古竜が現れたようです

 それを聞いて、全員が黙り込んだ。

 しばしの沈黙。ややあってから、カティが口を開く。


「……冗談だろ?」

「出来ることなら俺もそう思いたい。だが、紛れもない現実だ」


 ネズミのシュリヒテはきっぱりとそう言い切った。


「大体、実在すんのかよ。おとぎ話の類だろ、『古竜こりゅう』って」

「残念ながら実在した。そうとしか言いようがない。目撃情報や被害だって別に近年でも報告がないわけじゃないぞ。ただ、その周期が数百年単位なだけで」


 古竜とはざっくりである。

 太古の時代から生きているとされる古き竜。

 滅多に人間の前には姿を現さない。あるいは人の手の届かない未開の地に住んでいるとか言われている。ほとんど幻の生き物だ。


 しかし、原因は不明だが稀に人里に姿を現し、人間達に襲いかかってくることもあるらしい。

 その様はまさしく災害。古竜が暴れた事例はどれも〝竜による災害が起こった〟として記録されている。


 言うまでもないことだが、それほどまでに古竜とは圧倒的に〝強大〟だった。

 ただの人間がどれほど束になってもかなう相手ではないとされている。


 なので、この世界においてはもはやとして扱われている。

 人間を襲ってくるのは何らかの原因でのだと考えられ、人々は古竜が去った後にはひたすら自分達の行いを深く反省してきたらしい。

 あるいはのだとも。そっちの場合は理不尽としか言いようがないが。


「まあ、だから確証があるわけではないのも確かだ。誰も古竜の姿なんて見たことがないんだからな。単なる異常にデカいだけの普通の竜かもしれん。そうであることを切に願うよ。だが、そう安直に断定しようにも出来ない事情がある」

「なんだよ?」

「近隣に棲息しているのだろう飛竜ワイバーンやら地竜ドレイクやらが続々とその古竜と思しき竜の周りに集まってきている。そして、古竜と共に行動している。まるで付き従うようにな。〝古竜は竜を従える〟。まさしく古竜に関する知識や伝承としてよく知られているその光景に他ならないものが展開しているんだよ」


 それを聞いて、四人とも思わず絶句するしかない。


 そうなると、たとえそれが古竜でないとしても大問題だ。

 竜と呼ばれている魔物が一カ所に集結しているだなんて。その危険度はゴブリン群生化の比ではないだろう。


「さらに最悪なことに、その古竜は真っ直ぐテイサハの街へと向かってきている」

「はあ!? 何で!?」

「俺が知るか。古竜に直接聞いてくれ。とにかく何の目的があるのかは知らないが、どんどんこちらに近づいていることは間違いない。この街に会いたい奴がいるのか、探し物でもあるんじゃないか」

「茶化してる場合かよ! 何でそんなこと、もっと早く気づかなかったんだ!」

「そうだよな。だが、考えてもみろ。ここはまさしくほぼ未開の地の果てだぞ。監視の手なんか常に足りん。恐らくこの先のまだまだ未開の地域からやってきたんだろうさ。とにかく、そういう報告が昨日ようやく街にもたらされた。最果ての砦から、見張りの兵士共が這々の体で逃げてくるという形でな。出現に気づいた時には手遅れだったってわけだ」


 シュリヒテは淡々とそう報告してくる。まるで他人事のような口振りだ。まあ、この男はいつもそんな感じではあるのだが。


「おまけに、古竜単独ならともかく、竜の軍団を従えての進撃だ。街まで到達されたら一大事どころの話じゃない。まず間違いなくこの街は壊滅する。大量の竜に襲撃されて、為す術もなく蹂躙される。何も残らん。全滅だ。このままじゃあな」

「だろうな。お前が〝時間がない〟って言う理由がよくわかったぜ。つーか、こんな連絡寄越してないで早くそっから逃げ出せ。大体、古竜はいつ頃街に到達する予測なんだ」

「ああ、それなんだが……恐らくもう四、五時間もしない内にお見えになるだろうって話だ」

「…………ッ!?」


 一同、再び絶句する。あまりのことにツッコミの言葉すら出てこなかった。


 それにしたって、シュリヒテの方もいくらなんでも冷静すぎる。この極限ともいえる状況に対して。

 それは、もはや全てを諦めて開き直っているのかもしれなかった。


「そういうわけでな、今から逃げたところで間に合わん。絶対に逃げきれない。竜に追いつかれてお陀仏だ。遅いか早いかの違いでしかない」


 それに、と続けて。


「逃げたところでどうなる。この街が壊滅したら恐らく次だ。次が済んだらその次へ。古竜がどこまで突き進むつもりなのかは知らないが、この街だけで止まってくれる保証はどこにもない。一般市民は昨夜の内に逃がしたみたいだが、俺は気が進まなかったんで残ることにした」


 この街に愛着がないわけでもないしな。ネズミのシュリヒテはそう言ってにやりと笑っていた。


「それに、工房は錬金術師の全てだ。それを簡単に放棄するわけにもいかん。このまま街と心中してやるさ。道連れがいないわけでもないしな」

「……どういうことだ?」

「テイサハの冒険者ギルドが緊急の召集をかけた。所属している全冒険者に。集結したそいつらがこの街に籠城して防衛戦を行う。竜の軍団を迎え撃つってわけだ。撃退できれば御の字だが、まず無理だろうな。精一杯抵抗して可能な限り竜共を足止めするのが主な目的だろう」

