この体の秘密のようです
「相変わらず、どんな外傷でもすぐに回復する。この自己回復能力は衰える気配がねえ」
カティはそう言うと、自分の横にある雑多に物が散らばった机をガサガサと漁り、小さなナイフを発掘する。
そして、文房具的な用途のための刃物だが十分に人の体を傷つけることも出来るそれを、カティはいきなり己の手のひらに突き立ててみせた。
それどころか、念を入れるように十字に切り裂く。
そして、血が滴り落ちる痛々しいその傷を、シュリヒテへ見せつけてきた。
しかし、その傷はみるみる内に塞がって閉じた。まるで時間を巻き戻すかのように。
後に残ったのはなんの傷跡もない白く美しい手のひら。
「まあ、このおかげで過酷な山籠もりの最中に何度か死にかけても無事に切り抜けられたんだがな」
「……当然だな。お前さんのその回復力では、滅多なことじゃ死ねないだろう。それこそ、首でも切り落とされない限りは」
何故か得意げな顔をしているカティへ向かって、シュリヒテはそう告げる。
そんな異常現象を目の前で見せられても眉一つ動かさず、平然とした様子で。
……いや、まあ、初めてそれを見せられた時は流石に多少驚いた。
だが、その体の解析を終えた今では見慣れたものだった。
さて、そうだとすると。
シュリヒテは今のカティの体について次に確認するべきことを考える。
さっきの自己回復力のようなわかりやすい実演――それが出来ない内側のことは、本人に直接問うしかないだろう。
「お前さん、さっき自分で認めていたな。鬼猿山の生き物の異常な減少は自分のせいだと」
それは、つまり――。
シュリヒテが続きを言う前に、カティはあっさりとこう答えてきた。
「ああ。オレが殺して、食った」
「……山の環境が激変するレベルで、か?」
「多分そうなんだろうな。山を下りた理由は食うものがなくなってきたからでもある」
まったく悪びれもしないでそう答えるカティに、シュリヒテは軽く溜息を吐く。
これで自分の解析結果の正しさがまた一つ証明された。
半年かけてとはいえ、山の生き物をほとんど狩り尽くして残さずたいらげてみせたらしいカティ。
だというのに、その外見は半年前から微塵も変化してはいなかった。
それだけの量を食べきっておきながら、太くもなっていない。かといって逆に細くもなっていない。
伸びも縮みもしていない。当たり前にそうなるはずの身体の成長がまったく見られなかった。
というか、そもそもこのスラリと細い少女の体にそれだけの量の食料が入るはずがない。どれだけ時間をかけたとしても不可能だろう。
だが、実際そうしてしまえるのが今のカティの体であった。
その体内には詰め込もうと思えばいくらでも食料が詰め込める。
食べようと思えば際限なく何でも食べられ、飲もうと思えば際限なく何でも飲める。
そして、その行為の結果はまったく外見に反映されることがない。
いくら食べても太らない。太った外見になることがない。
逆に、いくら食べなくても痩せたりすることもない。痩せた外見になることがない。
さらには、老いることもない。大人になることがない。
体が成長することも、衰えることもない。
そういった、〝今とは異なる外見〟へ絶対的に変化しない。
カティはいつまでもこの美しい少女の姿のままで生き続ける。
そういう風に維持される。完全に固定されているのだ。
先ほどの異様な自己回復能力も恐らくそのためのものであった。
この外見を絶対に変化させないためだ。
固定して、維持し続ける――そのために、体に負った外傷が跡形もなく完治するようになっている。
傷や欠損を、老化や成長と同じく身体の変化と判断しているのだろう。
この体はそういった類のものを一切拒絶するようにされていた。
つまりは、そんな風にして強制的かつ半永久的に今の体のままで外見も体型も何もかもを留められ続けること。
それこそが、シュリヒテの解析によって判明したカティの体の異常――その実体であった。
そして、一体何を目的としてこの体がそんな機能を備えているのかというと――。
「やはり、とんでもないな……その、『世界で最も美しい姿になる』という『祝福』は」
シュリヒテは改めて感心したようにそう呟く。
そう、まさしく今シュリヒテ自身が口にしたそれこそがその〝目的〟であった。
――世界で最も美しい姿になる。
