第36回 決着の時
ポルシウスが指を鳴らす。体を操るためだろう。
しかし、なにも起きない。何度、何度鳴らしても。
シーナが鼻で笑う。
「無駄だ。私にスキルは効かない」
「……なるほど、噂通りか」
「噂?」
「お前たちがベキリアでどんな戦いをしたのか、きちんと報告を受けていますからね」
「だからどうした」
「あなたには効かない、ならば!!」
今度は私の体が勝手に動き出す。
まずい、先にスキルを発動された。腰の剣を抜いて、シーナへと振ってしまう。
だが、
「
剣が直撃する瞬間が消え去り、振り終わった直後から時間が再開される。
はじめての時間飛ばしにポルシウスは理解が追いつかず、ただ目を丸くしていた。
「なるほど、これが報告にあった防御術」
ちっ、誰だよバカ真面目に詳細な情報をこいつに送ったやつ。
きっとベキリア戦争終盤の戦いを事細かに書いたのだろう。
もしかしてシーナか?
なんでもいい、とにかく今度はこちらの番だ。すぐに終わらせてやる。
「カーー」
途端、私の意識が遠のいた。
な、なんだ。ポルシウスのスキルか?
彼の側にいた護衛隊たちが、私に向けて矢を放つ。
「ちっ、カエ……うっ!!」
まただ、また意識が。
ダメだ間に合わない!!
「うあああああっっ!!」
全身に矢が突き刺さる。
痛い、熱い!!
助けてライナ!!
「アオコ、落ち着け」
「くっ、うぅ……」
ポルシウスがニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふ、スキルを封じてしまえばお前などただの小娘」
ポルシウスの側にいた女性が、息を切らしている。
「大丈夫ですか、お母様」
「えぇ、あなたはこの愚か者共を抹殺しなさい」
やはり親だったか。この感じ、十中八九あの人のスキル。
自分が苦しむ代わりに、相手の意識を一瞬奪っているのか。
しかし代償の重さを考えると、連発はできないはず。
大丈夫、まだ戦える。
今度こそ!!
「
スキルを発動する瞬間、私は目撃した。
ポルシウスの指を鳴らす所作を。
発動はほぼ同じだったのだろう。
体が、勝手に動く。
けどまた時間を飛ばしを使えばーー。
切っ先が、シーナの胸へと向けられる。
そうかポルシウスのやつ、もう時間飛ばしの対策を思いついたのか。
突きならば、間の時間が消し去ろうと関係ない。横薙ぎと違って時間が再開しても、刃がシーナの胴体を貫いたままだ。
「シーナさん!!」
「慌てるな、アオコ」
シーナも剣を抜くと、呆気なく私の剣を払った。
そうか、シーナは遅くなった時間の中でも動ける。平然と攻撃をかわせるんだ。
「いいかアオコ、いまのお前ならポルシウスのスキルなど取るに足りない能力だ」
「……」
「それに能力の全貌も把握できた。発動には必ず指を鳴らす必要がある。一度に操れるのは一人まで。でなければ、とっくに私以外の全員を操っている」
冷静に観察しているな。殺し合いをしているのに。
「さて、決着の時だ」
遅くなった時間の中、シーナはポルシウスに近づくと、腕を切り落とした。
制限時間が訪れ、スキルが解除される。
「うがあああああああっっ!!!!」
「これでスキルは発動できないな。あぁ、左腕が残っているか」
母親がシーナを睨む。
「やめておけ。私にスキルは通用しない」
「あなたにこの子は殺させない。この子がこれまで、どんな思いで生きてきたのか、あなたにはわからないでしょ!!」
「知らん」
「王になるはずの子だったのに!!」
「知るか。私にとってはただの害獣だ」
ポルシウスの護衛隊がシーナに襲いかかる。
が、こちらの兵もデクの坊ではない。
応戦し、シーナを守る。
ポルシウスは立ち上がると、
「くそっ!!」
逃げ出してしまった。
「行かせるか!! カエ……っ!」
まただ。またポルシウスの母親か。
母は胸を抑え、今にも死んでしまいそうなほど苦しんでいる。
それほどまでに守りたいか。
「逃げて、ポル!!」
シーナはポルシウスの母親を刺殺すると、死んでいる敵護衛隊から弓を奪い、
「往生際が悪い」
ポルシウスの足を射抜いた。
転び、血を流しても、這いつくばって逃げていく。
シーナは見下すように鼻で笑うと、歩いて追いかけだした。
「わ、私も」
「じっとしていろアオコ、失血で死ぬぞ」
「いや、行きます。見届けてやる。ヤツの最期」
