第6回 クロロスルについて

 ライナの両親の一人、つまりトキュウスさんの結婚相手は、数年前の内乱中に病死してしまったらしい。

 いまはトキュウスさんと四姉妹、シーナさんの奥さん、二人のお手伝いさんの計七人で暮らしている。


「お風呂上がりましたー」


 浴室から出てみると、ダイニングにみんなが集まっていた。

 テーブルには食事が用意されていて、これから夕食のようだ。


「たくさん食べてね、アオコちゃん」


「おー」


 ちなみに、個人の家にお風呂があるのはカロー広しと言えど極一部らしく、金持ちの特権なのだとか。


 椅子に座って、晩ごはんを見渡す。

 パンと……知らない野菜、知らない果実、知らない紫色のソースに、ステーキっぽいなにか。


 さっそく味を見てみよう。……う、うん。

 う、うんって感じの味だ。

 パンはパサパサ、野菜は青臭いような酸っぱいような。ソースも味がしないし、果物は少し甘いけど。


 肝心のお肉は、比較的美味しい。

 ステーキのような見た目だけど、食感や味は鶏肉に近い。

 なんの動物のお肉なのだろうか。


「お父様、あーんして〜」


「ははは、ユーナは甘えん坊だな」


「もぐもぐ。……ライナお姉様も、して〜」


「ふふ、はいはい」


 ユーナちゃんは甘えん坊なんだな。


「ユーナ、シーナお姉ちゃんもあーんしてあげるぞ!!」


「えー、しょうがないなー。あーん」


 そんな様子を、リューナちゃんが羨ましそうに眺めていた。

 内気な子なのかな。

 見かねたルルルンさんが、リューナちゃんの小皿にお肉を乗せてあげている。


 優しく温かい家族団欒。

 穀潰しの母しかいなかった私の家庭とは、正反対だ。


「美味しくない? アオコちゃん」


「え? あ、ううん。美味しいよ、ライナ」


「よかった」


 おもむろに、トキュウスさんがシーナさんに向けて眉をひそめた。


「シーナ、野菜もちゃんと食べなさい」


「……」


「ユーナやリューナだって、好き嫌いしてないんだぞ」


「は、はい。父上」


 この中で一番子供っぽいのは、シーナさんなんだな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕食後、私はダイニングに残ってライナにいくつか質問をすることにした。

 主にクロロスルのことだ。


「ねえ、クロロスルって何者なの? すんごく悪そうなやつだけど」


「悪い人……そうだね。いい噂はないかな。六年前の内戦でも、味方の将軍さんを裏切ったり、多額の賄賂で元老院入りをしたり」


「もともと元老院だったんだ」


 ライナが元老院について説明する。

 元老院とは専業制ではなく、軍人や属州総督などと兼任する場合が多い。


 その中で特に人望が厚く、国に功績を残した者が、執政官になるのだ。


「あの人はとにかく油断ならないけど、元老院にはもっと恐ろしい人もいる。敵国と繋がっている人なんて、珍しくないほどに」


「そんな中で真っ当な政治をしなくちゃいけないんだ、トキュウスさんは」


 大丈夫なのかな……。

 大丈夫じゃなさそうだけど。


「元老院にスキル持っている人っているの?」


「いるんだろうけど、基本的にスキルは隠しておくものだから、誰が持っているのかわからないかな」


「ユーナちゃんやリューナちゃんは?」


「あの二人は持ってないよ。この家でスキルを持っているのは、私と姉上様だけ」


 スキルって、そんなに珍しいものなんだ。


「じゃあ魔法は? どんな魔法があるの? みんな使えるの?」


「使えないよ。それに、役立つようなものはあまり……。基本的に魔法は、漠然とした未来を占ったり、動物と意思疎通するぐらいしかできないの」


 よくあるファイヤーボールとか、空を飛ぶ魔法はないわけか。


「ありがとう。ごめんね、たくさん質問しちゃって」


「ううん。だって……友達、だもんね」


 小っ恥ずかしそうにライナは笑った。

 可愛い。こんなに可愛くて優しい子と友達になれるなんて、異世界に来てよかったーっ!!


「わ、私もライナが困ってたらいつでも助けるから!! なんせ、すごいスキル持ってるし!!」


「ありがとう。そうだね。お皿とか落としそうになったとき、助けてもらおうかな。なんて」


「何枚でも落として!! この家の食器は、私が守る!!」


「ふふ、変なの」


「あは、あはは」


 そのときだ、突然ライナがテーブルに頭を打ちつけ突っ伏した。


「ど、どうしたの?」


「ごめん、ちょっと意識が飛んじゃって」


「え? え?」


「少し、体が弱いの。でも平気。平気だから」


 虚弱体質だったんだ……。

 額に触ってみる。切り傷はできていない。

 けど少し腫れてるし、濡れタオルで冷やしてあげよう。


 庭に行き、井戸から水を汲み取っていると、


「アオコ」


 シーナさんに話しかけられた。


「ライナと何を話していた」


「クロロスルのことを聞いてました」


「そうか……。あまり、仲良くしない方がいい」


「なんでですか?」


「ライナは……」


 途中で口を塞ぎ、背を向けられる。


「ユーナとリューナを寝かしつけてきてくれ。ライナには、私がタオルを持っていく」


「え、でも」


「少し、ライナと話したい」


 そう言われてしまっては、従うしかない。

 ライナがなんだ? なんだっていうんだ? いったい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る