カティは
そして、現在の姿になった。
艶めき、絹のように滑らかで、真っ直ぐに腰まで伸びた麗しい金色の髪。
細身ながらも均整の取れた、女性的で柔らかな体型。傷一つなく瑞々しい肌。
その体は十代半ばの少女なりの成育具合ではあるが、それ故に汚れのない清らかさを感じさせる。
さらに極めつけは、その相貌。
神が最上級のパーツを寸分の狂いもなく正しく配置したように整ったその顔は、ただひたすらに美しかった。そんな言葉で表すことすら陳腐に思えるほどに。
それでいながら、体と同じく少女特有の清楚なあどけなさと愛らしさをもそこに併せ持っていた。
完璧。まさしく完璧と評されるべき美少女。
それが現在のカティ・サークの外見であった。
今は山籠もりのせいで少々、いやかなり薄汚れてしまっているが、半年前はそれはもう比べ物にならないほどに綺麗かつ可憐であったのだ。
まあ、
とにかく、これが『世界で最も美しい姿』であると言われれば少なくとも誰も文句をつけることはないだろう。
そんな姿をそのまま留め置くこと。世界で最も美しいままでいさせること。
ここから何一つ欠けることもなく、何一つ足すこともない、完璧な美少女の姿で完全に固定してしまう。
それこそが、カティの体に備わった奇怪で異常な機能の目的。
それは、まさしく――。
「祝福だぁ? どこがだよ。呪いの間違いだろ、こんなもん」
カティは心底うんざりしているような声でそう吐き捨てた。
「いいや、それは間違いなく祝福だよ。ただし、あまりにも歪すぎて呪いと区別がつかないくらいのな」
シュリヒテは皮肉めいた口振りでそう訂正してやる。
実際、これは『祝福』と見做すより他なかった。
『呪い』のように相手に害を与えることが目的ではないというのが理由の一つ。
そして、もう一つの理由は
どうやらそうなっているらしいということまでは解析できても、どうやってそうしているのかはまるでわからなかった。
少なくとも人間の仕業ではない。こんなことが出来る人間など世界中どこを探してもいるはずがない。そう断定せざるをえなかった。
だとすると、後は
そう、たとえば聖職者達の扱う神から授かりし『奇跡』の力――それと同種のものであると。
「――――」
しかし――。
シュリヒテは無言で、訝しげに眉を顰める。
この祝福は単にそれだけを目的とした、言ってしまえば〝それしか出来ないもの〟であるはずだった。
祝福を授かった相手を『世界で最も美しい姿』に変えて、ずっとそのままの状態を維持するだけ。
そのための副作用的にほとんど不死身に近い回復力を得たり、不老に近い状態になれたりするようでもある。
だが、それらもまた極論してしまえばそれだけに過ぎない。
つまり、いくら不老不死に近いといっても結局のところその体は
全てが人間を超越した存在になったわけではない。
基礎的な能力は外見相応でしかない。体力も、腕力も。
恐らくほとんどの人間がそうなる前の姿と比べて肉体的には大幅に弱体化してしまうだろう。
代わりに得られるものと秤に掛けて、割に合うか合わないかは人それぞれかもしれないが。
だというのに――。
シュリヒテは今一度、カティがオーガエイプのヌシを仕留めたという事実へ向き合ってみる。
普通であれば天地が逆さになっても不可能なはずだった。こうなる前の
しかし、それを可能にするかもしれない方法が一つだけあった。
いや、それは方法というにも根拠の乏しい単なる〝仮説〟にすぎないもの。
その仮説を、半年前にカティが目の前で思いついた。自分の体に関する解析の結果報告を聞いた後で。
そして、その仮説を実証するために山籠もりをすると言ってカティは一人飛び出していったのだった。謎に自信満々な様子で。
あの時は、明らかに無謀だと思った。無茶だと思った。
相変わらず脳味噌まで筋肉で出来た馬鹿野郎だと思いながら、呆れ半分で見送った。
だが――。
「上手くいってしまった……そういうことか。お前の仮説は――」
「ああ、間違っていなかったぜ」
この体は、もしかしたら筋肉を鍛えるのに最適なのではないだろうか。
シュリヒテはあの時カティが神妙な顔で語り始めたその仮説をもう一度思い出してみる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます