災厄が降りかかるようです

「これで荷物は全部か?」

「は、はい……」


 カティがそう確認すると、男達は震える声で返事をしてきた。


「本当だな? まだ何か隠し持ってたら承知しねえが……」


 疑いの声と共にカティはぎろりと男達に視線を向けるが、


「ま、そのナリじゃあ何を隠しようもねえか。信じてやるよ」


 言葉と共にカティが見下ろす先。

 そこには下着一枚だけの格好になった男達が地面にそのまま正座をさせられていた。

 靴すら履いていない。確かに何も隠せる場所はないと言えた。


「あの……俺達はこれからどうなるんでしょうか……」


 正座のまま俯いて下を向くばかりの男達。

 その顔は下着一枚という状態への羞恥で赤くなるよりも、むしろ死人のように青ざめている。


 その体と声が震えているのは服がない肌寒さのせいばかりではない。

 いや、恐らく恐怖の方が大きいだろう。

 自分達の目の前に立って冷たい目で見下ろしてきている少女に対して抱く圧倒的な恐怖。

 それに今、男達は押し潰されそうになっているようだ。


「もちろん、荷物は全て差し上げます……でも、せめて服だけは……」


 先ほどまでの威勢や柄の悪い態度は見る影もない。

 男達はひたすらカティにへりくだる。へつらう。哀れな程の必死さで。


 命の危機を前にすると矜持など投げ捨ててでも生にしがみつこうとする。

 それもまたゴロツキであるが故の本能的な行動なのかもしれなかった。


「テメエらさあ、そんなこと要求出来る立場だと思ってんのか? 本気で?」

「め、滅相もございません! でも、まさか、ここで俺達を殺すなんてことは……」


 カティが呆れた声でそう言うと、男達はますます震え上がっていた。

 そして、か細い声でそう言葉を続けようとする。

 どうやらカティが自分達をどう取り扱うつもりなのか、どうしても知りたいらしい。

 まあ、それが自分達の命に関わるとなればさもありなん。


 男達はあれからカティに全面的に降伏し、要求されたことには素直に従ってきた。

 全ては命惜しさ故だろう。

 だが、カティが男達をどうするつもりなのかは未だに定かではなかった。

 判決はまだ下されていない状態。

 荷物を全部、服すら取り上げられて正座させられているだけである。


 カティはこの後で男達を直接手にかけるつもりなのだろうか。

 仮に運良く無傷で解放されることになるにしても、こんな森林地帯の奥深くで下着一枚しかない状態のまま無事に人里へ辿り着けるはずがない。

 それは遠回しな死刑と言えた。

 だからこそ、男達はせめて服だけでも返してもらおうと乞うているのだろう。


「安心しろよ、オレがテメエらを殺すつもりはねえ。そんな価値もねえからな。斧が汚え血で汚れるだけだ。洗うのも面倒くせえ」


 一方、カティはそう言いながら、男達の荷物を漁っていた。

 どうやら何かを探しているらしい。


「おっ、あった。これかな? ……うむ、よし」


 目当てのものを見つけたようだ。


「ただ、このままってわけにもいかねえな。散々不快な気分にさせられたからな。特に、あの子をあそこまで侮辱して、いたぶってくれたのを許すつもりはねえ。だから、テメエらへの罰はが下すに任せる」


 カティはそう言いながら、それを聞いてますます青い顔で震える男達に脱がせた服を投げ渡した。


「服は返してやる。このまま森でつまんねえ野垂れ死にをさせてえわけでもねえからな。後はこれも返してやるよ」


 さらにカティはもう一つ、何かを男達に投げ渡した。

 慌てて受け取った男達は、不思議そうにそれが何なのかを確認する。

 それは、魔術スクロールだった。


「テメエらが持ってる中で、一番低級の魔術障壁だ。予想通り、この系統のスクロールは複数種常備してたみてえだな。自分達の用意の良さに感謝しとけ、おかげで助かるかもしれねえ。そいつを使えば最悪死ぬことはねえだろ。まあ、それでも無事じゃあ済まねえだろうが」


 カティは淡々と、判決文を読み上げるようにそう言った。

 その言葉の意味をどうやら正確に理解したらしい男達が凍り付いたように固まる。


 カティは冷め切った目でそれを一瞥して男達に背を向けると、歩き出す。

 歩いて、近づいていく。

 自分の後ろに佇んで、じっとここまでのやり取りを見ているだけだったスタルカの方へと。


「さて、オレは少し離れたところでしばらく待ってる。後はお前に任せるよ。好きにしろ」


 カティはスタルカとすれ違う直前に足を止めてそう告げた。肩をポンと叩きながら。


 そして、スタルカの返事を聞くこともなく再び歩き始める。

 言葉通り、離れたところで待つために。

 『災厄』が届かない大体の距離はどれくらいだろうかと考えながら。


 それから程なくして、この森林地帯に今日三度目となる雷鳴が轟いた。

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