第26話 終戦と、ノレミュ
戦後処理はスムーズに行われた。
ベキリア人の都市の中心にて、馬に跨ったままのシーナに跪く、ベキリア大将。
彼こそ、広範囲に及んでこちらの動きを把握していたスキル持ちであった。
彼の鮮やかな銀の髪が、日光を反射している。
「カローに忠誠を誓うか?」
「どうか、我々をお導きください。偉大なシーナ様」
「よろしい」
飢えたベキリア人たちに、食料を明け渡す。
とはいえ、当然こちらにも莫大な利益がもたらされる。
まず第一に、多額の賠償金。
ベキリア全土もシーナの物になり、生き残った兵士たちには、奴隷が与えられる。
好きなベキリア人を自分の所有物にしていい、というわけだ。
私の道徳心、というか元いた世界では絶対にありえない条件だが、この世界では普通なのだ。
むしろ、軽いくらいらしい。
「では、落とし前をつけてもらおう」
覚悟を決めた大将が、己の剣で己の首を裂いた。
シーナは彼だけではない、一族を皆、殺すつもりだ。
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「アンリは、どうするの?」
「……なにがだ」
「誰か、奴隷にするの?」
二人で街を歩く。
建築レベルも住民の生活も、カローと大した差はない。
人々は私たちに見つからないように隠れ、好奇心で顔を出していた子供も、若干の恐れを見せていた。
「興味ないな。奴隷などいらん」
「私も」
「……慣れたようだな」
「なにが?」
「シーナ様の冷酷さに」
族滅の件か。
慣れてはいないよ。
止められやしないから、なにも言わないだけで。
いまごろ、執行されていることだろう。
現場にいたくないから、こうしてアンリと一緒にいるわけだけど。
「奴隷はいらないけどさ、どうせなら何か、貴重な物とか貰ってってもいいのかな。私だって頑張ったわけだし」
「いいんじゃないのか?」
倫理観イカれちゃったなー私。
そりゃ五年以上この世界にいるんだもん。しょうがないよ。
ていうか、私もう二〇超えてるんだ。
成人式、出てみたかったな。
少し大きめの家に入ってみる。
「お、お邪魔します」
数人の女性がギョッとし目を見開いて私達を見つめた。
この家の使用人だろうか。
「あ、あの、どうも」
「カロー人……」
「えっと、なにか、綺麗な物でも貰えたらなー、みたいな。あはは」
そのとき、奥の部屋から若い女の子が飛び出してきた。
「死ね、カロー人!!」
「いけませんお嬢様!!」
短剣を向ける女の子の腕を、アンリが抑える。
「良い度胸だな、こいつ」
「ちょ、アンリ、乱暴にしちゃダメだよ」
「お前を殺そうとしたのに?」
「そうだけど……」
女の子が目を真っ赤にして私たちを睨んでいる。
そりゃ恨んでるよね。この子の父親を殺しているのかもしれないんだから。
使用人が女の子を抱き寄せる。
「お嬢様、おやめください」
「なぜ止めるのですの? カロー人は、父上の仇!!」
この子、よく見ると綺麗な銀色の髪をしている。
ベキリア人は決まって銀髪ではない。どちらかといえば黒の方が多い。
銀色の髪なんて、この子と……。
「もしかして、あなた」
アンリも察した。
「ベキリア大将の娘。ここに隠れていたのか」
ゆらりと剣を抜く。
「シーナ様の命令だ。やつと同じ血が流れている者は生かしてはおけない」
「ちょ、待ってアンリ。黙っていようよ」
「やはり甘いなアオコ。なぜシーナ様が族滅を下知したかわかるか? お前は理解していない、復讐の恐ろしさを。残った血は、必ず我々に牙を剥く」
「……なら、私はこの子を奴隷にする。この子は私の所有物。勝手な真似はさせない。アンリも、この子も、シーナさんも!!」
「話にならないな」
少女が吠える。
「お前の奴隷になどなりませんわ!! もちろん、殺されるつもりも!! あなた方を皆殺しにしてやりますわ!!」
使用人が狼狽える。
きっと彼女たちは、大将さんに頼まれていたのだろう。娘を守ってくれと。
アンリが鼻で笑った。
「皆殺し? そんなの無理だってことくらい、お前が一番わかっているはずだ。で、どうする? お前の未来は死だ。どう死ぬ? ここで殺されるか、公の場で死ぬか、市民たちの手で殺されるか?」
「市民?」
「当たり前だろう。ベキリアは完全にカローの手に下った。シーナ様に睨まれるのを何よりも恐れるようになるだろう。そんな状況で、『本来死んでいるはずの存在』が生きていたとなれば……」
問題となる前に、処分される。
あまりにも、酷すぎる。これが、敗戦国というものか。
少女は反論する言葉が見つからず、涙を流した。
「ならば、いまここで、自分の手で」
剣先を自分に向けた。
まずい、スローで止めないと。
そう思った矢先、
「くっ……うぅ……」
自害をする手が酷く震える。
いまにも短剣が落ちてしまいそうだ。
「私は、私は……」
誇り高い少女だ。
でも、自刃などできるほど、強くない。
親族はもういない。
この街にもいられない。
どこか遠くに逃げたって、悲惨な末路を辿るだけだろう。
死にたくない。そんな想いが、雫となって頬を濡らす。
「どうして、こんな目に……」
私は少女の手を握り、尋ねた。
「名前は?」
「ミルノ、ですわ」
「お願い。酷いことはしないから、私と一緒にきて。これ以上、命を散らしたくない。他の人たちは救えないけど、あなただけは、絶対に」
「……」
私にとってはじめての戦争。
いろんな人が死んだ。少し仲良くなった人が、翌日には死んでいる日常だった。
もういい。
これ以上は、もういい。
「勝手だよね。自己満足っぽいよね。だけどお願い、生き残る確率が高い選択をしてほしい。もう誰かが死ぬ必要はない」
「……でも」
「まずは名前を変えよう、ミルノちゃん……いや、ノレミュ。どうかな」
「私は……」
「うん」
「死にたくありませんわ」
「約束する。絶対に守るから」
この戦いで私は、ベキリア人の少女ノレミュを受け取った。
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※あとがき
戦争編まだまだ続きます。
次の敵は、カロー。
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