ドラゴン退治に行くようです

 あっさりとそう言った後で、「しかし」と続けて、


「当然だが、お前達まで連れて行くわけにはいかねえ。昨日のゴブリン相手みたいな勝算があるわけじゃない、まあまあの死地へと向かっていくわけだからな。勝たせてやるどころか、お前達を守りきるのも難しいだろう」


 カティはそこで大きく溜息を吐いた。


「だから、今回はオレ一人で行く。お前達はシュリヒテが言ってきたように、出来る限り遠くへ逃げろ。そこまで付き合わせるつもりはねえ」

「一人で死ぬつもりかよ」


 憮然とした顔つきのままでクロウシがそうストレートに問うてくる。


「……死ぬつもりはこれっぽっちもねえよ。つーか、よほどのことがないとオレは死ねねえんだ。まあ、古竜とかいうのにも勝つ気満々だ」


 カティは安心させるように微笑みつつそう言った。


「ただ、お前達はそうもいかんだろうって話なだけさ。シュリヒテの話じゃ、テイサハには古竜だけじゃなくて他の竜もウジャウジャと集まりつつ迫っているらしいからな。命の保証なんてまるでねえ、最悪の戦場だ。わざわざそんなとこに自分から突っ込んでいく必要はねえだろう」


 カティの言うことは紛れもない事実であった。

 今からそんな場所へ向かっていくのに自分以外の人間を付き合わせるつもりがないというのも包み隠さぬ本心だった。


 それが伝わったのか、三人とも難しい顔で黙り込んでいた。

 いや、違う。一人だけ、それを聞いてもまったく表情の変わらない人間がいた。

 ややあってから、そいつが口を開く。


「――私も共に参りましょう。いえ、たとえあなた様が何を仰られようと、どんな場所であろうと、私は常にそうさせていただく所存です。私はカティ様の従者です。主人あるじの向かわれる場所には常に付き従う。それが従者の役目であり、私の使命でございます。あなたに仕える限り、二度とそれを違えるつもりはございません」


 頭を下げ、美しい礼を捧げてきながらブランがそう申し出た。


主人あるじの命令だって言ってもか?」

「常に盲目的に従うばかりが従者ではございません。時には客観的に主人あるじを諫めることも、の役割でございますれば」

「今がその時ってか? ……まあ、お前に関してはいいか。自分で納得してるってんなら、好きにしろよ」

「ありがたく賜ります、我が主人あるじ


 若干呆れたような溜息を吐くと、カティはそう許可した。

 ブランはそれに対して再度深々と頭を下げてくる。


「……さて、というわけだから、お前達二人はさっさと逃げろ。つーか、クロウシ、お前がスタルカを安全なとこまで逃がせ。まだ残ってる借金分、それくらいは文句言わずにきっちりやり遂げろよ」


 カティがそう言うも、二人はすぐには返事をしてこなかった。

 相変わらず難しい顔で黙り込んだまま、俯いている。


 しかし、やがてスタルカが顔を上げると、カティを真っ直ぐに見つめてきた。何やら意を決した表情で。

 口を開くと、


「私も……行く」


 力強く、そう言ってきた。


 しかし、カティは驚かない。

 それを予測していたかのように、冷静に応じる。


「ダメだ。さっきの話、聞いてただろ。クロウシはともかく、オレはお前だけは死なせたくないんだ、スタルカ」

「今なんか不穏なこと聞こえたんですけど……?」


 クロウシがそう口を挟んでくるが無視。

 カティはスタルカを真っ直ぐ見つめ返しながら話を続ける。


「お前のことが大事だ、スタルカ。短い付き合いだけど、もう本当の妹みてえに思ってる。だから、出来れば本当はこれ以上付き合わせたくねえ」


 そう言った後で、「これを言うのは非常に恥ずかしいんだが……」と頬を赤らめ、コホンと咳払いをしてから、


「お……お姉ちゃんの願いをどうか聞いちゃくれないか? スタルカ……」


 だが、それを聞いてもスタルカは折れてくれなかった。

 静かに首を横に振り、頑なな目のままで。


「……話を聞いてたから、そう言ってるんだよ。シュリヒテのおじさんも言ってたでしょう? どこへ逃げても、遅いか早いかの違いでしかないのかもしれないって。だったら、私は逃げるんじゃなくて戦いたい。私にはがあるんだもん」