ベキリア戦争のときから薄々気づいていたけど、私は常人よりも丈夫だ。
きっと異世界召喚の影響なのかもしれないが。
ありがとう神様、ポルシウスの死に様を目に焼き付ける機会をくれて。
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「散々カローをかき回してくれたな、キサマ」
這って進むポルシウスの後ろから、煽るようにシーナが喋る。
殺そうと思えばいつでも殺せる距離でありながら、殺さない。
「俺は、俺は……」
「祖国の王になれず、その苛立ちと野心を私の国で発散して、迷惑極まりない」
「くそっ……」
「しかしまあ、才能はあったと思うぞ。じゃあなんで私に負けたのか。何故だろうな」
「……」
「人が嫌がることばかりしたがるせいで、先のことまで考えられなかったんじゃないか? 最初から私の同志にでもなれば、重宝してやったのに」
「たかが貴族の分際で、偉そうに。私は、俺は王だぞ!!」
「へえ。国から追放され、カローも捨て、仲間も部下も、母もいない。それで何の王なのだ? ドブネズミ王国か? お猿さん王国か? そうか、負け犬王国か」
「う、うぅ……」
惨めに、泣きべそをかいている。
こいつも好きでカローにいたわけではない。大人の利権争いに巻き込まれ、王の座につけず、国を追い出された。
その恨み、憎しみ。他人を苦しめ支配することでしか消化できなかったのだ。
だからって、正当化するつもりはないが。
「ははは、負け犬王国の王だから、二本足で歩けないのか」
「だま……れ……」
「無様だな」
川に行き着く。
湖の国を潤わせる大河だ。
「さて、どうする」
ポルシウスが私たちの方を向いた。
涙で顔面でぐちゃぐちゃになり、真っ赤に腫れた瞳は、眼球すら充血している。
青ざめた唇は、彼の死の訪れを意味していた。
もはやこいつには、挽回できる力はない。
スキルを発動して私を操っても無駄なのだ。意識までは乗っ取れない以上、私は何度でも時間を飛ばせる。
「シーナ、お前に俺を辱める権利があるのか。知っているんだぞ、お前は、実の父トキュウスを殺した」
シーナの眉がピクリと動く。
なんでポルシウスは知っているのだ。
適当な無法者を犯罪者に仕立て上げたはずなのに。
じゃあまさか、国民全員が知っているのか?
いや、それはない。もしそうならアンリが報告しているはずだ。
つまりまだ、ポルシウスの憶測の域を超えていないということ。
「お前は狂ってる。壊れている。キサマのような人間が作る平和など、すぐに崩壊する」
「だからなんだ」
シーナがポルシウスの顔面を蹴った。
無の表情で、何度も何度も、蹴り続けた。
冷酷だった相好が憎悪の熱を帯びはじめる。
父トキュウスを殺したのは、お前のせいだ。とでも言いたげに。
私の脳裏にあの夜のことが過る。
確かにトキュウスさんはポルシウスや元老院に利用されてはいた。
けど、だからって殺すことはなかった。
私はいまでも、あれが正しかったとは思っていない。
数年、共に戦場を駆け抜けたが、私はまだこいつが嫌いだ。
シーナの怒りが疲れを見せたとき、
「くく、くくく」
ポルシウスが笑いだした。
「いずれお前は、己の野望によって身を滅ぼす」
その狂気の瞳が、私を睨んだ。
「最初に会った頃より、ずいぶん変わりましたね。純粋そうな小娘が、いまでは飢えた獣のようだ。主人そっくりじゃないですか」
「……」
「俺は!! お前らなんぞに殺されはしない!!」
「はあ?」
「カローよ、永遠に呪われろ!! はははははははっっ!!」
ポルシウスが最後の力を振り絞って、左手で指を鳴らす。
操るのは、己の肉体。
痛みも損傷も無視して立ち上がる。
全身から噴き出る血などお構いなしに川に向かって走りだし、やがて、沈んでいった。
「自殺した?」
「この流れの速さでは、引き上げるのも困難であろう」
「……」
「その手で殺したかったか?」
聞くまでもないだろ。
「いえ、もういいです。帰りましょう。カローへ」
ようやく、ようやくだ。
やっとカローに帰れる。
ついにシーナが天下を取った。
邪魔するものはいない。敵はいない。
ようやく、終わったのだ。
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