悪い報せのようです
村からテイサハまでは普通なら半日。
カティ達はそれを可能な限り縮めるために、必死に馬を飛ばして駆けていた。
それでようやく間に合うか間に合わないか、ギリギリのところだろう。古竜と竜の軍団が街を壊滅に追い込む土壇場――そこへの乱入には。
駆ける馬は三頭。それぞれ、カティ、ブラン、そしてスタルカとクロウシの二人乗りである。
四人の中で乗馬の心得がないのはスタルカだけであった。
なので他の誰かに乗せてもらうしかない。
スタルカは頑なにカティとの二人乗りを主張していたのだが、無理だった。
カティは重い。装備の大戦斧も重ければ、本人の体重も異常だった。見た目には表れないだけで。
だから、どう頑張ってもカティ一人しか馬は運べない。仕方なくこんな振り分けとなった。
意外なことに、この中ではクロウシが一番馬の扱いに長けていた。
だからこそ二人乗りを命じられたのだが、スタルカはそれを聞いて絶望的な顔をしていた。
今もひたすら憮然とした表情でクロウシの前に座り、馬に揺られている。クロウシも納得はいってない顔のようだが。
そんなゴタゴタがありつつも、一行はとにかく出発した。
カティ達は限界まで馬を飛ばす。村から勝手に持ち出した馬だったが、まあ緊急事態なので許されるだろう。
その甲斐あってか、普通よりも遙かに早いペースで街へと近づいていた。
これなら間に合うかもしれない。
そう思い始めて、ようやく街が見える。この小高い丘を越えれば。
そんな場所まで差し掛かった時であった――。
「――――ッ」
丘を登りきり、街が見えたところで四人は思わず馬を止めてしまった。
テイサハの街は、その丘から遠目に見えただけでも衝撃的な有様となっていた。
まず、とんでもない数の
街のそこかしこで火の手が上がっているのか、煙がもうもうと空へ立ち上っているのも見える。
どう見ても竜の軍団に攻め込まれて陥落寸前の様相である。
さらに、その向こうにはうっすらと巨大な竜らしきものの姿が見えている。
途轍もない大きさ。明らかに他の竜とは異質な雰囲気。
そいつの周囲を飛竜や地竜が取り囲んでいる。その巨大な竜がそれらを従えているかのようであった。
あれが〝古竜〟だろう。間違いなく。
その姿は、全身の鱗がやけに光を反射しているらしく、薄白く発光して見えている。だから、こんな遠目にもぼんやり確認できるほど目立つのだと思われた。
古竜自体はまだ街までは到達していないようだが、それも時間の問題だろう。
少なくとも、ここからカティ達が全速力で街まで到達したとしても間に合うのかどうか。
いや、それ以前にあれだけの竜の群と、あれほどの圧倒的な威容を誇る古竜相手に果たして戦いを挑んでどうにかなるのだろうか。
しかも、わずか四人だけで。
一行が足を止めたのは、一瞬そう考えて竦んでしまったからなのかもしれない。
馬を止めて、四人と三頭は呆然と立ち尽くす。
ここから先へは、もう一度覚悟を固めなければ進めない。
そう思ったのだろうか、スタルカとクロウシはカティの背中へ縋るような視線を向ける。
だが、カティは街を見つめたまま、固まったように動かない。一体何を考えているのだろうか。
他の三人は、ひたすらそんなリーダーの号令を待つ。それがなければ迂闊に動けそうにはなかった。
そんな時――。
「――……おい、おい! 聞こえるか、カティ!」
カティの肩に乗って必死な形相でしがみついたままだったネズミが、再び喋り始めた。
三人が驚き、ネズミへ目を向ける。
「シュリヒテ! お前、無事なのか!?」
もちろんカティも驚きながらネズミにそう問い返す。
肩から引っ剥がすようにして手に乗せると、目の前に持ってきながら。
「まだ、どうにかって感じだがな……。そっちは今どこら辺だ」
「もう街が見えてる。だけど、お前、外からはどう見ても……」
