復讐を決意するようです
『この体は際限なく食い物を食える。まず、そういうことだよな?』
『ああ。恐らく外見の変化を一切拒絶するのではなく、底なしにした内部に変化をため込むという方法を取ったせいだろうが』
『……つまり、どういうことだ?』
『お前の体を不変には出来なかったんだろうってことだ。理由はわからんがな。だから、その代わりに疑似的な不変を目指した。容れ物の形を変えないために、中を底なしにしたんだ。袋の中にものがいくらでも入るなら、袋が膨らんだり破裂することはないだろう? 簡単に言えば、そういうことだよ。全部憶測だけどな』
『なる……ほど……? ……まあいい、とにかくそういうことだとして……。しかも、お前はこうも言ってたよな? オレの体は、この外見のまま内側で際限なく成長するって』
『ああ。内部を底なしにしたんだから当然そうなる。馬鹿ほど物を食えば太るのが摂理だし、その体はそんな摂理に逆らっているわけじゃない。太るという一種の成長――変化が外見に反映されず、その内側だけに溜め込まれていくんだ。ほぼ無限にな。やろうと思えばほとんど永遠に太り続けられるんじゃないか、体の内側でだけだが』
『……じゃあ、それは体を鍛えるのも同じってことだよな。これもいわゆる成長、変化の一つなんだから』
『……確かに、そうかもな』
『ってことは、だ。まずオレは無限に飯を食い、それを栄養として取り込める。さらに、その膨大な栄養を筋肉の成長へ回すことが出来る。体を鍛え続けている限り』
『まあ、そうなるのか……?』
『そして、筋肉は鍛錬によってズタズタに傷つき、そこから回復する時に成長するものなんだ。だとすると、もしもオレの異常な自己回復能力がその傷ついた筋肉も恐るべき速度で修復させるとしたら……?』
『……させるとしたら、なんだ?』
『もしかして、筋肉をすげえ速さで成長させられるんじゃねえのか……!? その成長に必要な栄養もオレは無限にため込んでおけるんだからな。そして、その成長自体も限界が取り払われているってことは……!』
☆★
とにかく食べまくり、鍛えまくれば、この体は恐ろしい速度で、際限なく筋肉を発達させていくはずだ。
通常ではありえない速度で、限界を超えて肉体が強靱になっていくはず。
それこそがカティの考えついた、脳筋にも程がある〝仮説〟であった。
まあ、理論的にはありえないことではない。
それはシュリヒテも素直に認めるところであった。
しかし、理論上可能だからといってじゃあ実践できるのかというと話は違う。
鍛え続ければ恐ろしい速度で際限なく成長するとはいうが、まずそのペースで自分の肉体を鍛え続けられる人間など普通はいない。
誰が一日中、ほぼ全ての時間を鍛錬に費やす生活など続けられたりするものか。肉体の前に精神が限界を迎えるはずだ。
食事についても同様だった。
食べれば食べるだけ筋肉を成長させられるとはいえ、ひたすら大量の食物を体に詰め込み続けるというその行為に耐えられる人間はいないだろう。
大体、どこにそれだけの食料もあるというのか、調達からして至難の業だ。
だが――。
「…………」
シュリヒテは眉根を寄せ、顔をしかめながらカティを見る。
ここに実際そんな途方もない、まさしく修行を超えた〝苦行〟としか言いようがないものをやり遂げてしまったヤツがいる。
一つの山の生態系が崩壊しかけるレベルでそこに棲む生き物を無差別に狩って、喰らい尽くした。
そうしながら、ひたすらに血の滲む……どころか噴き出るような鍛錬を続けたのだろう。
そして、その果てに――。
「オーガエイプのヌシまで単独で仕留めたらしいが――やはりどうにも信じ難いな……特に、今のお前さんの外見では」
「ふっふっふ……そう言われるかと思って、実はしっかり証拠も持って帰ってきたぜ」
お前にやるよ。色々世話になった分の返済代わりにな。
不敵に微笑みながらそう言うと、カティは懐をゴソゴソと探って一本の魔術スクロールを取り出した。
そして、シュリヒテへ向かってひょいっと投げ渡してくる。
「証拠? これが、か?」
受け取ったシュリヒテは、訝しげにそのスクロールを眺める。
それは特に何の変哲もない〝収納スクロール〟であった。
収納の魔術が書き込んであり、それを発動させることで異空間に物を収納することが出来る。
収納できる物の量や大きさはスクロールの品質に左右され、最上級のモノであればかなり巨大な物体であっても中に収められる。
そうして、スクロール一本分のサイズで持ち運べるようになる。非常に便利な道具であった。
その収納スクロールはシュリヒテが作成したものだった。
故に、自惚れるわけではないが品質は最高。一つの小屋くらいの大きさと量を収納可能だ。
シュリヒテは副業としてそういった魔道具や魔術スクロールを自作して道具屋に卸し、生計を立てていた(主な収入源がそれなのだからむしろ錬金術師の方を副業と呼ぶべきなのかもしれないが)。
その中でも特に収納スクロールは実入りのいい道具だった。
その機能を考えれば当然でもある。普通の冒険者はおいそれと手が出せないくらい高価で希少なものなのだ。
それを半年前、カティが山籠もりのために何本か持ち出していった。
もしもの時のための財産として作り置きしといた貴重な在庫をである。「ちょっと借りてく」という軽いことわり一つで。
大損失であった。このまま弁償されることもなく泣き寝入りになるのかと半ば諦めていた。
だが、カティは今その返済も兼ねてこれを寄越してきた。
