友人と会うようです

 テイサハ。

 大陸の西端に位置する国家『ルアト』――その領土内、ただでさえ西にある国の更に西の果ての辺境地域にポツンと存在する街である。

 広大かつ過酷な自然に囲まれたルアトの辺境地域、その探索と開拓のための拠点として築かれたのが街の成り立ちだった。

 そして、現在も変わらずその役割を果たし続けている。


 故に、テイサハはその住民のほとんどが屈強な開拓民や冒険者達で構成されている。見ようによってはなんとも物騒な街である。

 辺境地域はその過酷な環境のせいで未だ人の手が及ばず、未開のままの土地や未踏破の迷宮ダンジョンが多い。それらに取り囲まれるようにして立っているのがテイサハの街だ。

 だからこそ、腕に覚えがありついでに野心を持った、もしくは大望を抱いた命知らずの人間が群がり、居着いているのだった。一攫千金や成り上がりを夢見るか、あるいは冒険と浪漫を求めて。


 そんな荒くれ者達の根城という印象が先に立つテイサハだが、その内部は意外にも整然と発展しており、独特の物々しさは漂うもののそれなりにまともな小都市の様相を呈している。

 人々は活気に溢れ、街中が冒険者達とそれを相手にした様々な商売を生業とする者達で毎日賑わっている。

 そんな街の雰囲気を好んで住み着いた、冒険者ではない普通の住人も少なくない。

 慣れれば刺激に満ちた面白い街だ――とまで言ってしまえるのは流石に変わり者の類であろうが。



           ☆★



 さて、その男はそんな変わり者の一人としてこの街に居を構えていた。

 名をシュリヒテ。職業は自称『錬金術師』。

 ボサボサの長髪を大雑把にまとめ、髭も適当に伸ばしっぱなし。

 丸眼鏡をかけて、適当でだらしない衣服の上に白衣を引っかけた身形。

 年中そんな格好の、ひょろりとした長身で壮年の男。

 自称の職業に相応しい胡散臭さを大いに漂わせる人間であった。


 普段は、街の一角にある何の変哲もない民家――それを自宅としており、その中に籠もりきりで滅多に外には出てこない。

 そんな生活なので、他者との交流もほとんどない。相当に偏屈な変人であった。


 しかし、その日はそんなシュリヒテ宅の扉を――。


「…………?」


 コンコンと、叩く音があった。

 いや、いつものように地下に籠もっていたシュリヒテの耳にその音が届いたことを思うと、そんな生易しい叩き方ではないかもしれない。

 もしやゴンゴンと殴りつけているのではあるまいか。

 そう訝しがりながら、シュリヒテは仕方なく作業を中断して上階へと向かう。


 地下から地上に上がると、予想どおり音はさらに大きくなった。

 ドアが壊れるんじゃないかという危機感をうっすら覚えつつ、シュリヒテは玄関へと急ぐ。


「わかった、わかった! やめろ! 今開ける! それともドア破って入る気か!?」


 とりあえず、ドアを叩き続ける音に負けないよう声を張り上げてそう返事をしてやる。

 まさか押し込み強盗じゃあるまいな。その可能性を少々疑ってしまいながらも、シュリヒテは鍵を外して扉を開けた。


「…………」


 そして、その向こうにいた誰かの姿を確認すると、怪訝そうに眉を顰めた。


 その誰かとは、少女であった。

 それなりに長身のシュリヒテに対して、ようやく彼の胸の辺りに届くくらいの背丈。

 そこから察するに年の頃は十代半ばといったところか。異様な程に美しく整ったその顔立ちも、どこかそんなあどけなさが残るものだ。


 そんな女の子が、全身を隠して目立たなくするように薄汚れたぼろ布を纏い、ドアの前に突っ立っていた。

 ぼろ布の奥にちらりと覗くその人間離れした美貌がなければその辺の物乞いと勘違いされそうな風体である。


