第58回 がんばれナーサちゃん

「アオコさん、頼みがあります」


 シーナの家で虫退治をした翌日、ナーサちゃんが我が家にやってきた。


「どうしたの、わざわざ」


「その、実は……」


 もごもごとするばかりで、一向に語らない。

 恥ずかしがっているのだろうか。

 え、なに、私まで緊張してきた。


 ていうかさ、なんでシーナ家はみんな私に頼る傾向があるの?


 見かねたリューナが代弁する。


「恋人のクレイピアちゃんとキスがしたいんだよね?」


「え!? キス!?」


 ナーサちゃんの顔が赤くなる。

 キ、キスゥ? そっか、もうそういう年齢か。

 反抗期だったりキスに興味津々だったり、立派な思春期じゃないの。


「それで、私になにしてほしいの?」


「作戦は考えてあるんです。今度のデートで悪いやつが襲ってきて、それを私が倒す。カッコいいところを見せて、ロマンチックな……ちゅー」


「なるほどね」


 性に関することになると途端に子供っぽくなるの、シーナそっくりだ。


「その『悪いやつ』の役を頼みたいんです」


「私に? いいけど……いつ?」


「今夜です」


 急な話だ。

 こういうところも親そっくり。


「いや今夜は厳しいよ。このあと昼から夜まで飲み屋の用心棒の仕事がある」


 私の新しい就職先だ。

 一生困らないだけの貯金ならあるけど、働かないのは退屈でしょうがないから。


 ナーサがしょんぼりと肩を落とす。


「そうですか……。アンリさんはそういう演技できないタイプだし、どうしよう」


「んー、わかった。知り合いを頼ってみるよ」





 そんなわけで、私はベキリア戦争以来の知人を家に招いた。

 細身の男性で、当時から現在まで伝令係を務めていた人だ。


「お久しぶりですね、アオコ殿」


「こんにちは。えっと〜」


「ウィンニスです」


「そ、そう。ウィンニスさん」


「話は了解しました。私に任せてください!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お疲れさまでしたー」


 仕事が予定より早く終わった。

 まだ日が暮れたばかりで、おそらくたぶんナーサちゃんはまだデート中だろう。

 確か、事前に聞いていたルートだと。


「あ、いた」


 褐色の肌の女の子と手を繋いで歩いていた。

 名前、なんだっけ?


「ナーサ、今日はとても楽しかったわ」


「ま、まだ時間あるけど、このあとどこに行く? クレイピア」


 クレイピアちゃんらしい。


「うーん、そろそろ帰らないと」


「家まで送るよ。どこにあるんだっけ?」


「大丈夫、一人で帰れるわ」


 このままだとデート終わっちゃうけど、ウィンニスさん何しているんだろう。

 うーん、どうせ間に合ったんだし、私が悪役をやるしかないか? 顔を隠すものがあればいいんだけど。


 とそのとき、一匹の黒い犬がナーサちゃんたちに向かって走ってきた。

 ウィンニスさんだ。

 彼は犬に変身するスキルを持っているのだ。

 もちろん、彼が悪役を演じることはナーサちゃんには伝えてある。


 ウィンニスさんがバチクソに吠えだす。

 そりゃあもうヨダレだらだらで。マジで襲いかかるんじゃないかってくらいに。


「きゃっ、ナーサ怖いわ」


「私に任せろ。すぐに追い払ってやる」


 ナーサちゃんが護身用の木剣を抜いた。

 いけ!! アンリに教わった剣術をカッコよくみせつけてやるんだ!!


「ぐるるるるぅ……ワンワン!!」


 迫力がありすぎる演技に、ナーサちゃんがビビってる。


「くっ、うおおお!!」


 剣を振った!!

 大丈夫、ウィンニスさんは軍人、軽くかわしてそのまま逃げるさ。


「ていっ!!」


 ウィンニスさんが回避する。

 よし、怯えたフリして逃げ……。


「ワン!! ワンワン!!」


「こ、こいつ!! おりゃ!!」


 あ、またかわした。


「ワオオオオオン!!」


 ウィンニスさんがナーサちゃんを押し倒す!!


「ガウ!! ガウガウガウ!!!!」


「ひっ!!」


「グアアアアウッッ!!」


 あの、ウィンニスさん。

 演技に熱が入りすぎてませんか?

 ナーサちゃん涙目ですよ。クレイピアちゃんも腰抜かしちゃってます。


「マ、ママ……」


 この状況、一応、ナーサちゃんでも倒せないこともない。

 リューナ曰く、彼女もシーナのようにスキルを無効にする力がある。

 ウィンニスさんに触れてスキルを無効にすれば、人間の姿に戻るはずなのだ。


 しかし悲しいかな、シーナの『神に選ばれし者ファートゥム・レクス』のように無意識化においても無効にできるわけではなく、任意で無効にするしかない。

 つまり、意思を持ってスキルを発動するしかないのだ。

 恐怖で頭がぐるぐるしているこの状態じゃあ、無理だろう。


「しょうがない。カエルム」


 時間を遅くしたあと、ウィンニスさんを抱き上げ移動させる。

 そしてスキルを解除。


「はっ!? 私はいったいなにを……」


「ウィンニスさん、今後転職するにしても役者にはならないでくださいね。人殺しの役とか貰ったら大惨事なので」


 一方、ナーサちゃんたちは。


「あれ? 犬は……」


「よかった、ナーサ!! よくわからないけど、追い払ってくれたのね!!」


 クレイピアちゃんが泣きながらナーサちゃんに抱きついた。


「え? え? あ、うん!! 目にも留まらぬ速さで逃げてったよ!!」


「流石だわ。とってもカッコよかった」


「クレイピアのためだしね」


「ナーサ……」


 お、良いムード。

 ウィンニスさんと一緒に物陰に隠れて、二人の様子を見守る。


 見つめ合う乙女たち。

 そしてーー。


 ふふ、若い子のロマンチックなシーンって、キュンとするね。

 おめでとう、ナーサちゃん。

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