恐らく中には相応の何かが収められているのだとは思うが。
「ああ、ここで取り出すなよ。上の裏庭とかで広げて確認しろ」
「なんだ、そんなにデカいものが入ってるのか?」
「うん、まあな。だってそれ、ヌシの生首だもん」
平然とそう言い放ってきたカティ。
それを聞いたシュリヒテは思わずぎょっとなる。
「このスクロールの中に入れて持って帰ってきたのか!?」
「うん。綺麗に首刎ね飛ばせたから、いい素材になると思ってさぁ。胴体の方はオレが全部食べちゃったけど」
マジかこいつ。シュリヒテはカティへそんな目を向けるしかない。
確かに、カティの言うとおりのモノが収められているのであれば、これで半年前の借りを帳消しに出来るだろう。それどころかお釣りまで返ってくる。
それくらい素材として貴重なシロモノだ。何十年と討伐されていなかったオーガエイプのヌシの頭部だなんて。
「…………」
どうやらカティは本当にオーガエイプのヌシを討ち果たしてしまったらしい。
こんな証拠を突きつけられては疑いようもない。
シュリヒテは畏れに近い感情と共に思う。
目の前にいる、少女の姿をした友人はそんなことを可能にするような強さにまで到達してしまった。
己の仮説の正しさを信じ抜き、実際にそうしてみせた。
それほどまでに、己の肉体を、筋肉を、鍛えて鍛えて鍛え抜いたのだ。
そんな、まさしく
この『世界で最も美しい姿になれる』という祝福を与えた存在も、まさかそれをこんな風に利用されるとは思っていなかっただろう。
奇妙な仕様を逆手に取った
しかし、いやはや、ここは素直に感服するべきなのか。それとも、呆れかえるべきなのか。
いずれにせよ、一つだけ確かなことは――。
「まったく……大した馬鹿をやり遂げてしまったようだな……。なあ、カティ・サークよ」
「おっ? なんだよ、褒めてくれてんのか?」
「ああ、褒めてる。お前さんの脳筋っぷりは俺の予想を遥かに超えていた。素直に敬意を表するよ」
「本当に褒めてるかそれ!? ……でもまあ、悪い気はしねえな。お前がそんなこと言うのも初めて聞いたしな」
そう言いながら、カティはにししと笑いながら両手でピースサインを作ってこちらへ突きつけてきた。
まさに勝ち誇るようなその態度。しかし、今の美少女の外見では憎たらしいどころかただひたすら可愛らしいだけである。
シュリヒテはそれを見て、何とも言えない微妙な気分になるしかない。
どうにも、この姿の
「はぁ……まったく……」
そして、何度目になるかわからない深い溜息を吐きながら、思う。
それでも、このまま完全に毒気を抜かれきってしまうわけにもいかない。
とりあえず、これで現状の確認は済んだ。
ならば、次は改めて
「――それで、どうするんだ?」
シュリヒテはどうにか気を取り直すと、そう率直に問いかけた。
腕を組み、カティへ真っ直ぐ鋭い視線を向けながら。
「……どうするって? 何がだよ」
対して、カティは逆にそう問い返してきた。
本当にわかっていないのか、それともはぐらかしているのか。
そのわざとらしい澄まし顔からは読み取れそうにない。
「目的としていたものを手に入れて、これからどうするつもりなんだと聞いているんだ。……いや、恐らくお前さんが手に入れたのは、
なので、敢えてシュリヒテは自分の方から切り込んでいく。
「以前のお前では鬼猿山のオーガエイプと単独で渡り合えるかどうかはギリギリってところだっただろう。ましてやそのヌシである個体なんて、お前がいたあのパーティーで挑んでも勝ち目は薄かっただろうな。だというのに、今のお前さんはそんな相手にたった一人で、真正面から挑みかかって討ち果たしたと言う……」
「…………」
「つまり、
ただ無言でその言葉を聞くだけのカティへと、シュリヒテは真っ直ぐに問いかける。
「それだけのものを手に入れちまって、お前さんは今後どうするつもりなんだ? その、ただの人間では手に余るほどの強さで、一体何をする?」
それをするのは自分の責任――〝役目〟であるとシュリヒテは思っていた。
シュリヒテが言ったように、もはや完全に人間を超越してしまった
その常軌を逸した力で、これから一体何を為そうというのか。
それを問わねばならない。
この〝人の理から外れた体〟を解析し、今のような怪物へと変貌するきっかけを与えてしまった者として。
「……そんなの、決まってんだろ」
シュリヒテのそんな問いかけに対して、カティは少しも逡巡することなく答えを返してきた。
まるで最初から用意していたかのように。
それ以外ありえないだろうと言わんばかりに。
その美しい少女の顔に歪んだ笑みを浮かべながら、カティは言い放つ。
「〝復讐〟だよ」
☆★
迷うことなくそう答えながら、カティは思う。
そうだとも。あの時からこれまで、全てをそのために費やしてきた。
この半年の山籠もりもそうだ。それを成すための強さ――力を手にするためだった。
そのために血反吐を撒き散らして、発狂しそうな激痛と回復を繰り返す、まさに地獄のような鍛錬を積んできたのだ。
たった一人で、孤独に山に籠もって。
全ては、あの時自分を切り捨てたアイツらに目に物を見せてやるために。
業火のような復讐心をたぎらせながら、カティは今一度思い返す。
この我が身を内から焼くような熱を絶やさぬために。
全ての歯車が狂ってしまった〝あの時〟から、ここに至るまでの経緯を。
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