第77回 キリアイリラ

 殺した。

 二人殺した。

 三人殺した。


 そこから先は数えていない。

 数百の槍が迫ろうと私には通用しない。

 誰だろうと、私の時間に入ってくることはできない。


 巨大になるやつがいた。

 分身するやつがいた。

 空を飛ぶやつがいた。

 ビームを撃ってくるやつがいた。


 問答無用で殺した。


 理想の世界へカエルムで時間を遅くすれば、どんな相手でも一方的に攻撃できる。

 数で押し切られ傷を負っても、


色褪せない想いプリームス・アモル


 時間を戻して、


誰も邪魔をするなオムニス・ネゴ


 攻撃される瞬間の時間を飛ばした。


 剣が折れたら敵から奪い、何人もの返り血を浴びた。

 不思議と不快感はなかった。ただ目的を達成するため、己の内から感情が消えていた。

 なのに、


「ライナ」


 時折、彼女の顔が浮かんでくる。

 私をこの世界に呼んだ人。

 あのときも私は、カローの危機のため戦った。


 まるで青かった。ゴブリンに立ち向かうだけでビクビクして、涙が出そうだった。


 それがいまじゃ、機械のように、正確無比に殺し続けている。


「もうひと踏ん張り」


 とはいえ、なにも全員殺すつもりはない。

 指揮官を潰せば軍は瓦解する。


 やがて、偉そうに金の鎧を着用した老人の首をハネると、誰も私に襲いかかることはなくなった。


「散れ、雑魚ども」


 下知されるまでもなくみんな潰走していく。

 残された死体の山には、苦痛に涙する者の顔があった。


 彼らだって、好きで戦争に参加しているわけではあるまいに。


「疲れたな」


 この世界に召喚されたとき、私の身体能力は常人を遥かに超えるほど強化された。

 それでもさすがに、一人で数千を相手にするのは、疲れる。


 しかし、まだ終わってはいない。

 まだ、やるべきことがある。

 本当に殺すべき存在が、生きているのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数日後の夜。

 月明かり差し込む彼女の枕元に、私は立っていた。


「キリアイリラ」


 女が目を覚ます。

 振り返って私を視界に入れる。

 驚愕に目を見開きこそしても、決して声を上げることはなかった。


「最高級の警備で守られているはずなのだけど?」


「関係ない。私には」


「くくく、さすがはシーナの右腕ね。我軍を単独で退けるほどの、怪物」


 こいつにスキルはない。

 ただの、狡猾な女だ。


「じゃあ、きっと、誰か呼んでも無駄なんでしょう」


「そうだな。……で、どうするつもりだった。お気に入りの幼子を殺してまで始めた戦。情けなく敗走して、お前になにが残る」


「……ぜんぶお見通しってことね。ナーサから聞いたの?」


「あいつを上手く扱いたいなら、口を縫っておくべきだったな」


「ふ」


 やはり、こいつが仕組んでいたんだ。

 ナーサを洗脳し、留学生に幼子を殺すよう指示させた。


「目的はなんだ。いまさらカローが欲しくなったのか?」


「いまさら? 私はずっとシーナが欲しかったわ」


「は?」


「私が生涯愛したお方。あの鋭い眼差し、神を味方につけるほどの比類なき王者の風格。手に入れたかった。だけど」


 シーナの心はルルルンのもの。

 どれだけ浮気しようと、二人の間にある絶対的な愛は変わらなかった。

 故にこいつは、シーナの代わりにカローを求めたわけか。


「皮肉なものだ。私があんたを助けたあのときから、あんたはシーナを助け、次にカローを襲って、最終的に、私に殺される。巡り巡ったな」


「殺すの? 仮にも私は王よ」


「脅しのつもりか? 私は殺るぞ。カローの脅威になるものは、誰だろうと」


 少しの沈黙の後、キリアイリラがクククと喉を鳴らした。


「シーナにでもなったつもり?」


「なるんだ。私はシーナになる」


「ふふふ、どこが? あなたはまだまだ、あの人には程遠い。そんなこと、あなた自身がよくわかっているのでしょう?」


「……」


「シーナになるのなら、シーナなら、やるべきことが別にある」


「余計なお世話だ」


 キリアイリラは起き上がると、机の上のランプに火をつけた。

 なにか文を書き始めるらしい。


「少し待ちなさい。愛のためとはいえ、シーナに仇なしたのは事実。罰として、自ら命を断つわ。しかしその前に、せめて遺言は書き記しておかなくては」


「潔いな」


「どのみち私を殺すのでしょ。それに、生きていたってシーナがいないなら意味がない。死ねばあの人に会える」


 死後の世界があると思っているのか。

 そんなような話、シーナともしたな。

 死ねば、死人に会える。都合の良い解釈だ。


 十中八九、キリアイリラは本気だろう。

 一応、最期まで見届けてやるが。




 日が登る頃、キリアイリラは毒を飲んで死んだ。

 帰国したら、適当な罪人を幼子殺しの犯人にして差し出そう。

 それで、この馬鹿げた戦いも終わる。


 あとはーー。

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