第3回 チュートリアル終了
周りの時間が正常に戻っていく。
私の意志ではない。たぶん、能力の制限時間が過ぎたって感じなのだろう。
体感的に、五秒ぐらい。
ふと振り返ってみると、スキル発動開始時にいた位置から現在の位置までに、蛇のように唸った赤い光の線が浮かんでいた。
車のテールランプの残像みたいだ。
私がスキル発動中に移動した軌跡を描いているのだろう。
と、とにかく、なんか凄い力な気がする……。よ、よし、この力で!!
スキルの使用に疲労感はない。
もう一度発動すると、また私以外のすべてが「ゆっくり」になった。
この力で襲われている兵士たちを助けていく。
やがてカロー軍は勢いを取り戻し、数日はかかると予想されていた魔獣たちの殲滅が一夜にて完了した。
生き物が殺されていくのは、心苦しかったけど、いまの私にはどうすることもできなかった。
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「凄いです!! アオコちゃんさん!!」
野営地に戻るなり、ライナが抱きついてきた。
お、女の子に抱きしめられるなんてはじめてで、同じ女でもドキドキする……。しかも良い匂い。お花の香り。やば……。
「さすがだな、救世主殿」
シーナも大喜びだ。
兵士らも歓喜に酔いしれて踊っていた。
「な、なんか凄いスキルが発動したの!! 全部がゆっくりになって、ライナの声も聞きにくくて」
「時間操作の類でしょうか……。もしかすると、もっといろいろできるかもしれません」
いろいろって、時間を止めるとか?
でも、戦いは終わったんだし、使わないでしょ。
「ライナ、これで終わったんだよね?」
「はい!!」
「元の世界に帰れるの?」
「……」
「……」
「衣食住に不自由はさせません!!」
「あ、ふーん」
そんなことだろうと思った。
でもいいんだ。元の世界に未練はないし。
むしろなんていうの? こういう異世界のほうがのんびりスローライフを送れそうじゃん。
「救世主としての役目は終えたし、あとは平和な世界で世捨て人みたいに生きるよ」
「そう……だといいんですが……」
「?」
そういえば、いつの間にかシーナさんがいない。
お父さんの所へ向かったのだろうか。
「むしろこれからが大変かもしれません」
「どういうこと?」
「本当に恐ろしいのは、脅威がなくなった人間」
「意味分かんない」
シーナさんとトキュウスさんが兵士たちの前に現れる。
不安いっぱいな表情のトキュウスさんの代わりに、シーナさんが声を張り上げた。
「休息は終わりだ。これより直ちに本国へ帰還する!!」
「え? なんで急に? まだ夜は明けてないのに」
「別働隊として陣を敷いていたクロロスルの部下が、今ごろヤツに勝利を伝えたに違いない。彼らより先に帰還し、元老院に我々の手柄を流布させる」
厳しい顔をしていたシーナさんが、涙目になりながらライナに抱きついた。
「ごめんね〜。疲れてるのに〜。ダメなお姉ちゃんを許してね」
「私なら大丈夫ですよ、姉上さま」
「う〜ん。ちゅき♡ お詫びのちゅっちゅしてあげるね♡」
シーナさんって多重人格者なのかな。
しかし一体全体、どうしてそんなに急ぐ必要があるんだろう。
そのクロロスルって人と関係しているんだろうけど。
耳元で、ライナが囁く。
「安心してください。姉上さまがいる限り、絶対に私たちは没落なんかしません」
なにその不安な単語。
私のスローライフは、いずこへ?
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