第8回 スローライフを目指して
「では、トキュウスが発する節税策に賛成の者、挙手を」
議事堂で、シーナさんと共に議会を見守ることになった。
元老院は誰一人として手を挙げない。
「反対の者、挙手」
また、誰も手を挙げない。
これがいまの元老院らしい。
賛成も反対もせず、角が立たないよう安定と保身のために生きる置き物。
この国は石ころが政治をしているのだと、シーナさんは酷評していた。
「待ってください、このままじゃカローの人々はーー」
「黙れトキュウス。執政官とはいえ、我々に歯向かうなど許さんぞ」
「国民同士で略奪が起きるほど、税がみんなを苦しめてーー」
「知るか!! いずれどうにかする、それまで待っておれ!!」
「くっ……」
もっと食い下がってもいいのに。
相変わらずだな、トキュウスさん。
一方、不正をして二人目の執政官になったクロロスルにしても、
「では、魔獣軍との戦争で得たやつらの住処、丸ごと私にくれる件については」
元老院はまたしても、どっちつかずな態度を取った。
「私欲のためではない、開拓すればカローのためにもなることです」
「まだ決めるときではない」
元老院の過半数が賛成しなければ、案は通らない。
これにはクロロスルにしても不満を抱いているようで、元老院の超えた中年男性やらハゲた老人たちを冷たい眼差しで睨んだ。
「そんなことより、今夜の食事会の話をしないか諸君」
元老院たちが拍手する。
何なんだこいつら。
権威にあぐらをかいて職務を全うしようともしない。
性根の腐ったデクの坊ども。
「アオコ、ちょっといいか?」
シーナさんに連れられて、議事堂を出る。
「酷いもんだろ」
「正直ドン引きです。……執政官になるって言ってましたけど、どういう意味なんですか? トキュウスさんと代わる、とか?」
「いや、父上はそのままだ。後々法務官になってもらうためにも、きちんと任期を全うしてもらいたい。……私は、三人目の執政官になるのさ」
「え? 執政官は二人まででは?」
クロロスルの前に執政官だった人は、彼の代わりに小さな属州の領主になったという。
「なるさ、三人目に。だから君の力が必要なんだ」
シーナさんの瞳の奥が熱く燃えている。
とても浮気バレの危機で狼狽えていた今朝とは別人の、凛々しい顔つき。
それと同時に感じる冷淡なオーラが、ときどき怖い。
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議会が終わったあと、シーナさんはトキュウスさんと共に、クロロスルを呼び出した。
「どういうつもりかな、親子二人で」
「クロロスル殿、単刀直入に言おう。……私が三人目の執政官になる手助けをしてくれないか?」
「正気か小娘? おいトキュウス」
トキュウスさんが強く頷いた。
「シーナの力が必要なんだ。このまま元老院を甘やかしていれば、お互い先に進まない。執政官になった意味がない」
「……まあ」
「シーナの能力はあなたも認めているはず。いまこそ三人で力を合わせ、元老院を懲らしめよう」
「その後は? キミら二人の天下になるが?」
シーナさんが「問題ない」と呟くと、クロロスルに耳打ちした。
なにを言ったかはわからないが、彼の口角がいやらしくつり上がる。
「良い条件だが、それだけか?」
途端、シーナさんが纏うオーラが変わった。
電気のように、触れるもの全てを焼いてしまうほどの威圧感。
「図に乗るなよ、クロロスル」
シーナさんは腰の短剣を抜き取ると、躊躇いなくクロロスルを突き刺した。
殺してしまった? しかし、悶えるクロロスルの体は少量の出血のみを残して、ぴんぴんしている。
「く、小娘……」
「貴様がこの程度で死なないことは見当がついてる」
じゃあ、これがクロロスルのスキル?
