ネズミが降ってきたようです
「つーかさ、全員揃ったところで聞きたいんだけど、今日どうすんの?」
何となく全員庭に集合してしまった。
そんな状況で、カティに向かってクロウシがそう尋ねてくる。
リーダーとして予定を決めてくれということらしい。
「そうさなぁ……」
問われて、カティは腕を組みつつ考える。
ゴブリン群生化を鎮圧した後のことは、まだ特に考えていなかった。
とりあえず、今日のところは街に戻ってギルドに顔を出すか。
報告に出した村人も街に着いているだろう。その上で、カティ達の扱いが向こうでどうなっているのかを確認するために。
それなら別に急ぐこともないので、のんびり朝飯でも食べてから出発してもいい。
ひとまずそう考えをまとめて、それを話そうとした。
「ん……?」
その時ふと、上空に何かの気配を感じてカティは上を向く。
目に映るのは穏やかに晴れた空。そして、その空を飛んでいる鳥。
気配とは恐らくそれであった。やけに大きな鳥がカティ達の直上をゆっくり旋回している。
あの大きさと高度、鳥の魔物だろうか。
見上げながらカティはそんなことを考える。
しかし、本来ならそこで終わる話のはずなのだが、カティはどうも鳥のことが妙に気になって目が離せない。
その内、空を見上げたままのカティを不審に思ったらしい。
一体何事かと、他の三人も同じく空を見上げだした。
その時であった。
その鳥から、何かが落ちてきた。それが一体何であるのか、最初は小さすぎてわからない。
なので、四人は目を凝らしてそれが何なのか見極めようとする。
その内ぐんぐんとその落下物は落ちてきて、もうすぐその正体に見当がつきそうな大きさになった。
そこでようやく気づいた。
それが真っ直ぐ、寸分のズレもなく自分達のいる場所に落ちてこようとしていることに。
そして、気づいた時にはもう遅かった。
落下速度を読み違えたか、予想以上の速さでそれはもう目の前まで迫ってきており――。
「――んぶっ!?」
クロウシの顔面へとぶつかった。四分の一の確率で運が悪い。
衝撃に呻きつつも、クロウシは後ろに倒れず踏み止まった。
ということは、そこまで重いものではないらしい。それは幸運だっただろう。
というか、その何かはクロウシにぶつかったものの、弾かれることなくへばりついたままだった。
「ん~!?」
クロウシが得体の知れない何かにへばりつかれながらも呻き、必死でもがく。
謎の物体が顔面に貼り付いていることに若干のパニックを起こしているようだ。
三人が呆気にとられた様子で見守るしかない中、クロウシはやっとのことでそれを顔から引っ剥がした。
「――ぶはぁっ! 何だよこれ!?」
片手に掴んだそれを確認しながら、クロウシが叫ぶ。
クロウシの顔面に貼り付いていたもの。
それは何と〝ネズミ〟であった。普通より少し大きめの、何とも微妙にブサイクな顔をしたネズミである。
クロウシはちょうどその首根っこを掴んで持ち上げていた。
何故、ネズミが空から。その疑問に答えられる者は誰もいなかった。
「おう、テメエ。どこから来やがった。このクロウシ様をクッション代わりにするとはいい度胸だな」
なので、そんな風にクロウシはとりあえずネズミに凄んでみせていた。
無駄とはわかりつつも、突然の理不尽に対して怒りをぶつけずにいられないようだった。
端から見ると恐ろしく間抜けな光景である。思わず他の三人も呆れたような目を向けてしまう。
しかし――。
「……うるせえな。用があるのはお前じゃねえよ。さっさと離せ、ガキ」
クロウシに凄まれていたネズミが突如そう言葉を返してきた。
流暢な人間の言葉を、人間の声で。さらに、クロウシを睨み返しながらである。
思わず四人とも目を剥き、仰天する。
クロウシが「うわぁ、気持ち悪っ!」と叫びながら慌ててネズミを放り出した。
突然宙に放られたネズミは、しかし見事にしゅたっと地面に着地した。
そのままきょろきょろと何かを探すように首を動かし、目当てのものを見つけたらしい。
