第9回 執政官の右腕
元老院の家を一軒一軒廻っている時間はない。
狙うは夕刻、食堂で食事会を開いているとき。
そこに集まるのは元老院でも特に発言権のある古参。財力と影響力を持つ貴族だ。
酒に溺れ、パンと肉を食っては吐きまた食うを繰り返すその怪物たちを懲らしめる。
私の時間操作は侵入に適しているが、一つ欠点がある。
スキル発動から解除までに移動した軌跡が、赤い線となって現れるのだ。
つまり、何者かが侵入したとすぐバレてしまう。
まぁ、バレたところで、なんだけど。
「失礼します」
彼らの目にはほとんど一瞬にして現れたように見えただろう。
「なっ!? き、キサマはシーナの? 何のようだ!!」
不思議と気持ちは落ち着いていた。
この中にスキル持ちがいるかもしれない。
返り討ちにあって殺されるかもしれない。
それでもよかった。半分はヤケクソ。どうにでもなれ。
ライナ、私頑張るよ。
スキルを発動し、木剣で一人一人殴っていく。
最初は軽くだったけど、次第にだんだん強さが増していった。
ライナのためなら、私は悪人にだってなるんだ。
スローが解除されると、警備隊を呼ばれたが、私の時間に入って来れる者は、シーナさんしかいない。
それからまた一方的に殴って、最後に告げた。
「シーナさんに逆らえば、次は命だ」
「こんなことをして、ただで済むと思うなよ!!」
最後にもう一発ずつ与えて、その場を去る。
それから家に戻って、ライナに抱きしめてもらいながら、寝た。
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翌朝。
「あれ? ユーナちゃんは?」
朝食の場に、ユーナちゃんの姿がなかった。
ライナは今朝から体調が優れなくてまだ眠っているが、ユーナちゃんもそうなのだろうか。
シーナさんやトキュウスさんは黙ったままだ。
双子の妹のリューナちゃんは、スプーンを持った手を止め、静かに泣いていた。
なんだ? どうしたんだ?
まさか病気で亡くなった? さすがにそれはないし、だったらもっとみんな悲しみに暮れているはずだ。
じゃあ家出? それこそありえない。
あんなに仲の良かった家族なんだから。
「えっと?」
「アオコ、食事が済んだら議事堂へ行くぞ」
シーナさんの声が、冷たく響いた。
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「キサマ、どの面を下げて私たちの前に!!」
顔を腫らした元老院のおじさんたちが吠える。
そりゃ私だってびっくりだ。てっきり、今後は誰の目にも触れないように軟禁されるもんだと予想していたから。
まさか、差し出されるのか? シーナさんに。
疑いの眼差しを向けると、シーナさんは首を傾げた。
「なんのことやら? それより皆さん、どうしたんですか? その顔」
シラを切るのか、シーナさん。
「許さん、許さんぞ!! トキュウス、お前の娘は気が狂っている!!」
「すべての貴族を敵に回す気か!!」
トキュウスさんは罰が悪そうに顔を背けた。
兵たちが集められ、刃物を向けてくる。
この場で私とシーナさんを殺すつもりなのか。
それでも、シーナさんの余裕は消えない。
「なにかした証拠はあるのですか? ないなら、こちらも抵抗するしかない。平和ボケしたお前たちの兵と、我が家に仕える経験豊富な私兵団、どちらが上か、ハッキリさせますか」
「この……」
元老院たちが押し黙る。
これじゃあまるで、暴君のやり方だ。
おそらく、二度は通用しない手。何度も力で屈服させては、証拠がなくとも悪評が市民に広まるから。
財力と権力に物を言わすならこいつらと同じ。シーナさんは、人々の信頼の上で成り立つ存在でありたいと心がけている。
それに、シンプルに今後は警備を強化するだろう。
今度はスキル持ちを配置するかもしれない。
黙って眺めていたクロロスルが口を開いた。
「言い争いはそこまでにして、さっそく本題へ。トキュウスの娘、シーナを三人目の執政官として認めていただきたい。賛成の方は挙手を」
元老院の一人が反論する。
「我々だけで勝手に決められるものか。そもそも、執政官は二人までだ」
「法務官と大神官にはそれぞれ話を通してあります、この私から。つまりあとはあなた方の過半数が認めるだけ」
クロロスルがスーノさんへ目配せをする。
彼は元老院時代から政治家以外の人間とも強いパイプを持っていたらしい。
それに、多額の賄賂だろうが惜しみなくだせるほどの大金を有している。
執政官に選ばれるためには市民からの熱い支持と、法務官、大神官、元老院の三つから承認される必要があるとのこと。
スーノさんは元々国民から好かれているようで、あとはクロロスルの手を借りたわけだ。
トキュウスさんと、クロロスルが手を挙げた。
元老院たちも、渋々挙手していく。
今後はともかく、少なくともいま現在は逆らえば本当に殺されるかもしれない。
目の前にいるシーナの部下は、未知のスキルを持っているから。
そんな不安に駆られたのだろう。
「任命ありがとうございます」
こうして、シーナさんはカローの最高権力者、執政官の一人となった。
それはつまり、ただの貧乏な女子高生でしかなかった私が、一国を指揮する執政官の専属戦士になったことを、意味していた。
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