あの時のようです

「しかし、今まで誰にも踏破されたことのない難攻不落の古代迷宮っつっても、案外大したこたぁなかったな!」


 豪快に飲み干して空になった木製のジョッキ。それを卓に叩きつけながら、大声でそう言い放つ筋骨隆々の男。

 短く刈り込んだ金髪に、厳つい顔つき。頑丈さと腕力こそが取り柄だと声高に主張するように鍛え上げられた肉体を持つ、巨躯の戦士。

 何を隠そう、これこそが以前のカティ・サーク――もとい戦士サークの姿であった。


「オイ、親父ぃ! 酒、おかわりだ! ああ、いい、いい。もう注がずに瓶で寄越せ、そのまま飲むから」


 サークは店のカウンターに向けて叫ぶようにそう注文する。

 外見から受ける印象をまったく裏切らない、何ともがさつで豪放な振る舞いであった。


「そんで、なんだっけ、あの迷宮の名前? たしか、らく……いや、わく……?」

「『落胤らくいんの迷宮』。もう攻略した迷宮の名前も忘れてしまったんですか?」

「そうそう、それそれ。落胤だ」


 ほどほどに酔いが回ったせいか、普段より頭の回転が鈍くなっているらしいサーク。

 その様子に苦笑しながら、眼鏡をかけた聖職者のサンタが落ち着いた声でそう教える。


「落胤ねぇ……変わった名前だよな。一体どういう意味なんだか」

「噂によると、その最深部に眠る『秘宝』を手にすれば神に並ぶほどの存在になれるのだとか。だから、『神の〝〟とし〝たね〟が眠る遺跡』という意味で『落胤』と呼ばれているらしいですよ」


 まあ、完全に真偽の怪しい眉唾な話ですけどもね。

 サンタはサークにそう説明する。


「言われてみれば、迷宮ってよりは何かの遺跡っぽかったよな、あそこ」

「ええ、確かに。中身はしっかり迷宮でしたけども、内部の雰囲気はそんな感じでしたね。我々よりも古い文明が遺したものなのか……。そう考えると、『秘宝』の話もあながち出鱈目というわけでもないのやも」

「まあ、そんな御大層なものが眠ってる割にゃ本当に大したことなかったな。俺らにとっちゃあ」


 サークは上機嫌にそう言って笑うと、運ばれてきた酒瓶に直接口をつけて飲む。


「ちょっと、サーク。アンタ、迷宮の名前どころかアタシ達があれを攻略するのにどれほどの危険を冒して、修羅場を潜り抜けたのかも完全に忘れちゃったみたいね」


 眉をひそめながら、魔女のとんがり帽子をかぶった魔術師のカルアがそうこぼす。

 それは瓶から酒を飲むサークの行儀の悪さに呆れているせいか。

 それとも、今回の過去一番ハードだったと言い切れる冒険――それをそんな風に言ってのける増長ぶりに呆れているのか。


「特に、迷宮の守護者との戦い。ありゃ今までで一番ヤバかったでしょうが。アレと戦ってる間、何度死を覚悟したことか。結果的に勝てたとはいえ、今でも思い出すだけで身体が震えるわよ」

「だらしねえなぁ、カルア。あん時ゃ、オレがちゃんと守ってやってただろ? 敵の目の前で体ぁ張って攻撃を受け止めて、特にヤバいもんは絶対お前ら後衛までは通さなかった」


 サークはそう鼻で笑うと、その発達した大胸筋を自慢げに張ってみせる。


「身ぃ一つで敵の攻撃を引きつけて、耐え抜いて、仲間を守りきる。それこそが戦士の役割だからな。オレのおかげでお前らも戦いやすくなってたはずじゃねえのか?」

「ええ、ええ。おかげさまで後衛組は遠距離攻撃と後方支援に徹することが出来ましたよ。ありがたい話です」


 やれやれと呆れながらもサンタがそう同意するものだから、サークはますます上機嫌で調子に乗る。


「ハッハッハッハ! そうだろ、そうだろ! つまり、このパーティーの要はオレ! オレがほとんどの攻撃を引きつけて守ってやってるからこそ勝てたってわけだ! 誰も命を落とすこともなくな!」