「ヤバそうに映ってるか。そりゃそうだろうな。だけど、これでも街の中はまだまだ粘ってる方だぜ。戦線もギリギリ崩壊していない。全員必死で抵抗を続けてる。まあ、時間の問題であることも確かだが」
「そりゃ何よりだよ! だったら、オレ達が着くまでもう少しだけ持ちこたえてくれ!」
「そりゃ、言われなくてもそうするがな。しかし、マジで頼もしいよ、こうなってくると。実はお前と話す最後の機会になるかもしれんと思って連絡したんだが、
「そっち? 他に何かあるのか?」
含みのあるネズミのシュリヒテの言葉に、カティが訝しげに尋ねる。どうも嫌な予感を覚えながら。
「ああ……なんというか、一つ、
「決死隊?」
「ああ。古竜自体が先に倒れると、古竜に従っているだけの竜達は散り散りに逃げ出すらしい。古竜についての文献を調べると、どうもそういう情報が出てきたんでな。どのみち、このままじゃジリ貧だ。この数の竜を相手に防衛戦なんて完遂できるはずもない。だったら、僅かばかりの可能性に賭けてみようとギルドは考えた」
「まさか、古竜を直接倒しに行くつもりか?」
「うむ。まあ、十中八九死にに行くようなものだろうがな。だから、〝決死隊〟というわけだ。しかし、可能性がないわけでもない。蜘蛛の糸よりか細い可能性だがな。だとしても、このまま座して死ぬよりはマシなのも確かだ」
「…………」
カティは思わず言葉を失う。
あの街でその大役を任せられるような存在に、一つだけ心当たりがあったから。
シュリヒテもそれを察したのだろう、若干気遣うような声色で告げてくる。
「当然だが、その決死隊には
「そう……なんだろうな。ああ、きっと……そうだろうさ」
カティはどうにかそんな返事をする。気の抜けたような声だった。
それを聞いている他の三人が不安になるほどの。
「決死隊は既に出撃したらしい。今頃古竜とぶつかり合っているのかもしれんが、果たしてどれだけ保つかどうか……」
「…………」
「……お前にこのことを報せようと思ったのは、お前が間に合わない場合は
ネズミのシュリヒテは穏やかな声でそう語る。目を伏せて、小さく首を振りながら。
「連絡は以上だ。助けはこうなったら俄然期待しているが、引き返すのならそれでも構わない。外から見たら二の足踏んでもおかしくない状況だろうからな。誰も責めやしない。……恨みはするかもしれんが。心が折れたのなら仕方ないさ」
「……誰の、心が、折れたって?」
しかし、カティは震える声でそう返した。
ネズミをむんずと掴み、顔の前まで持ってくると、
「ますます、何としてもそっちへ辿り着かなきゃならねえ――そんな気力が湧いてきたぜ。ありがとよ、報せてくれて。
その声が震えていたのは興奮のせいか。あるいは怒りのせいであったのか。
そう感じさせるような声でカティはそうネズミの向こうのシュリヒテに言い放つ。
「お前が思ってる何倍も早く駆けつけてやる。そのつもりでいとけ、いいな」
「
「ああ、死ぬなよ」
「お互いにな」
その言葉を最後に、ネズミは共有が切れて元に戻ったらしい。カティに強く掴まれていることで若干ぐてっとした様子になっていた。
「スタルカ、頼む。お前がこいつを預かっといてくれ」
カティはそんなネズミをぽいっと後ろへ向かって放り投げた。スタルカの方へ。
スタルカは慌ててそれを何とかキャッチし、指示をして自分の懐に入らせていた。
ネズミは若干カティに怯えているのか、スタルカの懐でプルプルと震えていた。
「……ここから先、オレは一人で先行する。お前達は三人だけで街へ突入しろ。なるべく早い方がいいんだろうが、十分気をつけてな」
カティは三人にそう告げながら、馬を下りる。
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