次の予定を決めるようです
「おお……ようやく……」
クロウシが何やら目を潤ませつつ、ほぅと吐息を漏らす。
刀の柄を持ち、目の前に掲げながら。
その柄の先には鈍い銀色に輝く、弓なりに反った刀身が繋がっていた。
「戻ってきてくれたなぁ……我が愛刀『酔鯨』ちゃん……。おお、よしよし、寂しかったろう……ごめんなぁ……」
クロウシはそう言うと、慈しむようにその刀身を撫でていた。それどころか頬擦りまでしている。猫撫で声で語りかけながらである。
それほどまでに大事な愛刀。それを借金のカタに取られ、今日ようやくこうして取り戻すことが出来た。
それを思うと、こうして人目もはばからず感慨に耽ってしまうのも無理はないのかもしれないが。
「キモい……」
その様子を見ていたスタルカが眉をひそめ、不快感も露わにぼそっとそう呟いた。
カティもクロウシに呆れた目を向けながら、心中で密かにそれに同意。
自分の得物に対する愛着はわからないでもないが、いくら何でも限度というものはあった。
何より、ここは昨夜の三人しかいなかった街外れの森の中ではない。
今は昼時の客でごった返す食堂、『金熊亭』の一角である。
店の中でいきなり抜き身の刃を見せるどころかそれに頬擦りしている。そんな様子のおかしい男に対する他の客からの視線はかなり生ぬるく痛々しい。
比較的目立たない席に通してもらったからまだマシとはいえ、だ。
ただでさえ色々な意味で目立たざるを得ない三人組だと言うのに、これ以上人目についてはたまったものじゃない。
「おい、やめろ馬鹿。いいからもう黙って飯食えアホ」
「へんたい……さいあく……」
「いや、辛辣すぎない!? い、いいじゃねえか少しくらい! 故郷を出てから今までずっと一緒に戦い続けてきた相棒との再会なんだぞ!」
ジトっとした目を向けながら諫めるカティとスタルカ。
それに対して、クロウシは刀を胸に抱いて庇うようにしながら抗議してくる。
「それに、あんたらにゃわからねえかもしれねえが、とんでもねえ名刀なんだぞコイツは! 一族の家宝だったんだ! それがこんな異国の果ての、刀の価値もわからねえ奴らに買い叩かれそうになって……。うう、あまりにもかわいそうでしょうが……!」
「首が回らなくなった挙げ句に取り立てられたのはお前の自業自得じゃねえか。それに、
フンと鼻を鳴らしながらカティはそう言って、クロウシを睨みつける。
睨まれたクロウシの方はさっと顔を逸らしていた。聞こえないとでも言いたげな表情で。
「だから、だ。今後はオレの言うことはしっかり聞いてもらうぞ。口答えはなしだ。お前は黙ってオレに絶対服従すること。肩代わりしてやった借金分しっかり奉仕するんだ、いいな?」
「へいへい、わかってますけどね……」
クロウシは渋々といった感じでそんな返事を寄越してきた。仲間になったというのに、まったく食えない態度である。
しかし、それでも言われたとおりにとりあえず刀を鞘に納めて直すと、中断していた食事に手をつけ始めるようだった。
その前に置かれているのはパン、野菜のシチュー、腸詰めや塩漬けなどの肉類、茹で野菜、豆の煮込み。
典型的な金熊亭の昼の定食メニューである。かなりのボリュームがあり、肉体労働者である冒険者向けと言える。
デカい皿一枚にドンと盛られたそれらをガツガツと食べ進めながら、クロウシがカティへ問いかけてくる。改めて、という風に。
「そんで、具体的に俺はどう働けばいいわけよ? もちろん、アンタに
クロウシはそう言いながら、食べるのに使っていたフォークでカティの方を軽く指してきた。行儀が悪い。
「〝冒険者〟って仕事だけなら俺も知ってるが、実際なったことはねえ。ずっと逃げ隠れする放浪生活だったからな。他人とパーティー組むのだって初めてだ。だから、一体何をどうするもんなのかさっぱり見当もつかねえ。そいつはちょっと心許ない気分にもなるさ。なんで、この後どうする予定なのかくらいは聞いときたいんだけど」
クロウシのその言葉を聞いて、スタルカまでもが無言でカティの方を見つめてきた。
クロウシの相変わらずふてぶてしい態度に眉をひそめながらも、ちょっとだけ不安そうな表情。不本意ながらクロウシと同意見らしい。
そんな二人分の視線を受けて、カティは自分の食事を一旦中断する。
「そうだな……」
しばし思案するような顔をした後で、
「うん。飯食い終わったらまず、
とりあえず、今はそう言っておくことにした。
「人に会いに行く。お前らも連れてな。悪いヤツじゃねえから安心しろよ。ひとまずはそれが次の予定だ」
その言葉に、クロウシはまだ多少怪訝そうな様子ではありつつも、一旦引き下がることにしようだ。
「へいへい、じゃあ今はそれでいいですよ。いいんですけど……。ところで、あんたさ……」
しかし、その後で何やらまだ言葉を重ねようとする素振り。
一体これ以上何が気になるというのか。食事を再開したカティが小首を傾げると、クロウシはこう言ってきた。
「いくらなんでも食い過ぎじゃね……?」
クロウシが少々引き攣り気味の顔で送ってくる視線の先。
そこには空になった昼食の皿が何枚と積まれていた。無論、全部カティが綺麗にたいらげた分である。
クロウシはどうもこの一枚分にまあまあの満腹感を覚えながら食べ進めている途中らしい。
スタルカに至っては店に頼んで一回り小さな皿とそれ相応の量に減らしてもらっていた。それでもまだ半分以上残っている。
その間に、カティは食べているのか飲んでいるのかわからないような勢いでそれだけの量を食べ尽くしていた。
店中の奇異の視線をこの席の三人が集めてしまっているのは、確実にカティのこの異常な大食いっぷりのせいでもあるだろう。組み合わせの珍妙さやクロウシの奇行だけでなく。
だが、カティ本人にはまったくその自覚はなかった。
クロウシにそう指摘されても不思議な顔をしたまま食べ続け、また皿を一枚空にして横に積む。
「そうか? 親父、おかわり!」
厨房の方から、もはや半分悲鳴のような「了解」の返事が飛んできた。
その言葉にクロウシとスタルカは仲良く目を丸くしながらカティを見てくる。いや、クロウシに至っては何だか不気味なものを見るような表情だが。
さらに、その二人どころか、先ほどから突き刺さってくる周囲の視線はクロウシのそれを何倍にも増幅させたものだ。
しかし、カティはまったく気にしない。
食える時に食えるだけ食っておく、これもまた冒険者の鉄則。そんな基本に忠実なだけだ。
まあ、自分の中の〝食えるだけ〟という基準に底がなくなっていることは半分忘れてしまっているのだが。
だから、カティは優雅に微笑みながら二人にもこう言ってやる。
「お前らもどんどんおかわりしていいからな」
二人とも仲良く真顔でブンブンと首を横に振ってきた。
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