 そう言って、ガッハッハと大きく笑ってみせるサーク。

 それに対してカルアはジトっとした目を向け、サンタは肩を竦めるばかりである。


 そんな会話のとおり、サークが加入しているこのパーティーはまさに今日、その難攻不落とされる古代迷宮を攻略してきたばかりであった。

 そして、最深部に眠っていた秘宝を見事に持ち帰ってきた。

 今はその快挙を祝し、馴染みの店で盛大な打ち上げをしている真っ最中だった。


 故にパーティーメンバーはそれぞれ達成感と酒に酔いしれ、有頂天になっていた。

 特にサークは元が酒好きな分誰よりも杯を空け、輪をかけて酔っ払っている。

 まあ、それも無理はないだろう。それくらいのことを自分達は成し遂げたのだ。

 今夜くらいは互いに羽目を外してもいいじゃないか。

 カルアもサンタもサークの増長ぶりをそこまで強く諫めようとはしない辺り、そう思って諦めているのかもしれない。


「――確かに、お前が敵の攻撃を一手に引き受けてくれているおかげで、同じく前衛に立つ俺の方もずいぶん動きやすくなっている。こちらに飛んでくる攻撃も格段に減っているだろう。防御や回避に割く意識が少なくて済む分、攻撃にも集中できている」


 しかし、パーティーのリーダーである剣士のアレクが不意にそう口を開いた。今まで一人静かに杯を傾けていた、その沈黙を破って。


「サーク、お前がこのパーティーで果たしている役割はとても大きなものであることは素直に認めよう。だが、お前一人の力だけで勝利しているわけでもないだろう? たとえばお前が一人だけで挑んで、あの迷宮の守護者に勝てるのか?」


 アレクはぎろりとサークに鋭い視線を向けながら言う。


「カルアの攻撃魔術と俺の剣技。それがなかったら、防御に徹するだけのお前ではダメージを与えることは難しいんじゃないのか? サンタの支援や回復なしに、敵の攻撃に耐え抜く自信はあるのか?」

「それは……」


 アレクの指摘に、サークは口ごもる。


「サーク、俺は何もお前を責めてるわけじゃない。お前の頑丈さや怪力――戦士としての力量は素直に認めるし、頼りにもしている。ただ、だからこそ、お前にも俺達を認めてもらいたいだけだ。たとえ酒に酔っての冗談や軽口だとしても、仲間を軽んじるような発言はやめろ」


 アレクは厳しくそう言い切る。


「いいか、俺達は互いを支え合うパーティーなんだ。誰か一人が突出しているわけでもないし、誰か一人が欠けても立ち行かない。全員が自分の役割を果たすことで、一つの強大な力として敵に立ち向かえる。これほど上手くそれぞれの歯車が噛み合ったパーティーもそういないだろう。俺はそう確信している。だからこそ、常に互いを信頼しあっていなければならない。それを――」

「――あー、もう! わかったわかった! オレが調子に乗りすぎた! 悪かったよ!」


 くどくどと説教じみた話を続けるアレク。

 それに耐えかねたようにサークがそう叫んだ。


「まったく、酒が入るとすーぐ固い話を始めたがるんだからいけねえよ、ウチのリーダーは」

「酒で口も態度も軽くなるよりマシだと思うけどぉ?」

「まあ、これはこれでバランスが取れていますよね」


 苦笑しながらそう言い合うアレク以外の三人。


「本当にわかったのか、サーク? 大体お前はいつもいつも酒を飲んでは揉め事を……」

「はいはい、わーってるわーってる! つまり、お前はこう言いたいんだろ?」


 どうやらアレクもこれで酒には相当酔っているらしい。

 トロンとした目でなおもくどくどと話を続けようとしてきた。

 それをサークは強引に遮って、言う。


「俺達は最高のパーティーだ! これからもずっと仲良くやっていこうぜ! 互いに感謝し、尊敬し合ってな! ……だろ?」


 アレクの方へ近づき、肩を組みながらサークは大声でそう告げた。


「実際、お前達がいねえとオレなんてただの頑丈で腕っ節が強いだけのデクノボウだってのはわかってるよ。確かに、俺達は力を合わせたからこそ、ここまでやってこられたんだ。感謝してるよ、いつもありがとうな」


 その後で、照れたように頬を赤くしつつもサークはそうこぼす。


「むぅ……まあ、そういうことだな……」


 サークのあまりにストレートな物言いに照れたのか、アレクもそう言葉を濁した。

 カルアもサンタも少しばかり顔を赤くして苦笑している。


 態度はがさつで、やや傲慢。

 少しばかり短慮なところもあり、すぐに調子に乗って人を呆れさせることも多い。

 だが、このシンプルで豪放磊落なサークの性格は長所でもあった。

 裏表がまったくなく、心の内をこうやってためらいなく愚直に示してみせるところは大抵の人間から好ましく思われていた。


「……それにしても、だ! ちょっと話ぃ戻すが、本当にその『神に並べる秘宝』ってやつなのかねぇ? あの迷宮から持ち帰ってきた〝コレ〟が」


 全員が少しばかり気恥ずかしくなってしまった――そんな雰囲気を払拭するように、サークが話題を変える。


「あっ、おい」


 そして、アレクが咎めるのも無視して荷袋を物色し、それを取り出した。

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