第35回 ポルシウス
シーナ曰く、湖の国に入ったポルシウスを殺せる確率は、四割らしい。
ポルシウスは本来、次なる王になるはずだった。
しかし、彼の母方の一族が政に介入してくることを恐れた王族が、シーナの愛人キリアイリラを担ぎ上げて彼の王位を剥奪したのだ。
ポルシウスの上にいた二人の腹違いの兄が、その母方の一族によって殺されているから。
それほどの権力に対する執着心。見過ごすわけにはいかない。
このままでは乗っ取られると、誰だって懸念する。
その後、カローへの借金を理由にポルシウスの留学をカローの元老院に認めさせ、実質的に追放したのである。
その後どうやって元老院入りを果たしたのか……十中八九、あの醜い男どもの懐に上手く入ったのだろう。
一緒に忌々しいシーナを倒しましょう。とでも言って。
「キリアイリラさんに頼んで、身柄を渡して貰えないのでしょうか?」
「さすがに無茶だろう。曲がりなりにも王子だ。自分たちより歴史の浅い国に従って王族を売りました、では面子が立たない。とはいえ、湖の国がポルシウスを匿うことはないだろうな。向こうにしても、持て余している厄介事だ」
ポルシウスにはまだ戦う力がある。母方の一族は侮れない戦力を保有しているらしい。
「体制を立て直し、別の国に逃げるかもしれないですね」
「その前に討ち取る。正直、もはや奴に拘る理由などないが……」
「……」
「わかっている。このままで済ませるわけにはいかない」
ポルシウスだけは殺す。
カローを蝕んだ癌だから。と自分に言い聞かせているが、半分は八つ当たりなのかもしれない。
ライナが求めた平和を維持できなかったこと。
トキュウスさんの死。
戦争で散っていった命。
私の胸に渦巻くモヤモヤを、あいつで晴らしてやりたいという八つ当たり。
それでも。
「どのみち、奴は危険だ。必ず復讐を企てるだろうし」
「はい」
「殺せば当然国際問題だが、なあに、もはやカローのトップはこの私一人だ。便乗して私を潰す者もいないし、上手くやれるさ」
シーナが大丈夫というのなら、きっと大丈夫なのだろう。
「次こそは逃さない。期待しているぞ、救世主殿」
やるさ。
カローの平和。そのためにライナは命を捨てて私を召喚したんだから。
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「私も残りますわ」
シーナと別れたあと、私はノレミュにカロー首都へ向かうようお願いした。
彼女だけじゃない。シーナ軍の大半が先にそれぞれの家に帰る。
みんな、疲れているのだ。戦いに次ぐ戦いの連続。兵士たちも限界を迎えつつあった。
「アオコさんと一緒じゃないと心細いですわ」
そう言ってもらえると、ちょっと嬉しい。
「ノレミュが心配だからお願いしているの。向こうに着いたら、アンリを頼ればいい。あいつは冷たくてイジワルだけど、ノレミュなら面倒見てくれるよ」
「そうですか? 私たち犬猿の仲なんですのよ?」
「平気だよ。アンリはクズじゃないから」
渋々、ノレミュは頷いた。
「……少しの兵士だけでポルシウスに勝てるんですの?」
「ガラム人たちがいるし、元老院たちが連れていた兵士たちの生き残りも加えるって」
戻すのはあくまでシーナ軍の同志たち。
敵になっていた元老院たちの私兵団や援軍のガラム人には悪いが、まだ付き合ってもらう。
そんな寄せ集め軍で勝てるのか不安はあるが、いまさらシーナに意見してもしょうがない。
「必ず帰ってきてくださいね。私にはもう、アオコさんしかいませんのよ」
「うん。そしたらアンリも入れて美味しいものでも食べよう」
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案の定、ポルシウスは私兵団を率いて他国への亡命を企てていた。
道を遮るように私たちも軍を差し向ける。
シーナは、頃合いを見計らって退却していいと下知していた。
それでもよかったのだ。なぜならそこに、ポルシウスはいないから。
ポルシウスの一族が抱える大勢の兵士は、カモフラージュ。ここに彼がいると思わせるための。
ならポルシウスはどこに? その答えを、シーナはとっくに導き出していた。
「昔、キリアイリラに聞いたことがあってな。古来より王族や貴族がよく利用していた亡命ルート」
数名の兵士を連れながら、山道を進む。
「魔獣に出くわす確率が低く、道中身を潜めるのに適した洞窟や、飲み水を確保できる滝もある、安全な道。真正面から戦ったり、策を練るくらいなら、この方が確実だ。私でもそうする」
そして、
「ほらな」
同じく数名の兵を同行させた、ポルシウスと相対した。
驚愕に目を見開いたポルシウスが、化け物と遭遇したかのように震える。
「な、なんで……」
「私はすべてにおいてお前を凌駕している」
彼の側には、おそらく母親であろう女性がいて、私たちを睨んでいた。
「降伏しろ、ポルシウス」
「誰が!!」
瞬間、ポルシウスは怒り心頭のまま顔を歪めて、指を鳴らした。
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