第2回 アオコ、はじめての戦い。

「この方が、伝説の……」


 荒野に設営された野営地。

 多くの兵士たちの注目を掻い潜り、私は一際大きなテントに案内された。

 中には偉そうなおじさんたちがいて、大きなテーブルに、これまた大きな地図を広げていた。

 その中央にいる弱々しい眼差しのオジサマが、私を見つめる。


「見たことない服装だ……。まかさ、本当に異界の救世主なのか? シーナ」


 そういえば、私はまだ制服だった。


「きっと私たちの活路を開いてくれるはずです」


 マジで戦うんですか……。

 隣に立っていたライナが耳打ちをしてくる。


「あの方はトキュウス。私や姉上さまの父上さまです」


「お父さん?」


 どこか挙動不審で、顔面に覇気がないこの人が?

 正直、気弱でうだつの上がらない人に見える……。

 まさか彼がここの総大将だったりするのかな。だとすれば、心配。


 トキュウスさんがため息をついた。


「さっそく頼りにしたいところだが、攻め時がわからぬ……。どうする、シーナ」


「夜、魔獣たちが眠っているときはどうでしょう?」


「しかし、こちらも闇で前が見えぬではないか。それに、やつらは鼻が効く。目を覚ましたら……」


「殺した魔獣の遺体から血を抜き取り、浴びましょう。松明を手に、まずはゴブリンに向かって一点集中攻撃。統率が乱れているうちに撤退し、翌日もまた。……何度か繰り返すうちに向こうの戦力も衰え、あとは一気に」


 な、なんか凄い作戦考えてる……。シーナさんって頭が回るタイプだったんだ。

 てっきりただのシスコンお姉さんかと。

 てか、そんな立派な作戦があるなら私いらなくない?


「勝率は?」


「……おそらく四割。しかも、失敗すれば甚大な被害がでることでしょう。しかし、いまここには救世主殿がおられます。きっと、勝利をもたらしてくれるはずです」


 シーナが期待の眼差しを向けてきた。

 そんな目で見られても困りますよ……。

 この空気感、いまさら断れないよねえ。


 トキュウスさんが頷いた。


「よし、それでいこう」


 あ、拒否権はないんすね。


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 人生ではじめて鎧を着せられ、戦場に駆り出されてしまいました。

 シーナさんが、


「大丈夫、私も前線に立つ。ともに頑張ろう!!」


 などと鼓舞してくれたんですけど、いったい私に何ができるのか。


「心配するな救世主殿。なにかあればすぐ手助けする。私は、可愛い女の子を守るために軍人になったのだからな。あっはっは」


「ど、どうも……」


 可愛いと褒められ喜ぶところなのだろうが、不安がいっぱいでそんな気分にはなれない。

 しかも作戦通り頭から血を被ってめっちゃ臭いし。

 これまで数多くのバイトをこなしてきたけど、こんな仕打ちははじめて。

 本当に死ぬんかな、私。


 やがて野原まで来ると、遠くに無数の気味の悪い生物が眠っているのが見えた。

 ファンタジーな本で見たことがあるような化け物たち。

 狼のような獣、猿のような獣、みな似ているけど違う。もっとおどろおどろしい形貌の生命体。


 こいつらが魔獣なのだろう。


 そんなこんなで全軍突撃。川辺で寝ていたゴブリンや、魔獣たちは突然の進軍に慌てふためき、一方的な戦いが続いた。

 最初だけは。

 体勢を取り戻した魔獣達の反撃が始まるな否や、カロー軍兵士たちは次々と倒れていく。

 この世界のことは詳しくないけれど、生物としての戦闘能力が魔獣と人間では雲泥の差であるみたいだ。


 一方私は……後方で眺めているだけ。だってしょうがないじゃん。

 生まれてこの方一六年、人を殴るどころか口喧嘩すらしたことないんだから(だって喧嘩できる友達がいなかったからね!! あはは!!)。


 シーナさんは無事だろうか。

 とそのとき、私のもとに数体のゴブリンが迫ってきた。

 ど、どうしよう。ゴブリンは私より小さいけど、殺気バリバリでめっちゃ怖い!!


 棍棒が振り下ろされる。かわすことできたけど、反撃なんて無理だ。


 ……あれ? でも私ってこんなに動けたっけ? 鎧だって、ぜんぜん重いって感じてない。

 そもそも、いくら松明があるからってこんなに夜目が効いたっけか?


『アオコちゃんさん、聞こえますか?』


 え? なに? どこからかライナの声がする。

 あの子はいま野営地で待機しているはずなのに。


『いま、脳内に直接語りかけています』


「の、脳内?」


『それが私のスキルなので。どうやらまだ体が温まってないようですが……』


「温まるもなにも……。スキルってなに?」


『特別な人間にだけ与えられる特別な力です。私の場合、他者と繋がれるスキルを持っています。召喚魔法も、その応用で。姉上さまも……あ、他人のスキルを話すのはご法度でした。異界の勇者であるアオコちゃんさんなら、きっとスキルがあるはずです』


「そうは言われましても」


『なにか感じませんか? こう、内側からぐわーっと』


 説明が雑すぎる。

 フィーリングで教えるタイプのコーチなんだね。


『スキルは、自分の望みが反映することがあります。アオコちゃんさんの望みはなんですか?』


「望み? 望み?」


 ゴブリンたちに囲まれる。

 今度は回避できるかどうか。


 一斉に襲いかかってきた。


 望みってなんだ。私の望み、願いは……。

 のんびりスローライフ!!


 直後、ゴブリンたちの動きがゆっくりになった。

 まるでスロー再生のようにゆっくりだ。


 辺りを見渡せば、仲間の兵士たちまでスローになっている。


「な、なにこれ?」


 まさかこれがスキル?


『〜〜〜〜』


「え? 聞き取れない」


 と、とにかくこれはチャンス!! 鞘を収めたまま剣を握る。

 本当に剣なのか? おもちゃみたいに軽い。

 よくわからないが、ゴブリンに振った途端、攻撃されたゴブリンはすごい速さで飛んでいった。

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