まだ謎が多いけど、回復に関する能力なのか。
「あまり私たちを舐めるな。手柄の横取りに目を瞑ってやったこと、恩だと思え!!」
「ふん、反論の余地がなかっただけだろ」
「我が軍を引き連れ、族滅させてもよかったんだぞ」
「……ちっ、わかったよ。相変わらず怖い小娘だ。その条件で手を打とう」
あんなに怒ったシーナさん、初めてみた。
私の代わりにクロロスルを痛めつけてくれて、ちょっとスッキリ。
それにしても、条件って何なんだろう……。
シーナさんに訊ねてみたが、答えてはくれなかった。
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それから家に帰ったあと、私はシーナさんの部屋に呼ばれた。
「道は開けた。あとは話した通り、やれるな? アオコ」
クロロスルと会う前、シーナさんは私に頼み事をしていた。
耳を疑いたくなるような、頼み事。
「……本当に、しなくちゃいけないんですか?」
それは、元老院への暴行。
私のスキルを用いれば隠密行動も奇襲も容易。故に力で脅し、屈服させようというのだ。
シンプルであるからこそ、最も効果的な方法。
下手な賄賂も裏回しもいらない。この家は大勢の雇われ軍人を抱えているから、真正面からやり返すこともできない。
だけど、そんなの、私の目指すのんびりスローライフとは正反対すぎる。
そもそも人を殴るなんて無理だ。戦争では敵が獣だったからまだ叩けたけど、人は……。
「やってくれアオコ。元老院を変えなければ、国民は不満で立ち上がるだろう。救世主として、国の平和のために、穏やかな日々を作るために」
反乱が起きて政治基盤が崩れたら、他国に隙を見せることになる。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
そう後押しされて、私は頷いた。
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寝室に戻ると、ライナはまだ起きていた。
ランプに火を灯し、なにか書き物をしていたようだ。
「なにしてるの?」
「日記を書いてるの」
シーナさんからの指示、ライナが聞いたらどう思うだろうか。
相談したい。やらなくていいと言ってほしい。
「あのさ、ライナ」
「ん?」
ダメだ、ライナに余計な心配をかけるわけにはいかない。
これは私とシーナさんの問題なんだ。
一度やると頷いた以上、責任をもってやり遂げるしか……ない。
「アオコちゃん、こっちに来て」
「う、うん」
引き寄せられるように近づくと、ライナが私を抱きしめた。
「ごめんね、考えてること読んじゃった」
「思考が読めるの?」
「私が特別だと思っている人にだけ、ね。私のスキルには、そういう能力もあるから」
じゃあ、私がさっきまで考えていたことも……。
「嫌な選択だよね。けど、ごめん。私は、姉上様の味方にしかなれない」
ライナの腕の力がぎゅっと強くなる。
止めてくれなかった事実が、虚しい。
「シーナさんが好きなんだね」
「姉上様は、小さいときからずっと国のことを想っていた。可能な限り貧しい人を救いたい、農民を苦しめたくない。戦争を避けたい。……そのためにたくさんのことを学んで、たくさんの人と仲良くなって、そのぶん、辛い思いをしてきた。私はそれを、間近で見てきたから」
「すごいね」
「あの人はいずれ、この国の頂点に君臨されるお方」
「……」
「でもね、私にとってはアオコちゃんのことも大切なの。私の……はじめての友達だから」
「え!?」
「私も、私なりに勉強ばかりしていて、同世代の子とは、あまり……」
胸の奥が熱く燃える。
嘘なんじゃないかって無粋な疑いが、真実であってほしいという願望にかき消されていく。
私と同じ、友がいなかった人生。
その共通点に、救われた気持ちになる。
「どんな話も聞くし、アオコちゃんのためならなんでもする。アオコちゃんが、少しでも楽になれるように」
だから、シーナさんに協力しろ。
なんて、言われなくても伝わってくる。
「ありがとう。……わかってるよ」
ライナはシーナさんを支えようとしている。
私は、ライナのために生きようと決めた。
なら、後戻りなどできやしない。
私のすべきことは、変わらない。
「うっ」
瞬間、ライナが苦しそうに胸を抑えた。
唇も青くなっていて、ただ事ではない。
「ど、どうしたの!?」
「平気。すぐ収まります」
ライナ、本当だったらずっと横になって安静にしておいたほうがいいのに、国が心配でそれどころじゃないんだ……。
「本当に大丈夫なの?」
「よくあることだから」
ライナの体を支え、ベッドに寝かす。
これが終わったら、今度こそのんびりスローライフを実現してみせよう。
そこでこの子と、平穏に暮らすんだ。
なんの不安や心配もない自由な生活を、作ってみせる。
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