「まさか、捨て石になるつもりかよ」

「十中八九な。そうしてどうにか時間を稼いでる間に、後ろの方で国が総力挙げて古竜迎撃の準備を整える手筈だろう。そっちも勝てるかどうかわからんが、少なくとも徒党を組んだ冒険者よりはまだ勝ち目はあるかもしれん。ギルドもおかみには逆らえないだろうし、こういう時のための冒険者であることも確かだ」


 カティ達はもはや愕然としながらその話を聞き続けるしかない。


「その辺は、ゴブリン群生化鎮圧のために主立った冒険者達へ召集をかけている途中だったことが幸いした。奇跡的にな。ゴブリン掃討のために集められていた冒険者達をそのまま古竜軍団の迎撃に回すことが出来る。だけどまあ、そのせいでギルドはもうゴブリン群生化に割く意識も戦力もなくてそちらは完全放置ということになってしまっているが」


 だから、お前達が群生化を鎮圧してくれたのは本当に朗報ってわけだ。

 シュリヒテは皮肉っぽくそう言った。


「少なくともこれでゴブリンについて心配する必要がなくなったからな。安心して古竜相手に集中できる。ギルドに代わって礼を言うよ」

「お前に言われても、嬉しくも何ともねえよ」

「……それもそうか。お前はこの功績でが目的だったものな。しかし、悪いがそれも諦めてもらうより他ない。数時間後にはお前に栄誉を授けてくれるはずのそいつらはまとめてこの世から消え去っているだろうからな」


 俺も含めて。シュリヒテはやはり他人事のようにそう言った。


「一応、俺も街の防衛には加わるつもりだ。自分の工房を守らなきゃならんしな。若い駆け出しの奴らまで駆り出されてるんだ、そいつらに無理もさせられん。まあ、やれる限りは頑張るさ。一匹でも多く竜を減らしておく、この後のためにもな」


 シュリヒテのネズミはそう言うと、からからと笑った。

 もはや腹は据わっているらしい。ネズミを介した笑い声ですらそれが伝わってきた。


 スタルカとクロウシが悲痛な顔になる。シュリヒテとは知らぬ仲ではないせいで、ショックを受けているのだろう。


「……どうして、オレ達にこのことを報せてきた?」


 カティがそう尋ねる。

 スタルカやクロウシとは違い、カティはまだ冷静であろうとしている。そんな声だった。


「決まってるだろ。〝そういうわけだから街には戻ってくるな〟って伝えるためだよ。そのまま急いでどこかへ逃げろ、ガキ共連れてな。なにやら知らん顔も一人増えてるみたいだが、そいつも一緒に」

「こんなこと聞かされて『はい、そうですか』と従うオレだと思うか?」

「……さあな。だが一応、伝えるだけは伝えておこうと思った。それだけさ。ガキ共のためにもな。お前に別れの挨拶の一つもしておくべきかとも思ったし――」

「馬鹿言ってんじゃねえぞ!」


 カティはそこで声を荒げてそう叫んだ。それを聞いたネズミの目が丸くなる。


「まだ諦めんな、シュリヒテ。オレが絶対助けに行く。古竜だか何だかしらんが、全部まとめてぶっ飛ばしてやる」

「……そうは言うがな。そこから間に合うのか?」

「どうにか間に合わせてやる。だから、オレが着くまで絶対に死ぬんじゃねえぞ。冒険者全員にもそう言っとけ。お前らに死なれたらオレが困るんだ」


 オレの目的のためにもな。カティはそう言ってにやりと笑ってみせる。

 それを聞いたネズミのシュリヒテもまたにやりと笑い返してきた。


「確かにな。お前さんはだった。そのためだけに散々馬鹿で無茶なことを積み重ねてきた〝脳筋ヤロウ〟だ。今回のこれにしたって、案外その無茶の中の一つに過ぎなかった……そういうことになるのかもしれん」

「へっ、よくわかってるじゃねえか。言われるまでもなくそうしてやるよ」

「そいつは頼もしい。まあ、精々期待しすぎずに待っておくことにするさ。どうにか必死こいて生き残りながらな」


 ネズミのシュリヒテはそう言うと、カティを真っ直ぐ見つめてくる。


「さて、そろそろ頃合いだ。一旦こいつとの共有を切る。こっちもこっちで準備があるからな。こいつはお前が一緒に連れていってくれ。共有が切れてただのネズミになっても、ある程度他人の指示を聞けるくらいの知能はある」

「わかったよ。丁重に扱ってやる」

「頼むぞ。こっちからまた何か連絡することがあったら、こいつを通して話しかけるからな。……ああ、それと」

「何だ?」

。そいつらの助けが必要なほど困っちゃいないからな」


 ネズミのシュリヒテはそう言い残すと、そこで共有を切ったらしい。

 カティが何かを言う前に、ネズミはもうただのネズミに戻ったような動きをしていた。


 カティは軽く嘆息し、ネズミをちょいちょいと指で撫でた後で、肩に乗せる。

 指で「ここにいろ」と指示をすると、ネズミは小さく頷き、ひしっとしがみついてきた。


 そうしてから、カティは全員の顔を見回す。

 やや青ざめた、不安そうな顔をしているスタルカ。

 むすっと、何やら憮然とした顔をしているクロウシ。

 相変わらず穏やかで、何を考えているのかわからない顔のブラン。

 そんな全員の顔を確認してから、口を開く。


「話は聞いてのとおりだ。今日の予定だが、これから古竜をぶっ倒しに行くことになった」

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