カティの方を向き、見上げながらこう言ってきた。
「よかった! 無事だったか、カティ!」
それを聞いてカティは、ようやくネズミの正体に思い当たる。
その声。どうやら自分のことを知っているらしいその話しぶり。
「お前、もしかしてシュリヒテか!?」
「ご明察だよ、お嬢さん」
一体何だってそんな姿に。
カティは驚きつつも、とりあえずネズミの前にしゃがみ込んで手を差し伸べてみる。
ネズミはスタスタとその手に乗ってきた。そこで留まる。
カティは立ち上がり、手に乗ったままのネズミを胸の高さまで持ち上げる。
「どうしたんだよ一体。こんな変わり果てた姿で……」
「馬鹿野郎。俺が本当にネズミになったとでも思ってんのか」
〝使い魔〟だよ。ネズミは呆れたようにそう言ってきた。
「俺が自分の手足のように使役出来る小動物だ。ある程度感覚を共有させてな。だから、このネズミが見ているものを俺も見ることが出来るし、ネズミを通して話しかけることも出来るってわけだ。距離が離れていてもな」
「お前……そんなこと出来るなんて聞いてないぞ」
「言ってないからな。誰にも見せたこともない。錬金術師の
思わず四人で取り囲んでカティの手に乗ったネズミをまじまじと見つめてしまう。
信じられない、そう当惑した顔で。そんな魔術は誰も見たことも聞いたこともない。
だが、今実際に目の前でこうして行われている以上信じるしかない。
どうにも、シュリヒテという錬金術師にもまだまだ謎が多いようだった。
しかし、今はそれを追求している場合ではない。
「それで、何の用だよ。そんなひた隠しにしてた秘術なんぞ解禁してまで、どうしてオレに連絡してきた?」
「ちょっとした非常事態が起こってな。こうするしかなかった。つーか、お前こそ何というか……凄い格好してるな」
「……そこはスルーしろ」
「いや、そう言われても……って、そうだな、まあいいか。時間もないしな。ところで……お前が無事ってことは、そっちのゴブリン群生化は鎮圧できたと考えてもいいのか?」
とりあえず、カティが全員を代表してそのネズミと会話していくことにする。
だが、カティの問いかけに対してシュリヒテは逆にそう問い返してきた。
「ああ、どうにか。流石に骨が折れたけどな。大変だったんだぞ、明らかに普通よりも異常な量のゴブリンが湧いてて」
「なるほど……。その武勇伝についてもゆっくり聞きたいところではあるが、生憎そうしてる暇がない。とはいえ、こちらにとってそれはひとまず朗報だよ。とんでもないな」
ネズミのシュリヒテは相変わらずシニカルな口振りでそう言ってきた。
それを反映するかのようにブサイクなネズミの顔も飄々とした顔つきに変わるのだから、不思議を通り越して微妙に憎たらしい。
「ええい、もったいぶるんじゃねえ。時間がないんだったら、さっさと本題を聞かせろ」
「……それもそうだな。まあ、俺がこうしてお前に連絡を取ったのは、お前に
カティの催促をもっともだと思ったらしい。ネズミも真面目な顔になった。
「まず、いい報せだ。恐らくだが、そのゴブリン群生化が起こった原因が判明した」
「いい報せか、それ? で、何でなんだよ」
「俺の推測ではあるんだが、そのゴブリン共は
ネズミは一息に、淡々とそう語った。こういうところもネズミの姿とはいえシュリヒテそのものである。
「なるほど。そいつは興味深い話だ。群生化の原因がわかってオレもスッキリしたよ。で、報せたいことはそれだけか?」
「いや、もう一つ
「そりゃ……気になるといえば気になるけどよ」
「だろ? だから、それも教えといてやる。何を隠そう最悪の報せってやつもそれのことだからな」
その言葉に、四人がさらにネズミの方へ身を寄せてしっかり話を聞こうとする。
そんな中で、ネズミのシュリヒテは「ふぅ」と深呼吸をしてからこう言い放った。
「――『
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