決別編

第39回 五年後

 シーナがカローの皇帝になって五年が過ぎた。

 トキュウスさんの家は正式に私の家になり、リューナちゃんとユーナちゃん、そしてコロロちゃんと、お手伝いさんとしてノレミュが暮らしている。


 リューナちゃんたちももう二三歳ですよ。やばいっすね。

 私も二七。え、あと三年で三十路っすか……。

 大人になった実感、未だにないんですけど。酒も飲まないし。


 てかちょっと待って、ユーナちゃんコロロちゃん共に二〇歳超えてんの?

 じゃあもしかして、二人でアレなこともしてるの? 声とか聞こえたことないけど。

 いや、してないな。してないしてない。だってさ、


「おはようみんな!! このコロロ様がノレミュと一緒に朝ごはん作ったぞ!! なはは!!」


「ちょっとコロロ〜、パンがべちょべちょなんですけど〜」


「なーっはっは!! ユーナが卵のスープが好きだから、最初から浸しておいたのだ!!」


「まったくもー、ん!! 意外と美味しい!! 凄いよコロロ!!」


「だろだろ〜? さすがは私、天才美少女品行方正最強カロー人だな!!」


 こんな感じだし。

 二人がそういうことしているの、まったく想像できない。


「ほらリューナさん、こっちは普通のパンですわよ」


「いただきます、ノレミュさん」


「リューナさん、このあとナーサちゃんにお勉強を教えるのですわよね? お弁当も用意しましたわ」


「わぁ、ありがとうございます」


 こっちはこっちで相性が良いみたい。

 どっちも清楚なお嬢様っぽいからね。気が合うんだろうね。


 朝食を食べ終えて、庭に入る。

 五種類の植物が、元気に茎を伸ばして育っていた。

 あ!! 葉が虫に食われてる。もー。


「アオコさん、まだ実がならないのですわね」


「うん。来月には成ると思うよ」


「ちゃんと大きな畑で育てたらどうですの?」


「うーん、そうなんだけどね〜」


 じゃあそのときになったら、元の世界から持ってきたミニトマトを育てよう。

 牛さんも飼って、理想のスローライフの完成だ。

 でも、そうなるとこの家から引っ越すことになってしまう。

 ライナとお別れするのは、嫌だな。


「ノレミュ、私今日暇だからさ、買い物付き合うよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ノレミュと街へと繰り出す。

 人々は活気づき、生活が豊かになっていた。

 笑顔と希望に満ち溢れ、老人は穏やかに、子どもたちは元気に暮らしている。

 街の景観もずいぶんと変化した。噴水に、新設した大闘技場、街の中心にそびえる巨大なモノリスは、平和と繁栄を意味している。


 五年前、シーナは皇帝になってすぐにこれらを造るよう命じた。

 失業者たちに仕事を与えるためである。


「あらこのお魚、安いですわね。日が経っているんじゃありませんの?」


「平気だよ。単に流通システムが変わって、たくさん魚が穫れるようになったから安くなっただけ」


 支配権を海にまで伸ばし、別の大陸の国と協定を結んだのだ。

 湖の国に流れる品々をカロー経由で相手国に輸入させる代わりに、領海を広げたり、その国から魚介類を安く仕入れたりできるようにしたのだ。


 さらに闘技場を活発に運営させることで市民に娯楽を与え、運動能力と学力向上のためにスポーツ大会や弁論大会まで開催させた。


 税金も下げて、水道工事によって衛生面も改善。

 カローは、確かな発展を遂げていた。


「シーナのことは恨んでいますが、能力は認めてやりますわ」


「そうだね。ベキリアにも復興の援助を惜しみなく送っているし」


「でもあの戦争のことは……って、いまさら蒸し返してもしょうがありませんわね」


 けど、すべてが上手くいっているわけでもない。

 光が強まる一方で、闇も確かに広がっていた。


 一般市民を豊かにする代償として、貴族たち特権階級の地位が下がったのだ。

 税率が下がったことにより利益が減り、没落する者たちもいる始末。


「あ」


 ふと、路地裏でこちらを睨む男と目があった。

 元々貴族だった男だ。


 金がない。しかし下級市民のような仕事はしたくないし、彼らの部下になりたくもない。

 そのプライドが、己自身を束縛しているのだ。


「アオコさん、あそこ」


 ノレミュが人だかりを指差す。

 街の端。人々の邪悪な好奇心が集う場所。

 そして、シーナの理想に抗う者たちの終着点。


「処刑場ですわ」


「……帰ろう、ノレミュ」


 私の言葉に耳を貸さず、ノレミュは処刑場へ向かった。

 人が死ぬのが見たいんじゃない、きっと、彼女は……。


「アンリ……」


 不愉快な眼差しが、処刑人として剣を握るアンリを見つめる。


 カローの闇を一身に背負った、私たちの友。


「皇帝暗殺未遂、及び国家反逆罪で処罰する」


 はじめて会ったとき、トキュウスさんを殺すよう命じられたときと同じ、自ら心を破棄した人形のような相好をしていた。


 手足を縛られている犯罪者が吠える。


「我が一族が領土を失ったのはお前らのせいだ!! なにが国民のためだ。我らも国民ではないのーー」


 容赦なく、アンリは犯罪者の首をハネた。

 ショッキングな光景に、趣味の悪い市民たちが歓喜する。

 仕事を終えて立ち去るアンリに、ノレミュが駆け寄った。


「アンリ!!」


「……なんだ、お前たちか」


「まだ、こんなことするんですの」


「シーナ様のためだ」


 擁護するようになるが、シーナは処刑人になれと命じてはいない。

 左腕として政治を学べとしか告げていない。

 これはアンリの意思だ。


「アンリ……」


 私が呼ぶと、わざとらしく背を向けられた。

 その無愛想な態度が、もっとノレミュを怒らせた。


「自分のためですわよね。シーナの側に残り、過去の元老院やポルシウスを倒すのに貢献して英雄となったアオコさんに嫉妬して、汚れ仕事をすることでシーナに褒められようとしているだけですわ」


「黙れ、よそ者のベキリア人風情が」


 アンリが去っていく。

 私たちが掴んだ勝利は、確実に平和へと繋がった。

 でも、闇は完全に消えたわけではない。

 光が強く輝けば、そのぶん……。

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