「…………」


 さらに、少女は無言のまま、憮然とした表情でシュリヒテを睨みつけるように見上げてきていた。

 その美しい顔もこれでは台無しだろうと思えるようなふてぶてしい態度。

 突然の訪問客としてはまさしく珍妙かつ不躾にも程がある不審人物と言えた。あまりにも怪しい。

 少なくともおいそれと招き入れたくはないだろう、いくら顔だけなら見目麗しい美少女とはいえ。


「……帰ってきたのか」


 しかし、シュリヒテはその姿を見下ろしながらまずそう呟いた。問答無用で追い返したりはせずに。


 何故ならば、その少女は自分の知り合い――というより、数少ない友人であるからだった。

 自分の記憶が確かならそのはずだ。初めて知り合った時からずいぶんその外見が様変わりしてはいるが。


「……まあな」


 シュリヒテの言葉を受けて、少女の方もそう返してきた。

 透き通るように美しい、小鳥のさえずりを思わせる声。

 しかし、その口調は甚だぶっきらぼうなものだった。

 声に対して不釣り合いにも程がある。あまりの違和感にどこか薄気味悪さすら漂うようだ。


「久しぶりに見たが、相変わらず慣れないな……その姿。お前さんだと認識するまでにいくらか戸惑ったぞ」

「慣れねえのはこっちだって同じだよ。お前と違って、あれから毎日この姿と向き合い続けてるってのにだ。なんかもう、このまま一生馴染めないんじゃねえかと思っちまう」


 少女は吐き捨てるようにそう言うと、肩を落として嘆息していた。

 そんな憂いを帯びた姿すらなんとも可憐に見えてしまうのだからよくない。これを見れば誰もが胸を締め付けられ、その憂いを晴らしてやりたいと考えることだろう。

 うっかりシュリヒテもそう思いかけたくらいだ。本当にタチが悪い。

 シュリヒテは口には出さずに無言でそう考える。


「ところで」


 そんなシュリヒテをまたぎろりと鋭い目で見上げてきながら、少女が言う。


「お前はこんな姿形ナリした相手をいつまでも寒空の下で立ち話させておくつもりなのか? なあ、錬金術師さんよ」

「……そんな軽口が叩けるんなら、もうよっぽど馴染んでるだろ」


 なんともわざとらしい作り笑い――だというのに、まるで花の咲くような微笑みにも感じられるものを向けてきながらそう言い放つ少女。

 それに対してシュリヒテも肩を竦めて溜息を吐きつつ、とりあえずは横に退いて道を開ける。


「わかった。とりあえず入れよ、サーク。……いや、今は〝カティ〟と呼ぶべきだったな」


 そして、なんとも投げやりな態度ではありつつも、そう言って少女――カティを中へと招き入れるのであった。



           ☆★



 シュリヒテの自宅、その地上部分はほとんど使用していない、空き家同然となっている。

 代わりに、メインはその地下。

 そこにシュリヒテは上階の敷地以上の面積がありそうな空間を築いていた(方法は企業秘密である)。

 そして、その地下空間を『錬金術師の工房』と呼んでいた。


 確かに、そこは工房と呼ぶに相応しい怪しげな設備やら実験装置やらを備えた何とも不気味な部屋だった。

 さらに設備や装置に留まらず、奇怪な標本や分厚い書籍、資料の数々が棚にいくつも並べられている――どころか、そこにも収まりきらずに机や床へ乱雑に散らばっていた。

 おまけに地下にあるから当然なのだが、日の光が一切入らず常に空気はどこか陰気で淀んでいる。

 およそ堂々と人を招き入れられる場所ではない。そもそも居住空間としてもかなりよろしくない。


 しかし、シュリヒテ本人は好き好んでここで退廃的かつ不健康極まりない生活を送っていた。錬金術師としてのライフワークである、自分の知識欲を満たすための怪しげな研究に没頭しながら。


