも大切だと思うのだ」


「うんうん」


「ベキリアにある湖で、釣り大会を開こう!! 私が主催者だ!! なっはっは!!」


 おやおやと、ノレミュが口を挟んだ。


「あの湖は神聖なもので、立ち入り禁止ですわよ」


「なにーーーーっ!! どうしようユーナ!!」


 知らないわよ、なんて冷めた反応。

 なんだか、少し前に戻ったかのようだ。

 この数日、コロロにはいろんなことがありすぎた。

 壊れかけていた。


 ベキリアで暮らすことが良い方向に進むというシーナの予想、悔しいけど当たりそうだ。


 ていうか、さり気なく私がベキリアの総督になるわけだけど、総督ってなにすんの?

 知らないんですけれども。

 やば、めっちゃ不安になってきた。血の気が引く!!


 私の速まる鼓動に合わせて、食堂の扉がドンドンと叩かれる。

 ノレミュが開けると、私もよく知るカローの警備兵が、血相を変えて息を荒らげていた。


「アオコ様、大変です!!」


「なに? どうしたの?」


「ケイミスが、人々を!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る