 スタルカは「それに」と続けて、


「私は、お姉ちゃんみたいになりたいんだ。お姉ちゃんみたいに強くなりたいから、このパーティーで冒険者になるって決めたの。それなら、戦うべきでしょう? だって、お姉ちゃんがそうするって言ってるんだもん。だから、私も逃げたくない。立ち向かいたい。あなたみたいに強くなるためには、そうしなきゃいけないんだ」


 だから。スタルカは決意に満ちた目を向けてきながら、言う。


「お姉ちゃんが、もしも私を本当の妹みたいに思ってくれているんだったら……お願いです。妹の願いを、叶えさせて」


 これには流石のカティも言葉に詰まる。困ったように眉を下げ、矛盾に陥ってしまう。


 カティはスタルカを妹のように可愛く思っているから逃がしたい。

 だが、スタルカは妹のように可愛く思っているなら自分の願いを聞いて欲しいと言う。一緒に危険な戦いへ連れていって欲しいという願いを。

 スタルカを想うならどちらも選ぶしかない。しかし、当たり前だが一方しか選べない。


 どうしたらいいのか。悩み抜いた末に、カティは――。


「……わかった。連れて行く。こんな状況だ、オレの傍にいといた方が逆に安全なのかもしれん」


 そっちへ折れた。妹にとことん甘い姉である。まあ、中身は男なのだが。


「ありがとう、お姉ちゃん! 私、頑張る。私のためだけじゃないよ。シュリヒテおじさんや街の人達も心配だもん。助けたいって思ってるのは、お姉ちゃんと一緒だよ」


 スタルカはカティへと抱きついてきながら、やる気に満ちた声でそう言った。正義感にも燃えているらしく、張り切っている。

 カティは黙ってそんなスタルカを抱き締め返し、頭をぽんぽんと撫でてやる。


「そういうわけだが、お前はどうする?」


 そうしながら、今度はクロウシへ向かってそう尋ねる。

 問われたクロウシは腕を組み、悩ましい顔をしていた。


「……正直言うと、行きたくねえッス。昨日のゴブリンの時以上に。明らかに勝ち目の薄い戦いだ。本当なら昨日と同じくあんたと戦ってでも逃げ出すところなんだが……」


 何とも正直にそう告白してきた。

 カティとスタルカは抱き合いつつも一緒に白い目を向けてしまう。


「――だけど、チビ助に先にあそこまで言われた上で、逃げるわけにもいかんでしょ。そこのチビ助より圧倒的に強いこのクロウシ様ですよ。それが行かないとあっちゃあ、チビ助よりも弱いってことになっちまう。それは流石に、我慢ならねえってやつですよ。俺のなけなしのプライドにかけて」


 しかし、続けてそう言ってきた。

 何やらカッコつけている様子だが、正直その内容は全然かっこよくない。自分より年下の子供に張り合っているだけである。


「それに、シュリヒテのおっさんも知らない仲じゃない。見捨てるのも後味が悪いからな。助けに行きますよ、俺も。何より――」


 クロウシはそこでふと、真面目な顔つきとなる。


「折角ここまで逃げてきたんだ、これ以上また逃げることになるのはもう御免被りたいところでね」


 自嘲の笑みを浮かべつつ、クロウシはそう言った。どうやらそれが本音であるらしい。

 何だかんだでこの男も屈折した、複雑な精神こころをしているようであった。


 今までの態度には冷ややかな目を向けていたカティとスタルカも、それを聞くと再び真剣な顔つきへと戻った。

 今度ばかりはクロウシも逃げないらしい。その事情があると理解したから。


「――よっし。そういうことならそれでいい、了解だ」


 スタルカから身を離し、カティは言う。


 とにもかくにも、全員の意見はまとまった。覚悟も決まった。

 カティは拳で自分の手のひらをパンと打ちながら、宣言する。このパーティーのリーダーとして、次の目的を。


「行くぞ。今度はこの四人で〝ドラゴン退治〟だ」


 その言葉に、各々が力強く頷きを返してきた。

 カティも頷き返し、準備のために全員が駆け出す。


 本日の予定はドラゴン退治。標的は――古竜。

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