 なので、当然のようにカティをここへと通してやった。

 カティは相変わらずの工房の様子を見て少々げんなりしているようだったが、文句は言ってこなかった。長い付き合いで慣れっこなのだ。

 とはいえ、この工房へ上がり込めるほど親しい人間はごく僅かである。むしろ光栄に思ってほしいものだ。


 そんな取り留めもないことを考えながら、シュリヒテはひとまず愛用の椅子に腰を下ろした。

 そして、今一度カティの姿をジロジロと眺めてみる。


 カティはシュリヒテが(資料の山に埋もれていたのをどうにか発掘して)寄越してやった別の椅子にぼんやりと、気怠そうに座っていた。

 纏っていたぼろ布は流石に玄関で引っ剥がした。

 しかし、その下の女物の質素な衣服も薄汚れぶりは似たようなものであった。

 さらにボサボサでくすんだ金色の長髪。よく見れば肌も酷いものだ。

 異様な顔面の美しさでどうにか相殺してはいるが、まるで野生の獣のような有様だった。完璧な美少女であるその外見には似つかわしくないにも程がある。


 今更ながら先に風呂に入らせるべきだったなとシュリヒテは後悔する。

 というか、後で絶対にそうさせよう。無理矢理浴槽に押し込んででも。


 とはいえ、その風体からは同時に一つの事実が伝わってきた。


「……さて、お前さんが『山籠もりをする』と言ってここを飛び出してから、およそ半年くらいだが」

「へぇ、そんなに経ってたか」


 カティがさほど興味はなさそうな様子でそうこぼした。

 それに敢えて一々構うことはせず、シュリヒテは自分の言葉を続けていく。


「どうやら本当に、しかも下手すりゃついさっきまで、しっかりと山に籠もっていたらしいな……。その格好を見る限りでは」


 シュリヒテは呆れたような溜息を一つ吐いた後で、尋ねる。


「どこの山に籠もっていた?」

「あぁ? どこって……『鬼猿山』だよ」

「やっぱり、そうか……」


 その答えは予測していたとおりのものであった。

 なので、シュリヒテはさらに呆れの溜息を重ねる。


「なんだよ。それがどうかしたのか?」

「……この半年、恐らくお前さんのことを指しているであろう鬼猿山での噂が街を賑わせていた」


 たとえば、山の中で美しい妖精を見たとか。あるいは獣の死骸を食らう不気味な女の小鬼や、魔物を狩り殺す恐ろしい山姥を見たとか。


「しかも、それだけじゃない」


 鬼猿山では明確な異変が起こっていた。その山に棲む生き物の異常な減少。


「もしかして、全部お前さんの仕業か?」

「……ああ。どうやら、そうらしいな」


 心当たりはある。そう言って、カティはあっさりと認めてみせた。

 あまりのことに、シュリヒテは軽い目眩を覚えてしまう。なんとも俄には信じ難い。

 しかし、それでもまだ、重ねて問い詰めなければならないことがある。


「……その鬼猿山での異変に伴い、先だってギルドからその原因を探るべく調査隊が山へ派遣された。そして、這々の体で山から逃げ戻ってきた。驚くべきことに、オーガエイプのヌシに出くわした。その上、なんとも不運なことにそいつに襲われたのだと証言している」


 けれどまあ、奇跡的に全員がどうにか逃げおおせて無事下山できたらしいが。

 まったく他人事のような調子でシュリヒテは言葉を続けていく。


「しかも、その調査隊の一人――ある女冒険者はこんな報告をしているらしい」


 自分はヌシに追い詰められ、殺されかけた。

 しかし、その窮地を何者かに救われた。

 その何者かは恐るべき怪力でヌシを圧倒し、傷一つ負わずにあっさりとやっつけてしまった。

 そして、何も言わず逃げるように去っていった。


 たった一人でオーガエイプのヌシを討ち取った、ヌシを凌駕する怪物。

 あれは間違いなくあの山に巣くう怪異――山姥だった。

 そして、あれこそが今回の異変の原因だろう。


「まあ、その女冒険者は極限状態における恐怖のあまり錯乱し幻覚を見たのだろうと、今のところ話半分でその報告は処理されているらしいが……」


 そこまで言い終えると、シュリヒテはちらりとカティへ視線を向ける。

 それを聞くカティは相変わらずの澄まし顔であった。

 いや、不自然なほどの澄まし顔であると言うべきか。

 あまりにもわざとらしく素知らぬふりを決め込もうとしているように見える。こちらが呆れるほど大きく目を泳がせながら。


「これについての心当たりは?」

「…………ある」


 しかし、たっぷり言葉を溜めた後で、観念してそう認めてきた。


「つーか、そのヌシが調査隊を襲ったのも、元はといえばオレが取り逃がしたせいだったりする……。だけど、いいじゃねえか。結果的に調査隊は全員無事だった。殺されかけてた奴もオレが助けてやった。オーガエイプのヌシもオレが討ち取った。全て丸く収まってるだろ!?」


 それから、開き直るかのようにそう捲し立ててきた。

 とはいえ、そんな反応をするということは多少この事態に気まずさを覚えてはいるらしい。


「それに、鬼猿山からその異変の原因ってやつもこれで去ったんじゃないか。うん。だから、減っちまったっていう生き物もしばらくしたら元に戻っていくだろうさ。つまり、異変は全部無事解決! はい、この件はこれで終わり!」


 パンと両手を打ち鳴らし、カティは無理矢理そう話を締めようとしてくる。

 それを見てシュリヒテは大袈裟な溜息を吐いた。ついでに丸眼鏡を外して自分の眉間を軽く揉みほぐしたりなどする。

 そうすることで、どうにか自分を納得させるように。


「……まあ、こっちもそれならそれで構わん。元々あの山がどうなろうと俺に大して関係はないからな。それに、肝心なのはそこじゃない」


 そう言うと、シュリヒテはカティへと真っ直ぐ、鋭い視線を向ける。


「お前さんが本当にオーガエイプのヌシとやらを討ち取ったとするなら、だ。全部が全部、お前の〝仮説〟のとおりになった――そういうことか?」


 そう問われたカティはといえば、不敵な笑みに顔を歪めながらこう答えてきた。


「ああ。まさしく全部が全部、お前の〝解析〟どおりだったぜ――錬金術師シュリヒテ


 ――解析どおり。


「…………」


 そう言われて、シュリヒテはしばし無言で思い返す。

 およそ半年前、この姿に変わり果てた友人カティが助けを求めて工房にやって来た時のことを。


 ――この体のことを調べて欲しい。


 カティは真剣な様子でそう依頼してきた。

 「元に戻してくれ」ではなく、それよりも自分の体に起きている異常の正体が知りたいのだと。


 確かに、カティの体ではまさしく〝異常〟としか言いようがないことが起きていた。

 それ故にシュリヒテも大いに興味をそそられ、その依頼に応じたのであった。

 そうして、カティの体について判明した事実とは――。

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