第38回 皇帝シーナ

「もう言ってしまうの〜? シーナ様のいけず」


「悪いなキリアイリラ。世話になった」


 ポルシウスを殺してから二週間、私たちは湖の国で戦争の疲れを癒やしていた。

 主に私の怪我の治療のためだけど。

 医者曰く、「ようこれで生きとったわホンマ」らしい。なんで関西弁なんだろう。この地方特有の訛りなのかな。


 ちなみに、大国と噂の湖の国だが、思ったほど発展していなかった。

 うーん、違うな。カローと大差なかったのだ。湖の国がしょぼいのか、カローが凄いのか。よくわからない。


「さあ、帰ろう、アオコ」


 久しぶりに愛人とイチャイチャできて、シーナも元気そうだ。

 奥さんと娘を待たせているのにね。


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 兵たちが出迎える、市民たちが目を輝かせている。

 カロー首都にいるほとんどの人間が、シーナを一目見ようと押し寄せる。

 天まで届くほどの歓声、世界を飲み込んでしまうほどの称賛。


 なにせ反乱分子たるベキリア人を鎮圧し、古参の元老院とポルシウスをやっつけたのだ。そりゃヒーロー扱いだろう。


 人々の波はベキリア軍勢や元老院軍よりも圧倒的で、気後れしてしまう。

 それでもシーナは涼しい顔で、市民たちに手を振っていた。


「シーナさま〜!!」


「シーナ様素敵〜〜!!」


「抱いて〜めちゃくちゃにして〜〜!!」


「アオコ様もちゅき〜♡」


 え、私も?

 あ、あはは、照れるな。


「アオコ」


「なんでしょう」


「私はこのまま議事堂に入る。お前は先に家に帰るか?」


「え、帰らないんですか?」


「先にやるべきことがある」


 まだ仕事するのか。

 本当は早くルルルンさんやナーサちゃんに会いたいはずなのに。


「じゃあ私もついていきます。もしものことが、あるかもですし」


「頼れるな、アオコは」


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 議事堂には若手の元老院たちが勢ぞろいしていた。

 アンリとノレミュもいて、久々の再会を果たす。


 私が手をふると、ノレミュは応えてくれたが、アンリには無視された。

 相変わらずだ、こいつは。


「シーナ様」


「アンリ、私がいない間、よくやった」


「……ありがとうございます!!」


 嬉しそうに笑ってる。

 よかったね、アンリ。


「さて」


 シーナの視線が元老院たちに向けられた。


「本来は、お前らの仕事のはずだったよな。カローの治安維持は」


 面目なさそうに目を伏せる。


「無能ならいなくても同じ……と言いたいが、大目に見てやろう。お前たちはまだ若い、失敗もある」


 とはいえ、ほとんどが二七歳のシーナより年上なんだけどね。

 元老院の中では若手だってだけで。


「私の下で学ぶと良い。期待しているぞ、カローの平和はお前たちの手にかかっている」


 許しという、大きな恩を売った。

 だがシーナは、ただで優しさをみせたりしない。

 これは宣言だ。


 元老院たちをひれ伏させ、カロー中の憧憬の念を集める絶対的存在になったことの。


「とはいえ、まだまだカローには問題が山積みだ。飢えている者も、失業者も少なくない。この緊急事態を治めるため、独裁官の制度を復活させる」


 過去に学んだことがある。

 カローの緊急時、議論を交わす時間すら惜しい状況の際、たった一人にすべての決定権を与える制度だ。

 つまり、それが復活するということは、


「任期は私が決める。これからは私がカローであり、カローは私。このシーナが、カローのすべてを決定する」


 シーナが真なる頂点に君臨したことを意味していた。

 独裁官、いいや、皇帝シーナ。


 私はついに、カロー皇帝の右腕にまで上りつめてしまったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夕刻、私とシーナは群衆をかき分け、家に向かった。

 実に四年。四年ぶりにみんなに会える。

 ユーナちゃんとリューナちゃんは一八歳、コロロちゃんは一七歳、そしてナーサちゃんは六歳になっているはずだ。

 心なしかシーナの足取りが早い。


 そして私たちは、シーナの家の前についた。

 門番が膝をついて頭を垂れる。


 彼らと少しお話をしたあと、玄関扉を開けた。


「「おかえりなさーーい!!」」


 ユーナちゃんとコロロちゃんがシーナと私に抱きついてきた。

 リューナちゃんとルルルンちゃんも出迎えてくれている。


「お姉さま、お姉さま!! おかえり!!」


「おいアオコ!! 無事でよかったな!! なはは!!」


 うわ〜、やばい、子どもたちめっちゃ大人っぽくなってる。

 私と身長変わらない。ううん、コロロちゃんなんか私より大きいよ。


 リューナちゃんもシーナに近寄る。

 可愛い妹たちに囲まれて、シーナはすっかりデレデレだ。


 遠征の直前に父トキュウスを殺したくせに、とはこの状況では言えまい。

 というか、少なくとも二人には生涯秘密にするべきだろう。


「みゅ〜ん♡ 久しぶりだなあ愛しの妹たちよ♡♡」


 シーナは双子の姉妹を抱きしめたあと、


「ルルルン」


「おかえりなさい。ご無事でなによりでした」


 愛する奥さんと熱い抱擁をかわした。

 その足元に隠れていた少女が、顔を出す。


「ナーサ」


「だれ?」


「あぁそうか。わからないよな。最後に会ったのは二歳のときだから」


 困惑しているナーサちゃんを、シーナは優しく腕で包む。

 その瞳から流れる涙が、ナーサちゃんの髪を濡らす。

 ルルルンさんが娘の肩を叩いた。


「もうひとりのお母さん。シーナよ」


「お母さん……英雄の……」


 リューナちゃんが口を開く。


「姉上様がいない間、私がナーサの教育係としていろいろ教えていました。とくに姉上様のご活躍を」


「そうか。感謝するよリューナ。立派になったな」


 シーナとナーサちゃんは、お互いを確かめ合うように強く抱き合う。

 ルルルンさんも、双子たちもシーナの周りに集まって、彼女の帰りを祝った。


 愛する者の帰還、それを喜べるなんて最上の贅沢なのだろう。

 帰らぬ者が大勢いる。多すぎる。カローには、まだ悲しみが残っている。


 コロロちゃんが私の裾を掴んだ。


「アオコ、教えてくれ」


「え?」


「パパ上様は勇敢に戦ったのだろう? どう戦ったのだ!? 教えてくれ」


 クロロスルさん……。

 コロロちゃんは力強く、けれど揺らせば涙が滲みそうな不安定な眼で私を見つめている。

 泣くのを堪えられるなんて、強い子だ。

 あの人が亡くなって三年以上が経過しているから、きっと彼女なりに乗り越えたのだろう。


「うん、あの人にね、スキルの名前つけて貰ったりしたんだ」



 日が沈んだころ、私はトキュウスさんの家に戻り、ライナの部屋に入った。

 出た頃と変わらない。まるで時間が止まったように。

 リューナちゃんやアンリがきちんと管理していてくれたらしい。感謝してもしきれないな。


 クローゼットからライナの服を取り出し、顔に近づけながらベッドで横になる。

 ライナの匂いはまだ消えていない。みんなは嘘だって言うけれど、私だけはちゃんと嗅げる。


 カローの平和のため、姉上様をお願いします。


 ライナの最後の言葉。

 一時だって忘れたことはない。そして、


「果たしたよ、ライナ」


 これからはじまるのだ、カローの本当の平和。

 私が望んだ、のんびりスローライフが。

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