第78回 血の一日

 キリアイリラの死を見届けて、騒ぎになる前に湖の国から出た。 


 このまま帰国すれば私は英雄扱いだ。

 かつてのシーナのように、国民に囲まれて身動きすら取れなくなってしまうだろう。

 それは面倒だし、第一チヤホヤされるつもりはない。


 カエルムを使ってこっそりカローの首都へ帰還する。


 家に帰って、リューナに「ただいま」と告げた。


 微かに微笑む彼女の頬に、唇を触れさせた。


「無事で、なによりです」


「うん。すごく元気」


 本当はいますぐにでも議事堂へ向かいたいのに、魂がリューナに縛り付けられて動けない。

 今夜ぐらい、ずっとこの子の側にいよう。


 お手伝いさんを帰らせて、久しぶりに二人で夜を過ごした。

 買ってきた肉と野菜で、適当に食事を用意する。


「どう? 美味しい?」


「はい。でも」


「ん?」


「アオコさんが育てた野菜の方が、美味しかったです」


「……そっか」


 すっかり忘れていたな、栽培のことなんて。

 庭の畑も雑草が生い茂って、腐った果実が転がっている。

 ずっと憧れだったスローライフ。とっくに未練はない。


「アオコさん」


「なに?」


 若干不安そうに、リューナは続けた。


「今夜、一緒に寝てもいいですか?」


「……」


 もう、彼女も子供じゃない。

 言葉に別の意味を含ませることだってできる。


 嬉しかった。

 こんな私を、まだ愛してくれていることが。


「うん」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日。

 未だ帰国を誰にも告げないまま、議事堂へ入った。

 今日は議会が休みなので、元老院はいない。


 なのに、あいつはそこにいた。

 サイズの大きな玉座に座り、私を睨んでいた。


「捜す手間が省けたよ、ナーサ」


「こうなる予感がした。アオコが帰ってきて、ここに来る予感」


「ふっ、さすが、シーナの娘だ」


「心にもないことを」


 ナーサが立ち上がる。

 肘掛けに立てかけてあった剣を取る。


「なにしにきたのかわかるよ。私だってそこまでバカじゃない。……私も同じ気持ちだよ、アオコ。国の癌は取り除く。私を騙したお前は、反逆者だ」


「違うね。冷静ぶってるけど、お前はただの恋人の復讐。キリアイリラとの野望が失敗して、破れかぶれになっているだけ」


「それのなにが悪い!! 皇帝の恋人を殺した罪、私自身が裁いてやる!!」


 勘違いするなナーサ。

 裁かれるのはお前なんだ。


「ごめんねナーサ。ちゃんと育ててあげられなくて」


「いまさら謝るな!! 最初から、最初からアオコやリューナさんが皇帝になればよかったんだ!!」


「そうかもね」


 こいつは生かしておくつもりだった。

 子供を産ませたかったから。

 けれど、もはやナーサは時限爆弾と一緒。

 復讐のために自国すら売るようになってしまっては、庇いきれない。


 かつて、ナーサに似た女の子がいた。


 偉大な親を持ち、不器用ながらも追いつこうと頑張っていた女の子がいた。

 なにも悪くなかった。みんなが同情した。

 私だって必死に守ろうとした。


 それでも、結局シーナに殺された。

 誰であろうと、何者であろうと、カローの脅威は排除しなくてはならないから。


 とするならば、私もシーナを真似るしかない。


 たとえ相手が家族でも。


「勝てると思うの? スキルすらシーナの劣化なのに」


 ナーサのスキルは、シーナ同様スキルの無効化。

 しかしシーナのように自動で無効にできるわけではなく、任意での発動になる。


 つまり、先に私によって時間を遅くされたら、スキルが発動できないのだ。


「劣化でも、アオコがスキルを発動する瞬間、ピリッと肌が痒くなる」


 シーナも同じようなことを口にしていたな。

 私のスキルの『起こり』を、肌で感じ取れると。


 なるほど、それに合わせてスキルを使えば、カエルムに対抗できるかもしれない。


「殺してやる。私の『天に手をのばす者ウルティムス・インサニア』で」

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